十四話 出陣
それは広い空間だった。十数メートルもある高い壁。その壁面や天井には多数の作業用の機械が所狭しと備えられている。
ここはレジデント3の軍用ポートの一角。BHFのガレージの中だ。俺はその壁面の足場の上に立っていた。
目の前には濃紺のディープブルーを纏う機体。俺の愛機、イーグル。
今日は生徒会長との決闘の日だ。イーグルがここにあるのも、その準備の為だった。
宇宙にある演習宙域まで移動するには、コロニー内に二か所(シリンダー型の両端にポートがあり、民間用と軍用に分かれている)あるポートからBHFを出撃させなければならない。そのために、イーグルはここに運ばれているのだった。
「ねえ」
不意に肩を叩かれたので振り向くと、そこには私服姿のセンカがいた。
「どうしたんだよ、そんな恰好で」
ちなみにこのガレージは、無重力でもなければ真空でもない。かと言って、私服姿の人間がうろついているかと言われるとそうではなく、周りの人間の大半はツナギ・宇宙服姿だ。そんな中に一人だけ私服姿の女の子がいると言うのは、かなり違和感のある光景だった。
「だって、第二演習宙域で生徒会長と模擬戦やるんでしょ? 私だって一応家族なわけだし、応援くらいはね」
模擬戦と言うのは、俺と生徒会長が戦うための建前だ。仮にも演習宙域一つを貸し切ってBHFによる戦闘を行うのだ。学校の教職員に認めてもらうためには、それなりの理由付けが必要となる。
しかし、模擬戦と言っても武装は実弾だし、故意にコックピットを狙った場合は例外だが、パイロットの生死も問われない。あるのは敵機体の頭部を先に破壊した方の勝ちと言うルールだけだ。
そんな事情を知っているのだろうか。センカの表情は酷く不安げだった。
「安心しろ」
そんな不安を取り除いてやりたくて、俺はセンカの頭の上に手を置いた。
パイロットスーツ越しだから、髪の触感も、発せられる熱も感じない。
だけど。だからこそ。俺は出来るだけの気持ちを込めて、頭を撫でてやった。
「大丈夫だ。統計上でも模擬戦で死者が出たことなんて片手で数えれれるほどしかないし、そもそも俺は負けたりなんかしない。センカも知ってるだろ?」
「でも、相手は生徒会長よ。校内最強と呼ばれる、換装の名手……」
「なら、勝ったら校内最強は俺だってことになるな」
「こっちは心配してるっていうのに! 真面目に答えなさいよ!」
俺の返答が気に入らなかったのか、声を荒げるセンカ。
「やっぱり、湿っぽい顔よりそう言う顔の方が似合ってるな」
「ッ! 茶化さないで!」
顔を上気させ、母さん仕込みの正拳突きを放とうとしてくるセンカから、俺は慌てて距離を取る。コイツ、俺がこれから模擬戦やるの忘れてないか。
チラリとパイロットスーツの腕に付いている端末の時刻表示に目をやる。
「っと、そろそろ時間だな。じゃ、センカ。言いたいこととかその他は帰ってから聞いてやるから、そこで俺の勇士でも見物しとけ」
そう逃げ口上? を残しながら、俺はイーグルのコックピットへ逃走する。
何やらセンカが背後で叫んでいた気もするが、それは気のせいだろう。
♢
『識別信号の受信を確認。レジデント宇宙軍管轄、個人所有機イーグル』
管制棟のオペレーターからの通信が聞こえてくる。
『ライブラリとの照合完了。当機の発進シークエンス、オールクリア』
俺は現在、BHF専用のリニアカタパルトで許可の下りるのを待っている。
『局長からの出港許可を確認』
オペレーターのそんな言葉とともに、リンクシステムを起動している俺の視界内に数行の文章が展開される。
『許可証を受諾』
事務的な口調でそう返す。
『了解しました。リニアカタパルトの使用を許可。……ご武運を』
ライブラリに記載されている出港理由を読んだのだろう。オペレーターのそんな一言に、俺は少々吹き出してしまう。
『リレイ・アナクロス。イーグル。発進する』
カタパルトのロックを解除するのと同時に、猛烈な荷重が身体全体に襲い掛かる。
慣れていなければそれだけで吐いてしまう事もあるその衝撃が、俺の闘争心を高めていく。
人は、相いれない思想を持つ他者と出会った時、争いを起こす。
それは人と言う種族の持つ、根本的な本能だ。
そこに理屈なんてない。ただ認められないから排除する。
俺はそんな、自分を突き動かす内なる衝動に身を任せていった。
生徒会長を倒したい。それは漠然とした本能に目標を与え、行動を明確にし、思考をクリアにするための道標だ。
ただ一つの目的を成す。その事に俺は没入していった。