4話 棺の中
モンスターを狩るために、俺たちは街を出て、草原の上を歩いていた。
サリアが言うには、町から十分ほど歩くとモンスターの生息する地帯にたどり着くらしい。
「この辺のモンスターはどのくらい強いんだ?」
「そうねー、この辺りには強いモンスターは基本的に生息してないわ。街を出る前に掲示板で確認してきたけど、ここ数日中に特殊なモンスターの発生も確認されてない。つまり、楽勝ってことよ」
サリアは俺に向かって余裕の表情で親指を立ててくる。
弱いといえども、モンスターとの戦いは命がけになるので、モンスターの素材は高く売れるらしい。となれば、昼飯を食べて、その上宿に泊まるお金も手に入るだろう。
俄然やる気も出てくるというものである。
「よし、さっさと倒して昼飯を食うぞ!」
「そうね! あ……そういえば、モンスターではないんだけど、ここ数日の間に、何人もの人間が、夜にこの辺りを通ってるときに何者かに追いかけられたらしいわ。」
「モンスターじゃないってことは盗賊か?」
「わからないの。そいつは『血をよこせ』って言いながら追いかけまわしてきたそうよ」
盗賊なら欲しがるのは血なんかよりも金目の物だろう。心配ではあるが、今は昼なのでそいつも出てくることはないはずだ。
「イツキ! スライムよ!」
目の前に現れたスライムは、人の顔ほどのサイズのボールのような体に二つの目が付いたモンスターだった。
見るからに弱い。これなら簡単に倒せそうである。
「イツキ、やっちゃって!」
「よし来た!」
俺はこぶしを握り、思い切りスライムを殴りつける。しかし、スライムのやわらかい体はへこむだけであり、攻撃が効いた様子はない。
次に蹴ってみたものの、これも全く効かず、先程と同様にスライムの体がへこむばかりで、有効打にならない。
「ぷぷぷぷ、イツキはスライムも倒せないんだ。役に立たないのね」
「どうやったら、こいつを倒すことができるんだよ。殴っても全く効いてないぞ」
「スライムに非力なイツキの打撃なんて効かないに決まってるでしょ。剣でも持ってこなきゃ、倒せないわよ」
「先に言えよ! バカみたいに打撃で倒そうとしちまったよ!」
「いや、バカじゃん」
サリアは俺をバカにした目で見てくる。悔しいが、俺にはスライムを倒すことができないので、サリアに魔法で倒してもらうしかない。
「サリア、魔法で倒してくれ」
「はぁ、仕方ないわねー。この私が一瞬で倒してあげるわ」
サリアはスライムと向かい合って、魔法を打つ構えをとる。
「ファイアーボール!」
サリアの構えた手の親指から小さな火の玉が地面に落ちる。
前は小指からだったが、親指からも出せるようだ。
「お前も失敗してるじゃねーか」
「倒せるまで打ちまくればいいだけでしょ! ファイアーボール!」
今度は十数メートル先に届くほどの強烈な炎が放たれた。どう考えても、『ファイアーボール』という規模ではない。
それを直に受けたスライムは、跡形もなく消え去っていた。
「どう? これが私の真の実力よ。ひざまずきなさい!崇めなさい!奉りなさい!」
どや顔で悦に浸っているサリアを横目に、俺はスライムがいた場所を触ってみる。売れそうなものは何も残っていない。
「何も素材がとれないじゃないか。こんな調子だと、まともに素材なんて集まらないぞ。もっと抑えろよ」
「出来るならもうやってるわよ」
そうだった、こいつは魔法の威力が調整できないんだった。
こんな調子で十分な量の素材が集められるのか心配だ。せめて、俺がスライムを倒す武器を持っていれば何とかなるのに。
「あれ見て、イツキ」
サリアが声を上げて指をさした方向を見てみると、そこには人一人が余裕で通れるほどの穴がある。
近づいて穴の中を覗いてみると、階段が薄暗い闇の中に続いていた。
「これはダンジョンね」
「なにかお宝でも眠ってるのか?」
「ダンジョンの難易度とお宝は周囲の魔物の強さに比例するから、このダンジョンはたいしたお宝は取れないわね。それでも、数日分の飢えをしのぐ分ならとれるかも」
「そりゃいいな。けど、お宝って残ってるのか?このダンジョンって簡単なんだろ?」
「ダンジョンはその一帯の大地のエネルギーが集まる場所だから、お宝も敵も、時間が経てば自然に復活するの」
敵が復活するのはあまりうれしくないが、モンスターの素材に期待ができない今、お宝はぜひとも手に入れたい。
それに、ダンジョンの探索というのも、悪くない経験だ。
「行ってみよう」
「ええ」
俺たちは一段一段ゆっくりと階段を下りていく。
ダンジョンの中は真っ暗闇かと思っていたが、火をつけたりしなくても、ある程度先が見えるくらいには明るかった。これなら、暗くて進めないということはないので安心だ。
階段を降り切って、少し進むと二つの分かれ道のある部屋に出た。
部屋の両端には棺のようなものが列をなして壁に立てかけられており、その真ん中を通り抜けて、分かれ道の前で足を止める。
「俺はこっちだと思う」
「私はこっちだと思う」
分かれ道を前にして、意見が分かれてしまった。
「どう考えてもこっちの道だろ。お宝が俺を呼ぶ声が聞こえる」
「いーや、こっちの道で間違いないわ。お宝のにおいがプンプンする」
「サリアの鼻なんて信用ならねーよ、こっちだ」
「イツキの耳こそ幻聴でも聞こえてんじゃないの、こっちよ」
――ギィィィ
何かの扉が開く音がした。
それに続いて、同じ音が部屋中から鳴り出す。
振り返ってみると、人間の骨格のようなモンスターたちが、部屋の両端の棺からぞろぞろと出てきていた。
「おいおい、なんだよあれ!」
「スケルトンよ!」
スケルトンたちはこちらに向かって走り出した。
早く逃げなければまずい。
「サリア、こっちだ」
俺は自分の選んだ道に走り出したが、サリアもまた自分の選んだ道に向かって走り出していた。
「来ないでーーー!」
叫んでいるサリアには俺の声は聞こえていないのだろう。ここで立ち止まっている余裕はないので、このまま進むしかない。
振り返らずに走っていると、後ろから叫び声が聞こえた。
「一人にしないでーーー!」
サリアが泣きながら背後にスケルトンたちを引き連れて、俺を追いかけてきていた。
どうやら、俺が同じ道に来ていないことに気づき、すぐに引き返して追いかけてきたようである。
「スケルトン連れてくるなよ!」
「そんなこと言われたって、勝手についてくるんだもん!」
サリアが一気に加速して、俺の横に並んでくる。こいつ、本気を出せばかなり足が早いようだな。
俺たちはそのままやみくもに走り続け、いつしか背後から追ってくる足音もなくなった。なんとか逃げ切れたようだ。
「何とかまけたみたいね」
「そうだな」
息を切らしながら周りを見回すと、この部屋にもいくつもの棺が地面に置かれていて、そのどれもが開いた状態になっている。すべての中を確認したが、スケルトンはいなかった。
突然襲われる心配はなさそうであることが分かり、一安心だ。
「イツキ、この棺の中、悪くないやわらかさよ」
サリアに言われて棺の中に手を当ててみると、見た目とは裏腹にやわらかい。ベッド程とは言えないが、昨夜の床よりは寝心地がよさそうだ。
よく見ると、扉には内側から開閉できるかぎがついている。
「この棺はモンスターたちの寝床なのかもしれないな」
「鍵まであるなんて、プライベートもしっかり守られてるわね。これは……ありよ」
こいつの頭は一体どうなってるんだ?まさかモンスターのベッドを勝手に使って寝る気なのか?!
確かに、俺もサリアもまともな睡眠がとれていなかったので、疲れているのは分かる。
それでも、ダンジョンで眠るのは危険だろう。
「ちょっと、ほんのちょっと寝心地を試してみるわ」
――ガチャ
ご丁寧に鍵までかけたようだ。
俺も棺の中で横になってみた。うん、わりといい寝心地だな。
「スピスピスピー」
隣の棺からサリアの寝息が聞こえてきた。もう寝たのかよ、早すぎるだろ。
しかし、だんだんと俺も眠くなってきたので、棺の扉を閉め、鍵をかける。
少しだけ寝るか!






