十五話 真珠の涙♦
オールバックのイケメン、アデル・フェニーニ視点です。
俺の目の前に屹立する、白乳色のBHF。
BHFとしては比較的細身なその機体は、RERC‐B002『PEARLTEAR』。レリックス社の最新鋭機にして、初の慣性制御機構を備えた機体。
この機体の骨格構造の元となったのは、あの二年生――リレイ・アナクロスが溺愛する機体、イーグルの骨格だ。
故に、この機体はイーグルの兄弟機と言っても差支えないほど、その四肢のシルエットが似ている。
全く、何の因果だろうか。これから戦う相手が、まさにそのイーグルだと言うのに。
「どう? 私の調節した機体の調子は?」
隣から声を掛けてくる柔和な顔にゆるふわセミロングの女子生徒は、生徒会副会長にして俺専属整備士であるロボティクス三年の古玉アリア。俺が士官学校内で唯一気を許している人物だ。
「いい仕上がりだ。これなら時代遅れのイーグルなどに後れは取らないだろう」
「イーグルにはね。でもパイロットの方はどう?」
小悪魔的な笑みを浮かべ、少し上目遣いに俺の顔を覗き込んでくるアリア。本人はからかっているつもりなのだろうが、その所為で俺とアリアが付き合っているだとかありもしない噂が流れて、正直シャレになってない。
「幾ら英雄の息子だろうと、機体の相性が悪すぎる。パールティアーは中・遠距離射撃に特化した機体だからな。強襲近接型で、射撃装備を持たないイーグルにとっては天敵にも等しいだろう。おまけにこの慣性制御機構による変則的なマニューバが加われば、パイロットの技量など関係なく、勝てる」
「言い切るんだ」
「ああ。俺は生徒会長として負けられないからな」
「それは、リレイ君の妄執を取り払うため?」
その問いに対して、俺は肯定とも否定とも取れる無言で返答した。
「……損な性格してるね」
「それは理解しているつもりだ」
「そっか」
ここで話題を切り替えるためか、アリアの視線が俺ではなくパールティアーに向けられる。
「じゃ、この機体の仕様についてのおさらいね。注文通り、双眼カメラの神経接続を手動で調整して、あなたの視神経パターンに合うよう最適化を済ませているわ。あと、センサー系を強化して、カバーできる範囲を広くしてる。これで不意打ちを受ける事はほぼないはず」
「ああ。試運転時に試させてもらった。双眼カメラの接続も良好だ」
「そう……。良かった」
そうホッと胸を撫で下ろす仕草は、嘘でも誇張でもなく本心のようで、それほど繊細な調整を強いていたのだと実感した。
「アリア」
だから。
「何?」
「ありがとう」
お礼が言いたかった。
「どういたしまして」
いつもの笑みでお礼を返すアリア。制服のスカートを摘まんでお辞儀するお嬢様風の動作も、アリアがすると妙にマッチして見えるから不思議だ。
「私は中継室で見てるから。じゃあ、頑張ってね」
そう言って颯爽と去っていく。これもアリアの気遣いなのだろう。俺が戦いに向けて集中する時間を作れるように。
それが分かったから、俺はアリアを引き止めずコックピットに入った。
一人分のスペースしかない薄暗い空間。そんな場所で、俺は独り目を閉じる。
「フゥゥゥゥ」
長く息を吐いて、一度は胃の中の空気を全て外に追いやる。
「ハァァァァ」
そうして空になった肺に、目一杯空気を取り込む。
アリアは機体を仕上げてくれた。
あとは自分が、この機体でイーグルを打ち抜くだけ。
そう。打ち抜くだけだ。
――そうすれば、リレイに感じるこの苛立ちも収まるのだろうか――
一瞬、そんな思考が頭をよぎった。