2話 呪術師と魔法使い 後
「サリア、お前の魔法を見せてくれないか? 召喚魔法を使えるような天才魔法使いがどんな魔法を使うのか知りたいんだ」
「天才魔法使い……」
椅子に座って天井を見上げているサリアの口元がニヤニヤと緩んだ。
「いいわ、特別に見せてあげる。この天才魔法使いが使う素晴らしい魔法をね!」
少しおだてただけで、簡単に調子に乗るのだからちょろいものである。
「最初はどんな魔法を見せてくれるんだ?」
「イツキはどんなものをお望みかしら?」
「そうだな、やっぱりド派手な魔法が見てみたいな」
「わかったわ!」
サリアは大きくうなずくと、椅子から立ち上がって、俺の方に向かって腕を突き出し、手を開いた。
やる気があるのはいいことなのだが、もしかして、ド派手な魔法を、俺に向かって打つ気なのだろうか。
サリアの開いた手の前の空気が揺らいで、渦ができ始める。
「待て待て!」
「スーパーグレートウルトラデラックスウィンド!」
死をも覚悟して目を強くつぶった俺の頬を、心地よい風が優しくなでで通り過ぎた。
「名前負けにもほどがあるだろ! 全然大した威力じゃないじゃないか!」
「うるさいわね! 夏の暑い日に涼むにはちょうどいいでしょうが!」
「俺はド派手な魔法を見せてくれって言ったんだよ。あと、当たり前のように俺に向かって打ったよな」
「う、うーん、どうだったかなー、イツキに向けて撃ったっけなー」
サリアは目を泳がせながら、下手な口笛を吹いて誤魔化そうとしている。
わざと俺を狙って魔法を放ってきているあたり、ポンコツと言われたことをまだ根に持っているようだな。
「他にも使える魔法はないのか?」
「あるに決まってるじゃない。お次は火属性の魔法を見せてあげるわ」
「今度は俺に向かって打つなよ。火だるまになったら、お前に抱き着いて道連れにするからな」
しっかりくぎを刺しておかなければ、サリアはまた俺の方に向かって魔法を打ってくる可能性が高い。
「はいはい、分かってるって」
サリアは俺のいない方向に腕を向けて、構えた。
よし、これでひとまず俺の身は安全だ。しかし、虫の知らせというやつなのだろうか、なんだかよくない予感がする。
「無駄に長い名前で呪文を唱えるんじゃないぞ。見てるこっちが悲しくなる」
「仕方ないわね、ファイアーボール!」
サリアの開いた手の小指から、小さな火の玉が、ポロリと地面に零れ落ちた。
俺はつい笑いをこらえきれなくなった。
「アハハハハ、さっきよりもさらにしょぼい魔法じゃんか。やっぱり、ポンコツなんじゃないか?」
「たまたまよ、たまたま。次こそはすっごい魔法を見せてやるんだから!」
サリアはそそくさと、次の呪文を放つ準備をしだす。
やはり、ポンコツなのは間違いないようである。
「あれ?」
突然サリアが足元を見ながら、間の抜けた声を出す。
何があるのだろうかと、俺もサリアの視線の先を追うと、そこには先程サリアの小指から放たれた火の玉があった。
けれども、その火の玉は、サリアが放った時よりも大きくなっている。いや、大きくなっているというよりは、地面に燃え広がっていた。
「やばいぞ! この家木造だから、このままだと家全体に燃え広がる!」
「私の家が! 私の家が燃えてる! ここをなくしたら行く場所なんてないのに!」
「なんでこんな燃えるものがある場所で火属性の魔法なんて使ったんだよ、ちょっと考えればわかるだろ」
「ちょっと考えればわかるんだったら、やる前に言ってくれたらよかったじゃない!」
サリアの言う通りである。俺が気づいていれば止められたのだが、いやな予感はしたものの、気づくことができなかった。
俺たちが口論している間にも、火は勢いを増していく。家全体に火の手が回るのも時間の問題だろう。
しかし、こういう時こそ、魔法の使いどころである。
「サリア、水魔法は使えないのか? もし使えるならそれで鎮火してくれ!」
「天才魔法使いであるこの私が、水魔法の一つや二つ、使えないわけがないでしょう。任せといて!」
サリアの言葉は非常に頼もしいのだが、俺には一つ、大きな懸念があった。
さっきの火属性の魔法と風属性の魔法の威力を見る限り、水属性の魔法を使ったとしても、火を消せる気がしない。もし火を消せなかったら、サリアを連れて、即座にこの家から脱出しよう。
「ウォーターフォール!」
サリアが放った呪文は俺の予想をいい意味で裏切った。
大量の水が堰を切ったように、サリアの手からあふれ出てくる。その水は火を消し去った後も、どんどん家の中にたまっていき、あっという間に俺の頭よりも高い位置までたまった。
俺が水面から顔を出すと、サリアも少し離れた位置から顔を出した。
「火が消えたのは良かったけど、次はこの水をどうにかしなきゃな」
「どうしよう?」
玄関を開けて水を出せればいいが、おそらく水圧で開かないだろう。このまま水に浸っていれば風邪をひく。そうなる前に早くなんとかしなければならない。
「魔法で壁に穴を開けよう。やりすぎないように制御しろよ?」
「わかった!」
――バキバキバキッ
サリアが風魔法を使うと、壁一面が音を立てて豪快に吹っ飛んでいき、逃げ道を手に入れた水が一気に家の外に流れ出た。
俺たちはまだ湿っている床の上に呆然と立ち尽くし、さっきまで壁で遮られていた外の景色を見る。
「誰も壁一面をぶっ飛ばせとは言ってないぞ……」
「私だってちょっと穴を開けるだけのつもりだったのに……」
サリアは自分の家を破壊したショックからか、魂が抜けたかのように力なくその場に座り込む。
俺はそんなサリアの様子を見ながら、あることに確信を得ていた。
「サリアはもしかして、魔法の威力を制御できないのか?」
「そうよ、できないのよ。なんか文句あんの」
サリアが唇を尖らせながら答える。完全に開き直っているようだ。
「制御できないとはいえ、あの威力の魔法はすごいな。感心したよ」
「え、本当? やっぱり私、天才なのね」
俺の言葉を聞いたサリアの声が浮ついている。
少し褒めたくらいでまたすぐに調子を取り戻すあたり、やはり単純なやつだな。
「まぁ、イツキの呪術もなかなか良かったわよ」
「え?」
こいつ、俺の呪術の良さがわかるだなんて、案外センスのいいやつなのか?
相手がサリアといえど、褒められるのはうれしいものである。
「いやいや、サリアの魔法も才能を感じたよ、あんなの天才じゃなきゃできないな」
「そ、そうかな?イツキの呪術も素晴らしい技術が見て取れるわ」
うんうん、間違いない!サリアは見る目があるな!
「でも、私の方がすごいけどね」
前言撤回だ。サリアには見る目なんてなかったようだ。
言い返したいところだが、俺達には今、何よりも優先すべきことがある。
「俺たちは今日、一体どこで寝ればいいんだ?」
さすがにこんなびしょぬれの家の中で、外から丸見えの状態で安心して眠ることなどできないだろう。
「近くの安い宿屋にでも泊まるしかないわね」
「……そうだな」
俺たちは同時にため息をつく。
少し前まで壁があった場所からは、美しい月が顔をのぞかせていた。
――こうして、俺の魔法の世界での生活が幕を開けた。