二話 EAGLE
RERC‐A001『EAGLE』。今俺の目の前にある鋼鉄の塊の名前だ。
全高十二メートルという巨大な物体でありながら、どこか儚さを感じさせるフォルム。背面に取り付けられた無骨なメインスラスター。後頭部から伸びるセンサーブレード。装甲の継ぎ目である各関節部からは内部骨格であるフレームが覗く。装甲色はディープブルーだが、所々塗装が剥げてその下の金属板が日の目に晒されている。
七年前の誕生日に親父から貰った、俺の宝物。
感慨深げに眺めていると、教官に肩を叩かれる。
「ほら、はよ乗れ。みんな待ってんぞ」
「……了解です」
渋々リフトロープを掴み胸部にあるコックピットへ向かう。全く、雰囲気ぶち壊しだよ。
コックピット内部はシートと操縦桿、無数のスイッチや計器類、そして四方を囲むスクリーンモニターで構成されている。シートの下や裏側には荷物を収納できるスペースも存在し、居住性は意外に高い。事実、俺自身も数日間この機体の中で過ごしたことがある。
俺はシートに座り、コックピットハッチを閉じる。それと同時に機体のシステムが起動する。
モニターに光が灯り、外部のカメラが映し出す映像とリンクする。
『よーし、みんな乗ったな? ならしっかり身体を固定してリンクシステムを起動しろ―』
相変わらずの気の抜けた声が、スピーカーから聞こえてくる。
リンクシステムとは、人間の感覚を機械に乗せる感覚同調システムだ。カメラが映す映像を視覚とし、手のひらなどに仕込まれた圧力センサーを触覚とする。
俺はベルトで身体をシートに固定すると、リンクシステムの起動スイッチに手を伸ばす。
身体から魂が抜け出るような感覚の後、俺は愛機と同化していた。
いつもの癖として、機体の右手を開閉してみる。そこに誤差などは存在せず、イーグルの手は完全に俺の身体の一部と化していた。
「行くか」
その声は、無線が拾うことの出来る音量よりも小さかったのか、他のクラスメイトに届くことはなかった。
♢
校庭――というより訓練場と言った趣の土の大地に、俺は機械の足で立っていた。
訓練場には、俺のほかにも二十機近くのBHFが直立している。その全てが俺のイーグルとは違う機体で、型落ちした軍用機を学校が訓練機として保有しているものだ。
『集まってるな―』
気の抜けた声と共に一機のBHFが近づいてくる。
『遅いですよ教官』
みんなの意志を代弁するかのように俺が愚痴を言う。
『いいじゃない、教官なんだから』
……意味分からん。
『まあ冗談はここまでにして』
本当にここまでにする気があるのかどうか疑ってしまう程、それまでと変わらない調子で続ける。
『今日の訓練は非武装時の格闘戦についてだ。というわけで、全機武装解除しろー』
教官の指示に従い、ここ武装を訓練場の端に置く。
『それでは訓練を始めようか。二人一組で組み手をやってくれ。以上』
『あ、あの、教官。幾ら何でもそれは……』
いきなり生徒の自主自立性を高めようとしてくる教官に、クラスメイトの一人が抗議の声を上げる。いいぞ、もっとやれ。
『む? そうか? なら――リレイ』
『はい?』
急に教官に呼ばれる。何だろうか?
……嫌な予感がする。
『デモンストレーションするぞ。前に立て』
俺の予感って、結構当たるんだよね。
『』は通信による会話です。