ep34/36「壁なりし者、第一位教団幹部サカキ」
半ば古代森林地帯と化した街。公安霊装の庁舎跡にほど近い中目黒一帯には、〈神籬社〉の信徒たちが展開している。歩哨のように市街地を見回るのは、共にライフルを携えた歩兵部隊と赤い巨兵だ。
装甲表面は無残にひび割れ、千切れかけた顔布でくすんだ銅鏡を覆う、今にも土へ還りそうな機体は呪操槐兵〈火焔〉だった。
――――警戒対象は槐兵〈御霊〉。
半ば朽ちかけた体躯を軋ませながら、人に見えざる巨人は歩兵たちの頭上を追い越して行く。ちょうど肩部に「肆」のペイントを施された槐兵は、今まさに交差点に差し掛かろうとしていた。
そこへ敵が潜んでいるとも知らずに。
〈火焔〉がビルの影から頭を出した直後、赤い巨体は至近距離から噴き出した砲火に食い破られる。砲撃音が木霊する中、その影から抜け出す機影があった。
「朽ち木の呪操槐兵とはな。こんな腐った機体まで用意していたとは」
接射で打ち倒したばかりの敵機を踏み越え、〈御霊〉は装填済みのライフルを再び天に向ける。
発砲。何も無い空間に向かって放たれた90mm弾頭が、超音速で夜空を駆け抜ける。粉雪のようにばら撒かれた人形札は風に流され、飛び上がる機体の風圧によって吹き飛ばされて行った。
教団の防衛網すら掻い潜った〈御霊〉は、敵の首領の前に遂に姿を現わす。
『よお水鏡幻也。遅かったじゃないか』
「お前が第一位教団幹部サカキ、そうだな」
月光に照らされた市街地の中、マンションビルの上に佇む一機の呪操槐兵が居た。
シルエットが肥大化するほどの超重装甲を誇る異形の機体、呪操槐兵〈天地〉。たった一人の侵入者である〈御霊〉は、その逃げも隠れもしない威容を見上げながら近づいて行く。
『真正面から殴り込んで来るとはおっかないねぇ、俺を殺したところで何も変わりゃしないっていうのにだ。それでもお前は俺を殺そうとしている、だからここまで来るのだろう?』
「いいや俺が行くまでもない……弾着、今だ」
『お?』
途端にパッと粉塵が舞い上がり、呪操槐兵〈天地〉は強烈な衝撃波に殴り付けられていた。まるでブーメランのように大きく弧を描いた90mm呪装徹甲弾の狙撃が、本来なら有り得ない軌道で直撃する。
正確には〈天地〉そのものにではない。
ビル風に乗り、装甲へ張り付いていた札に向かって着弾したのだ。
『やれやれ、この程度の仕掛けも気付けないとは』
しかし、煙の向こうに輝く反射光が衰える気配はない。
煙が徐々に風で吹き流されて行くにつれ、微動だにしない〈天地〉の姿は再び現れていた。
――――サカキが呪術師として三流だという噂は間違いないらしい。だが、ここからでは弾速が殺されたか。
『悪いが俺は呪術戦というやつに才能が無いらしくてねぇ、槐兵の操縦以外はさっぱりなんだよ。それにしてもいきなり90mm弾をぶち込んで来るとは恩義を知らない奴め……これまで俺に生かされた命だというのにな』
「そんな覚えはない」
『いや、お前には聞き覚えがあるはずだ』
どこか楽しむようなサカキの声が、嫌な予感を伴って幻也の皮膚へとしみ込んで行った。決して敵の挑発に乗ってはならない、そう理性が叫んでいるにも関わらず自然と耳を澄ましてしまう。
そんな空気をも味わうように、サカキは粘着質に言い放っていた。
『総員任務を継続せよ』
ぞくり、と幻也の背に悪寒が走る。
当然だ。憶えていないはずがない。
『奥へ進め、本殿で呪物を回収せよ――――一年前の事がすっかり懐かしいじゃあないか。あの制圧任務の夜、途中から命令がおかしくなっていた事に気付いていたかよ、水鏡幻也。俺は公安霊装が神社へ踏み込んだ夜、この機体の中からお前たちの再会を見ていたんだ』
呪操槐兵とは人の知覚をすり抜ける存在だ。
礼拝所へ踏み込んだ夜、仮に〈天地〉がいたとしても見えはしない。
白い玉砂利が敷き詰められた境内に佇む巨人がいたとしても、生身の人間が気付くことなど決して出来ないはずだった。
「お前はあの場にいたのか、そして無線に割り込んだのか……!」
『だからそう言っているだろう。ややこしい呪術はどうにも苦手だが、槐兵を使って歩兵の通信に割り込むくらいはなんともないさ。要は電子戦だ』
そしてビルの影からは続々と巨大な人影が抜け出し始めていた。先ほど打ち倒したばかりの敵機さえもが、頭部も無いままに動き出しているのだ。
その全てが呪操槐兵〈火焔〉タイプ。
いかにも植物で出来た機体らしく、それらは挿し木のように増やされた量産型らしかった。全く同じ姿形の槐兵たちが、合計10もの銃口で〈御霊〉ただ一機を射線上に捉える。
『来いよ、俺に生かされた命を散らしたいのなら』
「行くさ。俺はもうどこにも逃げない」
抜刀。刃を抜いた〈御霊〉の視線の先で、サカキの槐兵は自身に匹敵するほどのあまりに巨大なガトリング砲を構える。
これで10+7。
孤立無援の〈御霊〉を捉える砲口に、世界最大/最重/最強を誇るガトリング砲の七連砲身が加わった瞬間だった。
直後、闇夜は幾重もの火線によって引き裂かれる。
降り注ぐ弾雨の中へたった一機の槐兵が飛び込んでいった。
<カクヨムにて先行連載中>
https://kakuyomu.jp/works/1177354054885880520/episodes/1177354054888309474




