七話 英雄の機体
放課後。俺はイーグルのシステムを整理するため、士官学校の格納庫に足を向けていた。
レジデント宇宙軍第一士官学校はBHFの技術者と操縦者を育成する士官学校だが、その中身は『ちょっと厳しいハイスクール』と変わらない。部活もあるし、強制的に入寮させられるわけでもない。
だから、放課後の校内には意外と人が沢山いるのだ。それはこの格納庫も例外ではなかった。
「うわ、見ろよこれ!」
我が愛機イーグルの元へ歩みを進めていると、目をキラキラと輝かせながら俺のイーグルに見入っている数人の生徒がいた。制服の色からしてロボティクスの一年生だろう。
士官学校にロボティクスに入ってくるような奴は、大抵BHFなどの機械が大好きな、所謂オタクに類似する輩が多い。しかも今は前期の授業が始まったばかりの五月。ロボティクスの一年生にとって、この時期の放課後にBHFの格納庫を巡回して歓声を上げるのはもはや恒例行事ともなっていた。
「RERC‐A001『EAGLE』だぜ! しかも胸の製造番号を見てみろよ。一番だ……」
「この塗装の剥げ方から見ると、かなりの腕のパイロットの機体みたいだな」
「俺、生で見るの初めてだよ……。これが英雄の機体か……」
それぞれ感慨深げに感嘆の声を漏らしているのを盗み聞きする形になった俺は、表情筋が緩むのを止められなかった。
だって自分の愛機が褒められたんだぜ? しかもべた褒め。これがニヤつかずにいられるか。
努めて平静な風を装いながら、一年生の間を縫うようにして機体の前に出る。
俺がリフトロープでコックピットに向かい出すと、背中越しに歓声が上がる。
恥ずかしかったので、そのまま逃げるようにコックピットに飛び込んだ。
コックピットハッチを閉じて外界との遮断を確認すると、俺は数十秒前に一年生が漏らしていた言葉を思い返していた。
『英雄の機体だ……』。その言葉を聞いた俺は、嬉しさを感じるとともに一抹の寂しさも感じていた。それは、俺のオヤジとこのイーグルに大きく関係するものだった。
♢
第二次技術闘争。デインクール公国がレジデントの保有資源を狙って起こしたとされる、一連の事件群。俺のオヤジは、その戦いの中で命を落とした。
争いの発端は、レジデントの保有する資源惑星群『クスルタス』の三分の一が自国の領宙に含まれているとデインクール公国側が難癖をつけ始めたことによる。
元々、豊富な資源が眠るクスルタスの採掘権を欲していたデインクール公国が、重力の影響でクスルタスが微動することに目を付け、権利を主張してきたのだ。クスルタスの位置がデインクールの領宙ギリギリだったことも、難癖をつけさせる口実の一つとなった。
レジデントにとって重要な資源であるクスルタスを渡せるはずもなく、デインクールの要求を破棄。これに対してデインクールが取った行動とは、クスルタスへの軍隊の派遣だった。
クスルタスに進行してきたデインクールの宇宙戦艦は七隻。それに対し、防衛に出たレジデント宇宙軍は戦艦六隻。
クスルタス近域での両軍の戦いは熾烈を極め、その中にオヤジの率いる部隊もいた。
当時、オヤジはまだ試験段階だったイーグルのテスト機で出撃し、軍に入隊したばかりのエルフィ・ラフ――教官と共に多大な戦果を挙げた。
しかし。クスルタスでの戦いは目くらましに過ぎなかった。クスルタスにレジデント軍の大半を集中させている間に、二隻の戦艦がレジデント本国に進行していた。
そもそも、レジデントとデインクール公国は第二次技術闘争以前も常に敵対関係にあった。レジデントの存在を疎ましく思っていたデインクールが、この機会にレジデントを消し去ろうと考えるのもあり得ない話ではなかった。
反転して戻るには遅すぎるタイミングでそれを察知したレジデント軍は、途方に暮れていた。もう間に合わないと、誰もが諦めていた。ただ一人を除いて。
オヤジの乗っていたイーグルは試験機であるにもかかわらず、優れた加速性能を持っていた。それこそ、単機でならレジデントに向かう敵艦に追いつけるほどに。
そしてオヤジは、単機で敵艦と会敵し、一隻を撃沈、もう一隻を自爆により沈めた。
俺のオヤジがレジデントの『英雄』となり、イーグルが『英雄の機体』となったのはこういう経緯からだ。
その後、第二次技術闘争が終結してから一年後の俺の誕生日。俺は、思わぬプレゼントを受け取ることになった。
それが、このイーグルだ。
後で聞いたところによると、オヤジが死の間際に残したとされるメッセージカプセルが戦闘宙域で回収され、その中に「息子の誕生日に、このイーグルの完成機を送ってくれ」との遺言が残されていたらしい。それを聞いたエルフィ教官が俺のために製造開始となったイーグルの初号機を送ってくれた。
俺が一番のイーグルを持っているのはこのような理由からだ。
このイーグルはオヤジから託されたのだと、俺は思っている。お前がこの機体でレジデントを、みんなを守れと、そんな願いを託されたと。
以来俺は、軍に入って最高のBHF乗りになることを目標として生きている。この、イーグルと共に。