恩師
合わせ目にデザインナイフの刃先を滑り込ませ、これを慎重に動かして少しずつ……少しずつ組み合わさっていた部品同士を分離させてゆく。
何も考えず、説明書通りに部品を素組みした時と比べてこれをバラすことの何と神経質で繊細な作業であろうか。
「……っ!」
「余計な力を入れるな。楽をする事も考えるな。
……扱っているのがプラモデルではなく、人間の体だと思え」
ついつい力を入れて一息に分解してしまいそうになるが、すかさずシドーに咎められる。
「もう一度言うが、一か所から強引にバラすんじゃなく、合わせ目全てを使って少しずつ力を加えていけ」
「やっている、けど」
「じっくりやればいい――ただし丁寧にだ。
今やっているこれもそうだが、一つ手抜きをすれば後からその何倍も苦労するのがプラモ作りだと知れ」
「なんかそう言われると、一番大事なのは技術よりも根性なんじゃないかって思えてきたよ……」
「理解が早いな」
ふ……、と。
少しだけ弛緩した空気を感じて、背後を振り返りそうになってしまう。
「よそ見をするな」
が、すぐにたしなめられてしまい、そうする事はかなわなかった。
この何を考えているか分からない少年が笑っているのを見る、貴重なチャンスだったのに……。
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「できたよ」
「よくやった」
十分以上もの時間をかけて、ようやく右脚部の分解を完了する。
こうして改めて見てみると、グラディウスというプラモは随分と合わせ目の目立つ設計だ。
何しろ、縦に真っ二つとなった部品同士を組み合わせる事で一つのパーツと成しているのである。
それで目立たないはずがないだろう。
「この切断面を見てみろ」
言いながらシドーが指さして見せたのは、部品とゲートとのつなぎ目だった部分である。
「部品とゲートを切り離す際、複数回に分けず一度で切り取ったな? それで白化現象が起こっておできのようになっている」
「う……」
そう言われてまだ分解していない部分を見れば、なるほどユウの組み上げたグラディウスは全身がおできの固まりがごとき有様であった。
「プラモデルというのは、ひょっとしたならばお前の肌よりも繊細だ。少し余分な力を加えただけで、出来上がりに大きな違いが出る。
ランナーから切り離す際は、複数回に分けて切り取るのが鉄則だと覚えておけ」
「わ、分かったよ」
年頃である少女の肌をプラモデルと比較されるのは癪にさわるが、事実として己の分身を皮膚病患者のようにしてしまっているのだから反論しようもない。
「それで、どうすればいいの?」
「方法は大きく分けて二種類ある。
まず一つは、合わせ目をモールドに加工してしまう方法だ。
……これも後で練習してもらうが、今回は二つ目の方法を使う」
「二つ目?」
「これだ」
言いながらシドーが取り出したのは、透明な液体が入った小瓶であった。
「開けてみろ」
「フタにハケが付いてるんだ……って、クサ!」
「臭いは諦めろ」
フタを開いたと同時に広がる、ツンとした臭いに思わず顔をしかめる。
そのフタには裏側の中央部にビンの底まで届く長さのハケが取り付けられており、これで中身の液体を塗り付けることができるようになっていた。
「これ、プラモデルに使うお薬なの?」
「そう、薬だ」
その時ユウの脳裏で描かれていたのは、この液体を塗ることでグラディスのできものが見る見る内に消失していく映像であった。
しかし、シドーが続けた言葉は想像だにしないほど恐ろしいものだったのである。
「プラモデルを溶かす……な」
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分解した部品の断面にたっぷりと溶液を塗り付け、十数秒寝かせる。
同じ処置を施したもう片方の部品と再び組み合わせると、合わせ目から粘性のある溶液がむにゅりとはみ出してきた。
「こんなんで、本当に大丈夫なの?
……なんか、前よりも格好悪くなったよ」
「問題ない。
この接着剤には、プラスチックを溶解させる成分が含まれている。
……時間を置けば、このはみ出した溶液に部品のプラスチックが溶け出し合わせ目も消え、一つのパーツとして完全に結合するという仕組みだ。
その後、紙やすりを使ってランナーからの切り出しがまずかった部分ごと磨き上げていく」
「大丈夫ならいいんだけど……ちなみに、どれくらい寝かせるの?」
「そうだな、万難を排するなら一週間というところだ」
「いっしゅ!? それじゃその間、何もする事ないじゃん!?」
散々神経を使った作業の後にそれでは、肩透かしという他にない。
不満に唇を尖らせながら振り向くが、シドーは涼しげな顔でそれを受け流した。
「俺が何のために、一か月も期間を設けたと思っている?」
「何のためって言われても――わっ!?」
シドーが机の空いたスペースに積み上げたのは、プラモデルの箱だ。
まるで宝箱が積み上げられたかのような光景に、思わず胸を高鳴らせてしまう。
「この中には、俺が事前に接着剤を寝かせる作業まで進めたプラモも、全くの新品も混ざっている。
まずはお前のグラディウスを寝かせる作業まで進めたら、一からみっちりと仕込んでやるぞ」
「――うんっ!」
現金なものだとは、自分でも思う。
しかし模型戦士のはしくれであるのだから、それで気合が入らないのは嘘というものであった。
「やる気が出たなら手を動かせ」
「分かった!」
再びグラディウスに向き直り、慎重に……他のパーツも分解していく。
しばらく無言でデザインナイフを振るっていると、不意にシドーが話しかけてきた。
「そういえば、お前は普段何をしてるんだ?」
「んー、適当だよ。町の人の仕事手伝ったり。教会で勉強教わったり」
「家族はいないのか?」
「お母さんは、あたしが生まれた時に死んじゃったって。
お父さんは町を守る模型戦士だったけど、一年前に病気で死んじゃった」
「……そうか、大変だな」
「あたしが大きくなるまでの遺産は残してくれたし、そうでもないよ? あと、この子も残してくれた。
……あたしはこれで、お父さんみたいな模型戦士になるんだ!」
「そのグラディウスは、形見ということか」
「うん。でもどうせなら、あいつらの使ってたザラみたいに新しいプラモを残してくれれば良かったのに。
そしたら、この合わせ目消しだってもう少し楽だったんじゃないかな?」
「それは違うぞ」
同意を求めての言葉を、しかしシドーはぴしゃりと否定する。
「このプラモには、お前の父親が込めた想いが宿っている」
「想いが……?」
「そうだ。このグラディウスは組みやすく、そして合わせ目が目立ちやすい。
つまり、初心者がそれを消す練習に最適という事だ」
そこからの言葉は、常の無機質さすら感じるものではなく暖かな感情が込められたものであった。
「きっとこうやって、一緒に少しずつ完成させたかったんだろう」
「あたしと、一緒に……」
町外れの墓地に、愛用のプラモと一緒に弔われている父の姿を思い浮かべる。
するとどうにも視界が悪くなり、その後の作業で少し苦労する事となった。
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夜も更け……。
ひとまずグラディウスを寝かせる作業まではこぎつけたユウを家に送り届けてやり、その足でシドーは墓地を訪れていた。
墓碑銘の他には何も刻まれていない質素な墓が並ぶ中から探す名を見つけ、その前へあぐらで座り込む。
ちょうど雲の切れ目だったのか、月明かりが墓石と自分とを照らし出してくれた。
言葉もなく、ただただ墓石と見つめ合う。
そこに眠る者との、無形の会話があった。
男の友情があった。
師弟の絆が、あった。
どれだけそうしていただろうか……。
目の前にある墓石を見ていたのか、あるいは遠き日の光景を見ていたのかも分からぬ感覚から立ち返り、ようやくにも口を開く。
「あなたから託された工具は、お嬢さんにお渡ししようと思います。
……受け継いだ、技術と共に」
――いつか満足のいくプラモが作れたら、俺のところへ見せに来い。
あの日くれた言葉は、今もこの胸へ届いていた。
腰のホルスターからティラノアームズを引き抜き、墓石の前へ置く。
「約束通り、お見せします。
――これが今の俺にできる、最高のプラモです」
そしてティラノアームズの装甲へ、手をかける。
そこから現れたのは――。




