十八話 紅の刃
ヒュンヒュンヒュンヒュン。
ここは宇宙だ。もちろん、こんな風切音は聞こえるはずもない。
だが俺は、今確かに猛禽となって宇宙という空を駆けている。こんな風に錯覚してしまうのも無理からぬ話だろう。
視界端の球面マップに、一つの光点が表示される。
それは、イーグルの熱源感知センサーに反応した座標。つまり――奴がいる場所。
俺はそれを見て取ると、機体の進行方向をそちらに向け、さらに加速した。
途端に周囲を流れていく障害物の速度が上がる。
これがイーグルの最大の特徴の一つである『加速』だ。
最大出力では最新鋭の高速戦艦にも勝ると言われているその速度は、普通のパイロットであれば扱いこなせない代物だ。
そんな機体の最高速に近い速度で、俺はデブリ帯の中を突っ切っていく。
常人からすれば、それは常軌を逸した狂行。
しかし俺からすれば、こんなのは朝起きて顔を洗うのと同じくらいに当たり前のことだ。
迫り来るデブリの数々を最短、最小の動きで回避しながら、俺は右の手を腰に当てる。
そこから突き出している棒状の物体を握り、腰から引き抜いた。
ヌラリと、空間が歪んでいるように錯覚させる紅色の刃を持つそれは、中世ヨーロッパにおけるロングソードと大差ない形状をしている。
これが、イーグル最大の特徴の二つ目、『斥力刃剣』。
人類が宇宙に出て発見した、二種の未知なる金属物質の内の一つ、『リパルライト』をふんだんに使用して作られた、世界最高クラスの切断力を持つ紅の剣。
俺はリパルライトソードをしっかりと握り締めると、視線の先にある白乳色の機体を睨んだ。
イーグルと似通ったシルエットを持つそのBHFは、肩甲骨のあたりから奇妙な板状のシールドのようなものを装備している。
観察していられたのもほんの一瞬だけ。音速をはるかに超えた俺は、あっという間にパールティアーの正面まで躍り出た。
あとはこの運動量の全てを、斬撃に乗せるだけッ!
しかし俺の必殺の一刃が、あの白乳色の装甲を捉えることはなかった。
素早く、周囲の確認をする。
ヤツは、イーグルの頭上にいた。
「チィ!」
スラスターの噴出炎は見られなかった。機体の四肢が動いた形跡もない。だとすると……。
「これが慣性制御による機動か!」
考えられるのはこれだけだ。
全身のスラスターを噴かせ、最高速近かった速度を殺していく。
そうしてやっとパールティアーに向き直った時にはすでに、ヤツの手には大型のライフルが握られていた。
その銃口は、正確にイーグルを捉えており、容易く逃してはくれないことを物語っている。
不意打ちの失敗により、形勢は一気に逆転した。