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ep33/36「転生/再会/想うはあなた一人」

 稼働中の〈森羅(しんら)〉は不可視の存在だ。

 近づかなければ呪操槐兵でさえ認識できない敵となれば、どうしても至近距離で仕留めなければならない。ごくごく緩やかな金毘羅坂を駆け下る〈御霊みたま〉は、排莢したばかりのライフルに再び弾を込めていた。

 そして、苔むしたビルの影から不意に巨躯が現れる。


「見つけたぞ、〈森羅(しんら)〉」


 気付けば、辺り一帯が苔と古代樹に覆われていた。

 由緒ある本殿を踏み潰すように、樹齢数千年の巨樹を思わせる脚部が街にそびえ立つ。その遥か上に浮かんでいるのは、直径5mは下らない銅鏡を嵌め込まれた槐神霊装〈森羅(しんら)〉の顔面だ。

 卒塔婆の王冠を冠った巨人は、空を見上げたままで動く気配がない。それを好機とばかりに飛び入る〈御霊みたま〉は、既に敵の足元から飛び上がっていた。


「終わらせる、こいつを殺せば……!」

『やめろオオォォォ!』


 木製装甲をも突き抜けて届いた一つの叫び。思わず耳を疑った幻也(げんや)は、次の瞬間には我が目をも疑っていた。


「お前!」


 〈森羅(しんら)〉へ飛び掛かる〈御霊みたま〉。

 その眼前に、胸に大穴を穿たれた純白の槐兵が立ちはだかっているのだ。〈影光ようこう〉はもはや二本しか残っていない両腕を大きく広げ、致命傷を負ったはずの胸部を晒すように、幻也(げんや)の行く手を阻もうとしている。


 第三位幹部アラト専用機としての威容は見る影もない。

 動けるはずがない槐兵が、それでも目の前に立ち塞がっていた。


 ――――アラト、お前が守りたかった者は。


 敵が何度も口にしたシロヒメという名は、否応なしに幻也(げんや)の脳裏をよぎって行く。

 誰かが守りたいと願う者の命を奪う、その罪を目の当たりにしようとも今さら躊躇うことなど許されない。幻也(げんや)は既に汚れ切った右手を突き出し、ほんの一瞬生まれた葛藤を振り切るように操縦桿を押し込んでいた。

 かなえを救う為ならば、誰の返り血を浴びるとも構わなかった。


「それでもだ……!」


 逆向きにライフルを構えた〈御霊みたま〉は、飛び掛かる勢いのままに銃床を振り下ろしていた。渾身の力で叩き付けられた銃床は、鉄槌と化して〈影光ようこう〉の顔面を一思いに砕き割る。

 〈御霊みたま〉は止まらない。

 吹き飛ばした敵機を横目に、黒き紛い物の槐兵は〈森羅(しんら)〉の胸を覆う石板を駆け上がって行った。既に装填を終えたライフルのレバーをがきりと引き込み、その眼は最後に斃すべき敵を見据えて赤く輝く。


 照準不要、補正も不要。

 砲身は真っ直ぐに〈森羅(しんら)〉の顔へと突き付けられていた。


「もう終わりにしよう。発射(ファイア)


 幻也(げんや)がトリガーを引き込んだ途端に、90mm対呪物ライフルは盛大に火を噴いていた。敵に撃ち込んだ鎖はぴんと張り詰め、二発、三発と轟音が響く度に千切れんばかりの軋み音を上げる。

 ゼロ距離砲撃且つ接射で叩き込んだ戦車砲弾は、一射ごとに敵の分厚い神木装甲を穿って行った。濃い粉塵が辺りを覆う不良視界の中で、遂に〈御霊みたま〉は右腕からずるりと杭を飛び出させる。


「貫け、神呪兵装〈御木之真柱(ミケノミハシラ)〉」


 煙が晴れたなら、確実に中の術者(シロヒメ)を殺し切る。

 遂に破った分厚い外殻の底には、煙で霞む内殻のような構造が見えていた。何枚もの呪符で覆われた防護壁には亀裂が生じ、この〈森羅(しんら)〉を操っていたであろう人影までもがぼんやりと見えている。


 ――――確実に仕留める、ここで確実に。


 〈御霊みたま〉が飛び出させた杭の尖端からは、彼岸花が零れ落ちる。その赤い花びらが亀裂に吸い込まれて行った矢先に、黒い槐兵の腕はびくりと震えていた。





 居た(・・)





 砲弾片で致命傷を負った少女が、居た。

 〈森羅(しんら)〉の体内へ磔にされたかのように、写真(・・)に映っていた姿よりも大人びた彼女が月光に照らされていた。

 幻也(げんや)は無言の裡に操縦桿を引き込んで行く。


 奇異なる因果の皮肉が、万感の思いが、想像だにしなかったその容貌が、言葉にならない激情となって幻也(げんや)の身体を駆け巡っていった。

 どうしてよいかも分からない感情が砕けんばかりに拳を握らせ、無意識に噛み切った唇からは涙の如くに血を滴らせる。

 そして最後には、奇妙に矛盾した笑みとなって幻也(げんや)の顔を歪ませていた。


「……大きくなったな、かなえ」


 苦し気な表情で瞼を閉じる彼女は、視線の先で僅かに肩を上下させていた。何度も見守ったはずの寝顔が思い出されて、負った裂傷の痛々しさに思わず胸が潰れそうになる。

 黒く染まった艶やかな長髪も、人としての姿も、記憶の通りだ。

 同じだから、年齢こそ違えど彼女もまたかなえだと感じてしまった。七歳で奪われたはずの命があのまま続いていたらと、何度も成長したかなえの姿を夢見ていたから分かってしまう。


 ただ一つ。

 目の前でみるみる裡に塞がって行く傷だけが、違うのだ。


「もう一人の娘か。そういう意味だったんだな、犬山」

『あの夜、引き裂かれた(かなえ)身体(シロヒメ)は、共に我々が回収していた……どちらも本物であって偽物ではない、だからだ』


 動きを止めた〈御霊みたま〉の背後。ちょうど〈森羅(しんら)〉の足下からは、左顔面をも砕かれた白き槐兵が歩み寄って来る。

 動けるはずもない機体を引き摺る音だけが、辺りに響く。その中破した機体の中から届く声音は、憑き物が落ちたようでさえあった。


水鏡(みかがみ)幻也(げんや)。その(ひと)を、シロヒメ様を救えるのは貴様が持つ力だけだ』

「話せ、かなえに何が起こったんだ」

『シロヒメ様をその名で呼ぶのなら……良いだろう、貴様が真実を認めない可能性を捨てきれなかったがそうではないらしい。話してやる』


 アラトは気力だけで痛みを抑え込んでいるのか、届く声だけは淀みなく紡がれる。が、それでも瀕死の身体を押して語り掛けて来ているようだった。もう戦う気力など残されていない、深く傷ついた両機はその場で足を止める。

 かなえに何が起こったのか。

 幻也(げんや)は敵たるアラトの言葉に、耳を傾けていた。


『西暦70年のことだ。かつて常世の国からこの世ならざる呪物を持ち込んだ男がいた。天皇の勅命を受けて持ち帰ったのは橘の実――――またの名を非時香菓(ときじくのかくのみ)、知っているだろう』

「古事記か。あの不死をもたらすという霊薬の事なら」

『そして同じく常世の国から橘を持ち帰ってしまった少女がいた、ちょうど今から十年前の事だ……それがシロヒメ様なんだよ。あの方はそれ故に蘇り、不死を求めていた教祖タチバナの手によって祀られるに至った』


 タチバナ、それは既に死亡説が囁かれて久しい教祖の名だった。

 そして名前の由来と思しき『橘の木』は、常世の国に生えるとされた不死の霊薬でもある。死後の世界に生える樹をもしも持ち帰ってしまったなら、もしもその実を口にしてしまったのなら――――。


 歴史上、少なくとも一人は持ち帰る事が出来た実なのだ。

 二人目、三人目がいたとしても、有り得ぬ話では無かった。


「……かなえは、死ねなかったのか」

『そうだ。あの御木(みけ)伝説に加えて非時香菓(ときじくのかくのみ)という木々の伝説までもが、2000年の時を経て現代東京に蘇ったのだと。寿命で死ぬまでは解くことも叶わない、この忌まわしき呪いを祝福だと言われてな!』


 アラトの叫びが耳朶を打つ。その血を吐くような声音に滲む苦しみは、幻也(げんや)にも理解できてしまう程だった。

 シロヒメと呼ばれるようになったかなえだけではない。

 アラトもまた、傍で苦しみ続けて来たのだと感じられてしまった。


『だからボクは貴様を憎んだ、貴様が〈御霊みたま〉の力を引き出すのを待ち続けた。さぁやれよ、その神薙システムでシロヒメ様の呪いを解いてみせろ、水鏡(みかがみ)幻也(げんや)!』


 幻也(げんや)が見つめる目の前で、シロヒメが負っていた傷は既に塞がりつつあった。神薙システムの効果範囲内である事も間違いない。

 呪いが解けるものなら既に解けている。

 ただ、ひたすらに続く沈黙こそが答えだった。


『出来ない、のか』

「今の神薙システムでもこの呪いを解呪できない。一体何なんだ、かなえの命はもう現世のものじゃないとでも言うのか」


 シロヒメの呪いを解けない理由、それは彼女がこの世ならざる食べ物を口にした結果なのかも知れなかった。例えば黄泉の国の食べ物を喰らい、現世に戻れなくなったイザナミのように。

 幻也(げんや)はコックピットハッチを解放し、眼下のシロヒメを見つめていた。伸ばした手は届かず、ボロボロの身体ではもう降り立つことも叶わない。

 それでも、暗くなる視界に彼女を収めていたかった。


「ごめんな……っ」


 ずっと独りにしてしまっていた、その後悔が静かに胸を焼く。

 神薙システムを以てしても解けない呪いに蝕まれ、彼女はあと数十年もの歳月を生きて行かねばならない。シロヒメという名を得たかなえの地獄は、これから先も果てしなく続くとしか思えなかった。

 不死であっても不老ではないという、伝承とは異なるたった一つの希望に縋って終わりを待つのだ。


 ――――ふざけるな、かなえは何のために生まれて来た!


 貴様は何も救えていないと。アラトに言われた言葉の意味が身体に染み込んで来るにつれ、臓腑は千切れそうなほどに締め付けられる。

 足元からは擦れるような音が聞こえて来た。瀕死の〈影光ようこう〉がこちらを見上げ、砕かれた左顔面から視線を注いでいるのだ。


『ならばここでシロヒメ様の苦しみを終わらせろ。その為に杭の封印を解いて貴様に使わせもした、それだけが唯一あの(かた)を殺せる呪具だ。だから、早く……っ!』


 半ば懇願するように、早くしろと迫るアラトの叫びは幻也(げんや)の本心でもあった。その願いを決して否定することは出来ない、今すぐシロヒメを殺して終わらせろという言葉の意味を理解出来ない訳がない。

 かなえには、生きて行ける未来をあげたかった。

 なのに、かなえ(シロヒメ)からは未来を奪うのか。

 自らの願いと現実に押し潰され、幻也(げんや)の指は震える。


 ――――ここまで生きて来てくれたかなえを、その命を、俺は!


 腕の杭を構えたまま、いつでも彼女を殺せるはずの〈御霊みたま〉は未だ動けない。自分に与えられる救いとは何なのか、人を呪い殺す為に生まれて来た人形には分からぬとでも言うかのように。

 その黒い木製の指先に、そっと触れるものがあった。


『あら、と……』


 シロヒメは目覚めないままに身を捩ると、悪夢にうなされるかのように言葉を紡いでいた。触れたのはそのあまりに小さな指先だ。

 アラトという式神を創り出すほどに、一人だったかなえ。

 幻也(げんや)がそこにいる事を感じ取ったからか、苦しみの表情に混じり出した微笑みはあくまで柔らかく、自然とあの誕生日を祝った夜に見せてくれた表情が重なってしまう。

 だからこそ分かってしまうのだ、もう十年前とは違う事も。


『シロヒメ様が、夢を……!?』

「呼んだのはお前の名だ、アラト」


 巨人の小指の先を、シロヒメの手が子供のように握り締める。

 本来の身体に宿っていた魂、すなわち神薙システムという形で封じ込まれていたかなえの魂が流れ込み、今だけは意識が昔に戻っているのかも知れなかった。

 今、夢見るままで終わらせることも出来る。

 このまま二度と目覚めさせないことも出来る。


 ――――それでも呼ばれているのはもう俺じゃない。


 それでいいんだ、と幻也(げんや)は表情を緩めた。

 今やシロヒメの意識は限りなく覚醒に近付いている。そんな彼女に向けて、幻也(げんや)は躊躇いを拭い去るように問うていた。


「君は明日が欲しいか?」

『あした……? あさはね、おはようってあらとにいうの』

「そうか」


 それで充分だった。たとえ彼女の苦しみを終わらせられるのが自分だけだったとしても、シロヒメの言葉こそが答えだった。

 まだ少しでも明日を望んでいるのなら、と幻也(げんや)は壮絶な意思を以て操縦桿を引いてみせる。一体これがどれほどの罪なのかを自覚しながらも、幻也(げんや)はコックピットハッチが閉鎖し切るまでかなえから目を逸らさなかった。


「かなえが明日を望むなら……なら、俺には殺せない」

『言うな。やめろ、水鏡(みかがみ)幻也(げんや)!』

「分かったんだよ。あの子が未来を、その可能性をたとえ少しでも望んでいるのなら俺には断ち切れない」


 〈御霊みたま〉は構えていた右腕を降ろすと、必殺の毒針たる杭を袖布の奥に引き込んでいた。とん、と足場を軽く蹴り出した機体は、重力に身を任せるがまま音も無く地上に着地してみせる。

 力尽きて膝を屈した〈影光ようこう〉の眼前には、全ての武装を収めた黒き槐兵が降り立っていた。


「かなえにもお前にも、俺を赦して欲しいとは言わない」

『当然だ、貴様は……貴様は……ッ!』

「俺には全部を救うなんてことは出来ない、出来なかったんだ」


 アラトの怨念じみた言葉を乗せ、〈影光ようこう〉は今にもこちらへ飛び掛からんとするかのように膝を立てる。

 教団第三位幹部、仮面のアラトという男を突き動かすものは、ひとえにシロヒメを救いたいという想いだ。彼女の孤独を癒さんと願い、救いたいと足掻き、こうして今も幻也(げんや)を呪い殺すかのような気迫で以て立ち上がろうとしている。

 その想いの全てが、あるいは微かな希望だった。


 ――――だから、頼む。


 対峙する二機の間で鈍い落下音が響いた。

 唐突にアスファルトを叩いて行ったのは、文字通りの漆黒を塗り込まれた槐兵の左腕だ。〈御霊みたま〉は自ら落とした左腕を省みることもなく、目にも留まらぬ速さで振るった木刀を背に収める。

 隻腕と化した黒の槐兵を前に、〈影光ようこう〉は呆気にとられた様子で動きを止めていた。


『貴様、一体何を』

「〈御霊みたま〉の杭は二本ある。もしもあの子が本当に未来を望まなくなる時が来たら、使え(・・)


 足元に転がる〈御霊みたま〉の左腕は、袖布の奥で未だ封印されたままの杭を覗かせている。呪符と漆で分厚く塗り固められた封印は、まだ右腕の分しか解かれていなかった。

 あらゆる呪いを打ち破る呪毒の杭。それはいつか不死の少女が終わりを望んだ時に、最期の願いを叶えられる神呪兵装だ。


『ふざけるなよ……』


 その場から歩み出した〈御霊みたま〉は、怒りに満ちた声を背で受ける。幻也(げんや)が機体の左腕を落とした意味を悟るにつれ、アラトはいつになく激昂しているようだった。

 決して追い付けないというのに、〈影光ようこう〉は満身創痍の機体で脚を踏み出す。歩く度に遠ざかる黒い槐兵の背に、手を伸ばそうともがき続ける。


『こんなものをボクに託して……ボクが望んでも成れなかったお前が逃げるのか! ようやくシロヒメ様をこの苦しみから解放できる、その力があるのに貴様は一人で勝手に死にに行くのか。答えろよ水鏡(みかがみ)幻也(げんや)アァッ!』

「ああ、その通りだと思う」


 幻也(げんや)は追いすがろうとするアラトの叫びを、不思議と薙いだ心地で受け止める。自らが果たせなかった責任を押し付け、あまつさえその場を去ろうとしている身勝手な男に、反駁する余地など微塵もないと思えた。

 娘一人殺せない男が何を言えたものかと、己が囁く。


「だからお前が傍に居てやって欲しい、もしも本当に終わらせたいと望む時が来たなら――――お前こそが終わらせて欲しい。俺にはもうこれしか出来ない」


 いよいよ弱まり始めた心拍を感じ取り、幻也(げんや)は胸を刺す激痛に耐える。

 かなえを救うには共に明日へ行ける者でなければならなかった。どれほど願っても足掻いても自分にはその資格だけが無かった。

 それでも自らの運命を呪う気にはなれなくて、幻也(げんや)は不可思議な心持ちでその場から離れて行く。


「敵が来る」


 たった一人と一機で、黒い人型は空っぽの街を歩む。

 一歩一歩、確実な終わりへと近付いて行く〈御霊みたま〉は、街の向こうから聞こえ始めた音に引き寄せられているかのようだった。


 こちらが本来の戦場なのだ。

 アラトがたった一機でこちらを待ち構えていたのは、ただ先行して待ち伏せしていたからに過ぎない。幻也(げんや)は自分がここに来ざるを得なかった理由を思い返すにつれ、時間を掛け過ぎたと自嘲の笑みを溢す。


 ――――残るは第一位幹部、サカキか。


 アラトの〈影光ようこう〉と戦っている内に、彼は既に主戦場の近くへと足を踏み入れていた。

 幻也(げんや)は今もたかだか数km先で待ち構えているに違いない敵軍を想像し、もう長くない自分が成すべき事を反芻して行った。殺すこと、呪うこと、奪うこと、これまで身を投じて来た呪術戦とやる事は何も変わりはしない。

 だが、閉じた瞼の裏には、自然とかなえの姿が浮かんで来てしまう。


「パパはずっと傍にいられないけど、それでもかなえを守るよ」


 再び開けて行った眼には、人よりも大きな片腕をボンネットに乗せた放置車両が映り込む。〈影光ようこう〉と打ち合った際に斬り飛ばした腕は、数百m離れた場所にまで飛んで来ていたのだ。

 隻腕の〈御霊みたま〉が拾った腕部を肩口に合わせる。

 すると、接ぎ木の要領で繋ぎ合わされた木質組織は同化を始め、純白の艶を帯びた腕は徐々に黒く侵蝕されて行った。


 相容れぬ敵から奪った腕を接ぎ、

 かつて仇が振るっていた杖を携え、

 友より託されたライフルを手にして〈御霊みたま〉は征く。


 まさしく殺めた者の魂をその身に取り込んできたように、黒き機体は自ら葬り去って来た者たちの装備を身に纏う。左右非対称のシルエットと化した〈御霊みたま〉は、顔布の奥に残り火のような光を湛えていた。

 それこそは燃え尽き、散り行く者の意地に他ならない。


「悪いやつは皆パパが殺してやるからな」


 逃げて逃げて逃げて、逃げ回って。

 いつ来るかも分からぬ平穏は遠すぎて届かなかった。夜はまだ明けそうにない。

 己の終着地点を悟ったかのように、人ならざる機械巨人は、誰にも気付かれぬまま東京最後の決戦の地へ歩んで行く。


 想うはあなた一人。

 伸びて行く足跡には、真っ赤な彼岸花が連綿と咲き誇っていた。


<カクヨムにて先行連載中>

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885880520/episodes/1177354054888251523

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