十六話 コネクション
今回の戦いの場となっている第二演習宙域。
多くの岩石やスペースデブリの漂うこの場所が演習宙域に指定されているのには、それなりの理由がある。
まず、レジデントから発進、発着する輸送艦の航路から外れている事。演習中の宙域を民間船が横断するなどの事態を避けるためだ。
もう一つの理由としては、この漂流物にある。宇宙での戦闘は遮蔽物のない場所で行われるのが普通だが、撤退戦や隠密行動時、強襲作戦などではこういったデブリ宙域での戦闘も十分にあり得る。第二演習宙域とは、そのような場合の戦闘を訓練する場所でもあるのだ。
以上の理由から、第二演習宙域には大きく開けた空間が存在しない。
『こちら審判団。指定座標周辺への到着を確認』
この模擬戦を監督する士官学校の職員からの通信が入る。
『こちらリレイ。確認しました』
『では、これより五分間の休憩を取った後、試合を開始する』
捉え方によっては一方的とも取れるぶっきらぼうな通達を残し、通信が切れる。
「フゥ」
それと同時に息を吐き出す。
視線を目の前に向けると、多数の岩石やスペースデブリなどの障害物。そして、それを全て包み込んでいるのが――。
「宇宙、か」
かつて、人が恋い焦がれた未知なる世界。
俺はそんな場所に、人型のロボットに乗って存在している。
そのことがすごく不思議なことに思えた。
俺が感慨に耽っていると、不意に通信要請が掛かる。
相手は――生徒会長だ。
『……何ですか』
『いや、試合を始める前に話でもしようかと思ってね』
『話?』
『そう、話。暇だからな』
何だコイツは。戦闘前の集中力を高める時間におしゃべりがしたいとか、やる気はあるのだろうか。
始めはそう思っていた俺だが、生徒会長の質問の内容を聞いて考えが変わった。
『君は、今のこの国の現状をどう思っている?』
その声は、いつになく真剣な色を帯びているように感じた。
『今のこの国の現状って、デインクールと事実上の対立関係にある事ですか?』
『そうじゃなくて、もっと広い、抽象的な観点で見た場合の話だよ。今の在り方でいいのかってことさ』
『在り方……』
今まで真剣に考えたことはなかった。だってそうだろう? 自分の国が正しくないなんて思いたくはない。俺達のような軍に関係する人間は特に。
だからこその問いだと、俺は思った。俺が自分の考えを持っているのかを聞きたいのだと。
オヤジではなく、俺の。
――ああ、何もないじゃないか――
そこに考えが至った時、自分が、自分自身の考えを何一つ持っていないことに気付いた。オヤジの遺志を継ぐ。それだけを目的に生きて来たから。
……だが、それはいけないことなのだろうか? 誰かが信じた道をなぞらえ、再現することは間違っているのだろうか? 俺はそうは思えなかった。
『この国は間違っていないと思います』
だから。
『中立を貫いてるのも、移民を全面的に受け入れているのも正しいと思います』
オヤジが信じたこの国を。
『だって、現に平和じゃないですか。この国は』
疑い、否定することは出来なかった。
『君も、囚われているんだな……』
返答は、よく分からない言葉と、失望したような声音によって返された。
その後すぐに表示される、『DISCONNECTION』の文字。
「アイツ、何が言いたかったんだ……?」
生徒会長の意味不明な行動に首を傾げていると、
『これより、試合開始のカウントを始める。両者、準備はいいか』
審判団からそんな通信が入ったので、一旦思考を切り上げることにした。
『大丈夫です』
『では、カウントを開始する。十……』
意識の全てを戦いへと向ける。
『五……』
カウントが五を切る。
『三……』
今の俺が求めるのは、試合開始の合図だけ。それ以外は思考からシャットアウトされる。
『二……』
早く……。
『一……』
早くッ!
『試合開始!』
フラストレーションの全てを推進力に変えるように、俺は戦いの場に全速力で飛び込んでいった。