1話 呪術師と魔法使い 前
気が付くと、俺は見知らぬぼろい木製の家屋の一室にいた。
ここはどこだ?
「成功だぁ!」
目の前には美しい銀髪を腰まで伸ばした可愛らしい少女が立っており、目を輝かせながらこちらを見ている。外見から判断するに、俺と同じ、17歳かそこらといった年齢だろう。
一体ここはどこで目の前のこいつは何者なのだろうか。
「やった、やった、成功だ」
少女は、俺を中心にして、その周りを喜びの声を上げながらスキップをして回っている。
俺はそれを無視して、直前までの出来事を思い出していく。
自室でいつものように新しい呪術の開発をしていると、突然まばゆい光に包まれて、気が付いたらここにいた。
だめだ、全く何が起きたのかわからないぞ。
とりあえず目の前にいるこいつに聞くしかない。
「おい、お前。俺は何でここにいるんだ? そしてお前は何者なんだ?」
俺の声を聞いて、少女はスキップをしていた足を止めて、俺の方に体を向ける。
「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれたわね。私は天才魔法使いのサリア。あなたをこの世界に召喚したのはほかでもないこの私よ! 従順なるわがしもべよ、あなたの名前は?」
俺がここにいるのは、このサリアという少女の仕業で間違いないようである。
しかし、従順なるしもべとはどういうことだ?もしかして、こいつは俺を使役するために召喚したのだろうか?
「俺の名前はイツキだ。ここは一体どこなんだ? あと、お前の命令を聞くつもりは一切ないからな」
「え~、なんでよ~、私に召喚されたんだから、ちゃんと私の言うこと聞きなさいよ」
「だめだ。見ず知らずの奴にいきなり命令されて、はいわかりましたって従うやつがいるかよ。それよりもこの状況について、説明してくれ」
「仕方ないわね、この世界は、魔法が発達していて、その一種である召喚魔法を使って別の世界からイツキをここに呼び寄せたの」
なんということだ。俺は呪術の発達した世界から、魔法が発達した世界に無理やり召喚されてしまったらしい。
「せめて、召喚する前に相手の意思を確認するとかできなかったのか?」
「もし確認してたら、同意した?」
「するわけないだろ」
「でじょうね」
サリアはにやにやと笑みを浮かべている。
こいつ、わざと俺の意思を確認せずに召喚しやがったな。
しかし、腹を立てていても仕方がないし、新しい呪術の開発の途中なので、さっさと元の世界に返してもらうことにしよう。
「俺を元の世界に戻してくれ」
「私、召喚はできるのだけど、召喚したものを送り返すことはできないの」
「え?」
「天才魔法使いのこの私には召喚魔法だけで十分よ。送り返すための魔法なんていらないわ」
「十分なわけないだろ!お前が良くても、俺が困る! ポンコツ魔法使いじゃねーか!」
俺はサリアの両頬を思い切り引っ張る。
「いだだだ、ほへんっては」
頬から手を離すと、サリアはすぐさま俺から距離をとって、頬をおさえながらしゃがみこんだ。その目には涙が浮かんでいる。
「こんなのひどすぎるよ~。せっかく召喚魔法が成功したと思ったら、とんでもなく極悪非道で悪鬼羅刹な奴が出て来たよ~」
「それは言いすぎだろ」
困ったことになったな。サリアが俺を送り返すことができないとなると、この世界の他の人間にお願いして元の世界に送り返してもらうしかない。
その間は、サリアに協力してもらうことにしよう。
サリアの方に視線を向けてみると、まだうずくまりながら俺の悪口を恨めしそうにぶつぶつ唱えていた。
「おいサリア、俺を勝手に召喚した責任は取ってもらうぞ」
「まさかこの私に手を出すつもり? いくら私が可愛いからって、それはだめよ!」
自分で自分をかわいいと言い切ったことといい、自分を天才魔法使いと言ったことといい、なんて自信過剰なやつなんだ。
「そういうことじゃない。元の世界に戻るまでの手助けをしろってことだよ」
「ぷぷぷ、自分一人で家にも帰れないの? おこさまなのね」
勝手に俺を召喚しておいて、全く反省していない様子である。
これは俺の呪術を使って懲らしめる必要があるようだ。
「おい、サリア。これがなんだかわかるか?」
「何その黒いの? 魔法?」
サリアは俺の右手の手の平から出ている、靄をまとった黒い球体を見つめて、ポカンとしている。
魔法が発達しているというこの世界では、やはり呪術は知られていないようである。
俺は大きく振りかぶり、黒い球体をサリアに向かって勢いよく放り投げる。
「やだ、来ないでよ!」
黒い球体はサリアの体に触れるや否や、まとっていた靄をふわりと漂わせて消える。
サリアは、球体の当たったところをじっと見つめた後、体中を見回し、なにも変化が起きていないことを確認して、ほっとしている。
サリアは何も起きていないように感じているかもしれないが、これで、サリアは呪術にかかった。
「痛みもないし、何も起きないじゃない。単なる見掛け倒しね」
「そいつはどうだろうな、お前はもう呪術にかかってるぜ」
サリアはおもむろに立ち上がると、壁に向かって歩き出した。
「ちょっとちょっと、どういうことよ! 体が勝手に動いてるんだけど!」
「今お前にかけた呪術、『マエニアル―ク』は呪術にかかった対象の体が勝手に前に歩いてしまう、とんでもなく恐ろしい術だ。もし止めてほしければ、俺に協力するんだな」
「いやよ、そんなの!めんどく――」
――ゴンッ
「イタッ!」
サリアが音を立てて壁にぶつかってしまった。
しかし、壁にぶつかった後も、サリアの足が止まることはなく、そのまま壁にぶつかり続けている。
サリアがこのまま止まらなければ、このぼろい木製の家の壁なら、いずれ壊れてしまうだろう。
「早く止めてよ!」
「協力してくれるというまでは止めることはできないなあ」
「ぐぬぬぬ、仕方ないわね。協力するわ! だから早く止めて!」
協力すると約束を取り付けたことだし止めてやることにしよう。
俺は、壁に向かって歩き続けているサリアの両肩を後ろからつかみ、自分のいる方向に思い切り引っ張って、サリアを壁から引き離す。
それでも、サリアは前に進み続けるので、進行方向とは逆向きに引っ張り続けなければならない。
「何してんのよイツキ! 私を止めてくれるんじゃなかったの?!」
「見ての通り止めてるじゃないか! 結構大変なんだぞ」
「そんなの術を解けばいいだけじゃない! 早く解いてよ!」
「俺は自分でかけた術を解けないんだ」
「はぁ?!」
言いたくはなかったが、言わざるを得なかった。
俺は、呪術を相手にかけることはできても、それを解くことはできない。なので、術にかかったサリアを止めるには、術の効果が切れるまで、力業で抑えるしかなかった。
「あんた私のことポンコツ呼ばわりしてたけど、あんたもポンコツじゃないのよ!」
「うっ、……すいません」
「この術はいつ切れるの?」
「あと2、3分の辛抱だ」
俺は、決して力が強いとは言えない。術が切れるまでの間、果たしてサリアを止め続けていられるだろうかと心配にもなるが、ここで手を放してしまって文句を言われるのは面倒だ。何とか耐え抜く!
♢♢♢
無理だった。
術が切れるまであと少しというところで俺の力が尽きて、サリアは無情にも、再び壁に激突してしまった。
「ほんっとにポンコツな呪術師ね!」
ポンコツな魔法使いのサリアにポンコツだと言われるのは納得いかないが、俺が非力だったことは事実である。
「悪かったよ、反省してる。もっと体を鍛えて、次からは止めて見せる」
「呪いを解くことを勉強しなさいよ!」
「呪いを解く勉強に時間を割くよりも、力で止められれば、そっちのほうが、効率いいじゃないか」
「止められなかったでしょ」
「申し訳ないです」
サリアは近くに置いてあった椅子に座りこむと、ため息をついて天井を見上げている。少し疲れがたまったのかもしれない。
改めて周りを見渡すと、部屋の隅にはたくさんの魔法についてのものと思われる本が詰み重ねられている。
もしかしたら、サリアは魔法に関して、意外と精通しているのかもしれない。俺を召喚した魔法だって、かなり高いレベルの魔法だろう。
本人の言う通り天才魔法使いなのか、それともやはりポンコツなのか。確かめてみる必要があるな。