チャンス
その完成度の、何と高いことであろうか。
たかがプラスチックの模型に、ここまでの造形美が宿り得る事を知った少女は思わず感嘆の吐息を漏らしてしまう。
シドーが顕造した機体を言い表すならば、機械の恐竜か怪獣……ということになるだろう。
全体のシルエットは紛れもなく肉食性爬虫類のそれであるが、極太の両足で直立歩行する様は自然界で存在し得るものではなく、空想生物の趣を宿している。
塗装は銀と黒のツートンカラーであるが、その質感のきらびやかさといったら……。
光沢といい質感といい、プラスチックを用いているはずのそれが金属としか思えぬ説得力を宿しているのである。
無論、合わせ目や切り口の変色など存在するはずもなく、代わって恐ろしく精緻で物語性を感じるモールドが至る所に彫り巡らされていた。
その極致とも言えるのが、全身各所に装備された武装の数々だろう。
――両肩には、戦艦の主砲を思わせる大型のキャノン砲がそれぞれ一門ずつ。
――両腕には分厚いシールドが取り付けられているが、これは単なる防御用装備ではなくガトリング砲が内蔵されていた。
――カギ爪の鋭さと威圧感といったら尋常なものではなく、工事用グラップルバケットのそれと同等か、あるいは凌駕してすら感じられる。
――両の腰に装備されたミサイルポッドは小型ながらも確かな火力を感じさせる造形のリアルさであり、これは一体成型ではなく弾頭一つ一つに至るまで独立して製作したのではないかとうかがわせた。
――太く長大な尾は体節の一つ一つに凶悪な造形のレザーソーが取り付けられており、尾節には人型モデル用のダガーガンが装着されている。
――唯一武装らしい武装の存在しないのが若干の愛嬌を感じさせるデザインの頭部であるが、頸部に細やかなシリンダー機構を施されたそれはいざ噛みつけば本物の恐竜か怪獣そのままの威力を発揮するだろう。
総じて、破壊の権化と呼ぶしかないプラモデル……。
それがシドーの乗機であった。
だが、何よりも注目すべきは機体の胸部に描かれているエンブレムだろう。
盾を模した紋章の中央に描かれているのは『CF』の文字であり、これが意味するものはただ一つである。
『盾の紋章に『CF』の文字……!?』
『まさか、模型騎士だっつうのか!?』
『中央模型局の犬が、何だってこんな辺境に!?』
ザラに搭乗した盗賊共が慌てふためくのも無理はないだろう……。
「模型……騎士……」
少女にとってもまた、それは空想話の登場人物じみた存在なのである。
――模型騎士。
一人一人が恐るべき製作技術と戦闘能力を兼ね備えた中央模型局直属の精鋭であり、彼らが作り出すプラモデルは一体で一個師団級の戦力を有するという……。
その任務は大陸に住まう人民の自由と平和を守ることであり、時に上級貴族すら上回る権力を振るえるのが模型騎士なのだ。
まさに、混沌と無法を極めるこの模型世紀において英雄と呼ぶべき存在なのである。
それがまさか、こんな辺境の地でお目にかかれるとは……!
信じがたい気持ちになるが、これは紛れもない現実だ。
何よりも、シドーの駆る機体の完成度がそれを物語っていた。
『――ッ! クソがあっ!?』
「危ない!」
ザラが見せた挙動に、思わず叫ぶ。
再びザラが銃口を向けたのは、やはり眼前に立つ恐竜型の機体ではなかった。
卑劣な事に、悪漢らはまたもや民家に向けてその銃弾を浴びせかけようとしたのである。
だが、
『――なあっ!?』
『……俺のティラノアームズを前によそ見とは、のん気なことだな』
……それが果たされることはなかった。
いかにも鈍重そうな機体が見せた動きの、何と俊敏なことだろうか。
ティラノアームズと呼ばれた恐竜型モデルは、ザラが引き金を引くわずかな間に間合いを詰めるとその銃身を掴み上げてしまったのである。
見るからに鋭利なそのカギ爪で掴まれたのだから、これはたまらない。
バキリッ! と派手な音を立てると、ザラの手にした軽機関銃はたちまち砕けてしまった。
『ち、ちくしょう!』
『やってやる! やってやるぞ!』
残る二機のザラも銃を構えようとするが、それを見逃すシドーではない。
まるで第三の腕とも言うべきしなやかさと正確さをもってティラノアームズはその尾を振るうと、備え付けられたレザーソーで彼らの銃も切断してしまったのである。
――――――――――ッ!
非生物たるプラモデルが、叫びを発するはずもない。
しかし、ティラノアームズが大きく開いた口とそこに並んだ無数の牙は、少女達へ咆哮を幻聴させるのに十分なリアリティと迫力を有していた。
『終わりか?』
『ぐ……う……』
その凄まじい圧力に、武装を破壊された三機のザラはじりりと引き下がる。
だが、それも無意味なことだ……。
先の圧倒的な運動性能に加え、いまだ使用されていない火器の数々を思えば悪党らに逃れられる道理などないのである。
固く戸締りされた通りの建物から、隠れ潜む人々らのほっとした空気が漏れ伝わってくるのを感じた。
田舎町を襲おうとした盗賊らは、彗星のごとく現れた正義の騎士によって成敗されることとなったのだからそれも当然のことだろう。
『…………………………』
だが、一分経ち、二分経とうともその瞬間は訪れない。
何やら思案げに佇むティラノアームズを見て、ザラたちが存在しない首をかしげた時にようやく次の動きが生じた。
『おい、お前』
「ひゃ、ひゃい!」
何故かトドメの一撃を放たず、こちらへ顔を向けて問いかけてきたティラノアームズに思わず上ずった声で応じてしまう。
『名前は何という?』
「はえ? ゆ、ユウ! ユウ・T・ルクツです」
『そうか……』
それだけを聞くと、今度はザラたちに向き直る。
いよいよトドメがくるのか……覚悟を決められず及び腰となった彼らに向けてシドーが放ったのは、しかし意外な言葉であった。
『お前たちにチャンスをやろう』
『『『へ?』』』
『いらないのか?』
『い、いや欲しいです! はい!』
『よし』
――こいつは何を言い出しているんだ?
通り中がそのような空気に包まれているのもおかまいなしに、ティラノアームズは倒れたままのユウをカギ爪で器用に指さす。
『今から一か月後……再びお前たちと戦ってやる。
しかも、相手をするのは俺じゃない。
――そこにいるユウと、そのプラモだ』
『は?』
『は?』
『は?』
盗賊共が驚きの声を発したのも当然だろう。
何故ならば……。
「はああああああああああっ!?」
名指しされたユウ本人が、その場で最も大きな叫び声を上げたのだから……。




