交渉です。脅迫ではありません。
少し短いですが、キリが良いので。
私が近づいても王様は逃げようとはしない。もしかしたら逃げられないほど畏縮しているのか、ただ黙って玉座に座っている。
王様のすぐ傍まで行き、私は王の耳元に顔を寄せる。
「―――――――――――」
「……なっ!なぜそのことを!?」
王様は驚愕の表情を浮かべ私を仰ぎ見る。私は口元に笑みを浮かべて王様の顔を見た。
「まだまだ他にも色々あるけど……。アーデルハルトを貰えれば他はいらない。なんならあの闘技場で出されたアーデルハルトの売値の金額支払っても良い。今言ったことも他のことも誰にも、もちろん他の国にも伝える事はしない。」
「……」
凄く難しい顔をしながら黙り込む王様だったけど、わかったと一言呟いた。
私が王さまに伝えたのは実際にあった王家の裏事情。表には出ない話なんて掃いて捨ててもあるほど。王族の過去やらなんて過去の出来事を調べればすぐに分かる。
脅迫?いえいえ交渉ですよ!
「なんだと!」
王の一言に反応したのは私でもなく、アーデルハルトでもない。ついでにいえば未だに床に芋虫のように転がっているガルレイドでもない。
「ジラレス騎士団長、そなたが言いたいことはわかる」
「ならばなぜ!!」
ここに来た時に王様と話していた騎士団長の男だった。
なんだか、面倒なことになりそう。王様から了承ももらったし、早く終わりにしたいんだけど。
私は王様から離れ、跳躍し一気に騎士団長の元に行く。
それに驚いた男は一瞬目を見開いたかと思うとすぐに剣を抜こうとした……が抜けなかった。
「なっ!?」
今度こそ男は驚愕の声を出す。
それもそうだ。見た目十代の女が騎士団長の抜こうとした剣の柄に触れている。それだけで男は剣を抜くことが出来ない。何度も力を入れ剣を抜こうとするがビクともしない。
「そんなことしても動かないわよ。それよりも良いの?私がコイツと一緒に来たって事は……あなたのことも知ってるのよ」
「!?」
男はグワッと目を見開く。
「……なんだと?」
そこは腐っても騎士団長といったところなのか、男は一旦動揺した気持ちを静め、あくまで平静な態度をとる。
今ここでこいつのことを暴いても良いんだけど……。
チラッとそれまでその場から動かずに流れを見ていたアーデルハルトに視線を向けると、彼は騎士団長をじっと見ていた。
彼は私の視線に気がつくと、黙ってこちらに近づいてくる。騎士団長の男からは真後ろであることと、意識を完全に私に向けている為、アーデルハルトが近づいてきていることに気がつかない。アーデルハルトはあと一歩の所までが来て立ち止まる。
「ジラレス団長」
「っ!」
アーデルハルトから声を掛けられ、やっと後ろにアーデルハルトがいることに気がつくとバッと後に体を向ける。私も分かっていたから柄から手を離して、男とアーデルハルトの横に移動する。
「アーデルハルト……お前」
アーデルハルトを見た男が驚いた表情を浮かべていたが、横に移動した私が視界に入ると一瞬考えるように眉根を寄せたかと思うと、アーデルハルトに向かってまるで労るような表情を向ける。
アーデルハルトを見るが変わらず無表情に近い顔で男を見ている。そこからは嬉しそうな様子も、悲しそうな様子も感じられない。
「……お前がしてしまったことは、取り返しが付かないがやり直すことはできるはずだ。
元上司としての責任もある。この国で、私も支えとなる」
お決まりな展開、どうもありがとうございます。
今更な感じたっぷりなのは、私よりも本人が一番感じているに違いない。そんな本人からは変わらず何の感情も感じられない。
万が一にもないとは思うけどこれで、そうですね。この国でやり直します。なんて言い出したらどうするか。
うーん、と私が顔には出さず考えているとアーデルハルトが動いた。
「今まで、ありがとうございました」
そう言ってアーデルハルトは綺麗な笑顔で騎士団長を殴り倒した。
うん、気持ちの良い右ストレート。
騎士団長はアーデルハルトの笑顔に一瞬気を抜いたのかそのまま面白いように後ろに吹っ飛ぶ。
今日で何度お決まりシーンを見たんだろう、そんなどうでも良いことを考えているとアーデルハルトがこちらを向いた。付き物が落ちたような、すっきりとした顔をしていた。
「行こう」
アーデルハルトの声に迷いはなかった。
お約束、王道、テンプレ……あぁ、やっぱりね、と思いつつも好きな展開です。