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赤毛のアン

 ――決闘の日取りは今から一か月後。


 ――戦うのはここにいる男たち三人とユウ一人とする。


 ――シドー本人は立ち合いこそするが一切手は出さない。


 ――もし男たちが勝てば、略奪の一切を見逃す。


 カモにネギを背負わせ、ついでに酒瓶まで持たせたかのごとき条件を快諾した三機のザラが意気揚々と立ち去るのを尻目に、ユウは顕造(ビルド)を解除し降り立つシドーに詰め寄っていた。


「ちょっと! 一体どういうつもり!?」


「どうもこうもない。聞いた通りだ。お前とお前のプラモでこの町を守れ」


 現れた時と同じ、捉えどころのない表情でシドーはそう言い放つ。

 これにはユウも、あちこち打ち身した体の痛みを忘れてしまった。


「あんた、模型騎士なんでしょう!?」


「そうだ」


「人民の自由と平和を守るのが仕事なんじゃないの!?」


「俺が忠誠を誓ったのはプラモだけだ。それ以外に興味はない」


 この言葉に、ますますいら立ちを募らせてしまう。

 周囲を見れば、ようやく建物から出てきた人々が怪訝な視線を二人に向けていた。


「この町を助けに来てくれたんじゃないの!?」


「なぜ俺がそんなことを?」


「いやだから、あんた模型騎士だし!」


「堂々巡りだな……それにそんな問答をしている時間はない。行くぞ」


「行くって、どこよ!?」


「プラモ作りに、だ」


 微妙に噛み合わない問答の答えは得られぬままに……。

 シドーは強引にユウの手を掴むと、町の入口へ向けて歩き始める。

 その力は男女の性差や年齢差を抜きにしても、恐ろしく力強いものだ。


「ちょ、ちょっと! 引っ張らないでよ!」


「お前がもたもたするからだ」


 後には、訳が分からず見守るしかない町人たちだけを残し……。

 二人の姿は、舞い上がる砂ほこりの中へ消えて行ったのである。




--




「すっご……」


「入れ」


 シドーがユウを連れて来たのは、町の入口へ停められていたキャンピングカーであった。

 車というより戦車と評すべき、いかにも頑強なオフロード仕様のそれは見るからに高価そうな代物であるが、特筆すべきは開けられたドアから見えたその車内である。


「え、これ何!? すごい! すごい! すごい!」


 それを見た途端、自身が置かれた状況もここへ連れて来られるまでの問答も、全てが吹き飛んでしまった。

 ユウにしてみれば、車内に広がっていたのはどんなテーマパークにも勝る夢のごとき光景だったのである。


「新品のプラモが、こんなに沢山……! それに、道具も!」


「まあな」


 そうなのである。

 キャンピングカーの中に設けられていたのは宿泊用の設備ではなく、恐ろしく本格的なワークスペースであった。

 壁一面を使った棚には新品とおぼしきプラモデルの箱がぎっしりと置かれており、こんな辺境の地ではまずお目にかかれない品揃えの豊富さを誇っている。

 だがこの車内の真価と言うべきは、もう片方の壁面を使ったデスクスペースだろう。


 窓から伸びたダクトで繋がれた複数の機械は工作道具というより出来の悪い映画に登場する実験道具といった(おもむき)であり、少年ならぬユウの胸へ得体の知れぬトキメキを生じさせる。

 吸引機と思しき機械やプラ板で囲まれた一角は、これこそ噂に聞く塗装ブースというやつだろうか……超小型のビーム砲に見えないこともない機械や色とりどりな塗料が並べられてるのを見て、ティラノアームズのきらびやかながらも剛健な機体色が思い起こされた。


 そして、このデスクスペースの心臓部とも言えるのがカッターマットを置かれた工作机だ。

 マットの周囲には種々様々な工具がツールボックスへ綺麗に整頓されて収まっており、主であるシドーの几帳面さをうかがわせる。

 それでいて掃除しきれていないプラカスがマットの上に散らばっているのは、製作意欲の貪欲さを感じさせた。


 照明類に関しても、一切手は抜かれていない。

 塗装ブースには関節付きのデスクライトが取り付けられており、様々な角度から手元を照らせるようになっている。

 そして工作机には都合二つもの電球式アームライトが備えられており、大光量で細かな作業をアシストできるようになっていた。


 密かな……と言うにはいささか目立ちすぎるこだわりを感じさせるのが、デスクチェアである。

 メッシュを採用した背もたれはいかにも快適な通気性を確保しそうであり、これ自体が一種のロボットと言われても信じ得る大小様々な姿勢補助パーツは、使用者の肉体にかかる負担を限りなくゼロへ近づけてくれることだろう。


 興奮に胸を高鳴らせながら、シドーの方を見る。


「ここで、あたしが作業するの!?」


「そうだ」


「本当に!?」


「本当だ」


「本当の本当の、本当に!?」


「嘘は言わん」


「わあ……」


 こうなってしまえば、最早ユウに文句の言葉などあろうはずもない。

 それも当然のことだろう……。

 ユウがおぼろげに夢想しながらも、しかしこの辺境では決して手が届かない憧れの空間が、ここに現出していたのである。


「お前がここで作業して、この町を守れ」


「いいの!?」


「構わん……それにお前のためじゃない。

 ――お前のプラモがそれを望んでいるから、俺はそうするんだ」


「あたしの……グラディウス」


 腰のホルスターから、全く良い目を見せてやれなかった愛機を引き抜いた。

 プラモデルに、心など存在するものだろうか……。

 しかし、ユウが心から愛情を込めて組み上げたモノアイパーツは、力強い視線を向けてくれていたのである。


「あたし、やるよ!」


「それでいい――お前のグラディウスを、一か月で奴らに勝てるくらい強くするぞ」


「うん!」


 元気よく返事をしながら、少女の脳裏に描かれたのは様々な武装や強化パーツに身を包んだグラディウスの雄姿だった。


「やっぱり、大砲とかくっ付けるの!?

 ああでもやっぱり、グラディウスは近接戦闘してこそって感じするよね!?

 そうなると、バーニア!? ……いや、ここはいっそドリルを両手に付けたりとか!」


「何を言っている?」


「へ?」


 だが、思いのままにまくし立てる少女へ水を差したのは呆れた顔のシドーである。


「変な改造やプラスパーツの装着など行わない。

 ――お前がやるのは、()()()()()()()このプラモを組み上げる作業だ」


「え、えええええっ!?」


 キャンピングカーの室内に、少女の叫び声がこだました。




--




 ユウの住む田舎町から、ザラの足でおよそ三時間は移動する距離……。

 荒涼とした荒野の中において、本来ならば野生生物たちが憩う場となるのであろう小さな湖はしかし、どのような猛獣よりも恐るべき者らに占拠されていた。

 湖の周辺にうごめくのは、総勢二十機にも及ぶ顕造(ビルド)されたザラである。


 武装を手に哨戒活動を行っているのはおよそ半数ほどで、残りの半数はテント設営を始めとした居住環境の確保や、洗濯などといった日常の労働に駆り出されており、見ようによっては牧歌的な光景であるとも言えた。

 しかし、それが実現しているというのは、この野営地に集った模型戦士たちがそれだけプラモを駆使した無法行為に手慣れているということであり、その練度を証明してもいるのだ。

 顕造(ビルド)した機体に搭乗中の者、していない者を合わせれば模型戦士たちの総数は四十人にも及ぶだろう……。


 その野営地の中心部……顔面を()()()腫れ上がらせ身を縮こませているのは、先ごろユウの住む田舎町を襲った三人の悪漢らである。

 彼らが怯えた視線を向ける先には、この野営地を指揮する者――すなわち盗賊団の首魁(しゅかい)が、怒りに肩をわななかせていた。


「それでお前たちは! 通りすがりにコテンパンにのされた挙句、金も食料も得られず帰って来たってのかい!?」


「そ、その通りでございます……」


 三人の中ではリーダー格だった男も、この女の前では従順かつ素直にへりくだるしかない。

 燃えるような赤毛を無造作に伸ばしたその女を形容するならば、猛々しいの一言であろう。

 顔の造作といい自己主張の激しいバストといい、間違いなく美人に分類される女ではあるのだ。

 しかしながら、着古された中央(オールド)模型局(ファクトリー)の軍服に身を包み野生のライオンを思わせる殺気を放っているのだから、のん気に鼻の下を伸ばす(いとま)もないのである。


「で、ですが、アンのアネゴ……」


「ああ!?」


 ――赤毛のアン。


 その容姿と名から旧時代の児童文学と同じ通り名で呼ばれている女傑は、言い訳しようとする手下を一喝した。


「ひ、ひい! ……話を最後まで聞いてください。

 ……俺たちにその条件を突き付けてきやがったのは、ただの模型戦士じゃねえ!

 ――模型騎士だったんでさあ!」


「……へえ」


 その言葉に、初めてアンは笑みを漏らす。


「それを最初に言いな!

 ……たく、あんた達は揃いも揃って頭の巡りが悪いんだから。

 それにしても、そうかい。模型騎士様のお出ましかい……」


 くっくと肩を揺らしながら、手近な木箱へ腰を下ろす。


「そ、それでアネゴ……どうなさるんですかい?」


「どうもこうもないさ。

 相手が騎士様なら、名指しされた通りお前たちが戦いな。

 ――騎士道精神ってやつにのっとって、ねえ」


 実に楽しそうな笑顔のまま、アンは腰のホルスターへ手を伸ばした。

 そこから引き出されたプラモデルは、辺境を荒らす盗賊団のものとは思えぬ完成度を誇っていたのである。

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