十二話 借り
「なあ、センカ」
波瀾の放課後が繰り広げられた日の夜。夕食を済ませくつろいでいるセンカに俺は声を掛ける。
「んー?」
ソファの上に寝そべった彼女は、その視線を目の前の大型ディスプレイ(つまりはテレビ)に固定したまま生返事を返してきた。
……名誉のために言っておくが、普段の彼女は夕食の後は後片付けに奔走する母の手伝いに従事している。今日はたまたま母の帰りが遅くセンカが夕食を作ったので、その代わりに母が後片付けをやっているというわけなのだ。
しかもセンカは、俺とは違い士官学校では部活動にも所属しているので、今日みたいに「働かなくてもいい」となると、人一倍グータラになる。
そんな理由があるからか、顔を向けようともしない、人の話を聞く気のないセンカに向かって俺は質問を投げかけた。
「パイロットコースの三年生にさ、アデル・フェニーニって生徒会長がいるだろ? そいつってどんな奴なのか知らないか?」
「ああ、あのイケメンな人?」
イケメンな人、と言う覚えられ方をしているのは流石生徒会長と言ったところか。少々、いやかなりむかつく。
「厳しいけど優しい人よ。うちの学校って、訓練用のBHFが五十機近くあるでしょ? あんなに多いのって生徒会長の予算編成が上手いかららしいよ。仕事ができるイケメンって素敵よね」
何故だろう。センカの顔に恍惚とした笑みが見える気がする。
「……ああいうのが好みなの?」
「と言うより、好みじゃない人の方が少ないかも。ファンクラブなんかもあるみたいだし」
「そうか……」
勝ち目無いじゃないか……。そう、センカに聞こえないよう小さく呟く。
「ああ、あと知ってる?」
「何を?」
「生徒会長の苗字って『フェニーニ』でしょ? RERCの代表取締役の名前は?」
「リカルド・フェニーニ……。そういう事か、知らなかった……」
つまり生徒会長は、RERCの代表取締役の息子という事だ。
そしてRERCは、イーグルの設計製造をしている会社でもある。
俺にとってRERCとは、最も尊敬するBHF製造会社だ。その尊敬する会社のトップの息子が、あの生徒会長だったことは結構ショックだった。
「ところで、どうしてこんなこと聞くのよ。リレイって基本他人に肩入れしない性格だと思ってたんだけど」
「……ちょっといろいろあってな」
「ふ~ん。なんか言いたくなさそうだから聞かないでおいてあげる」
俺の顔色を察したのか、会話終了と言わんばかりに口を閉ざす。
センカのそんな心遣いが、今はありがたかった。
♢
センカと生徒会長の話をした後、俺は自室のベットで横になっていた。
金髪一年にイーグルを傷つけられたことはもちろん悔しい。だがそれよりも大きな別の感情が俺にはあった。
それは生徒会長のあの言葉。
心の中には、生徒会長にイーグルをたかが機械呼ばわりされたときに感じた熱がくすぶっている。
たかが機械。所詮、一人の人間と比べれば取るに足らないものだ。
生徒会長の言い分は正しい。
だが俺はあの時、生徒会長の言葉の中に俺のイーグルの対する想いへの皮肉が混じっていたように感じた。
それは、挑発とも取れるほどに。
そして俺はその挑発を不用意に買い、無様にも片手間にあしらわれた。
この借りは必ず返す。
独り薄暗い部屋の中で、誰でもない自分に誓う。
その機会は意外と早く訪れた。