十一話 密談♦
三人称です。
リレイは出てきません。
リレイとシャリアが騒動を起こした日の暮れ。アデルはレジデント3にある、とある高級ホテルに来ていた。
このホテルは国が経営しているという事もあって、要人が密談を交わすのに使われることが多い。アデルがここに来ているのもそう言った用事からだった。
アデルは急いていた。何度も左腕に巻いた時計を確認し、階段を小走りで駆けあがるほどに。
元々、アデルが指定されていた時間は夕刻だった。その予定がリレイとシャリアの一件で狂わされたのだ。アデルが急いでいるのは予定した時刻に遅れたからだった。いや、それ以外にも一つ、理由があった。
今日アデルが面会する予定の人物は、この国の最高権力者――つまりは大統領。
大統領との約束の時間に遅れたのだから、アデルがこれほどまでに慌てているのも当然だろう。
軽く息を切らせながら階段を上り、アデルはとある部屋のドアの前で立ち止まる。
数秒の逡巡の後、意を決したのかドアをノックする。
秘書と思われる人物が開けたドアの内側に、アデルはゆっくりと歩みを進めた。
♢
室内は、流石高級ホテルだとアデルを感嘆させる内装だった。家具や装飾品はどれも華美なものは置いておらず、落ち着きを払った室調となっている。しかし、アデルの目にはそのどれもが一級の材質で出来た高級品だという事が見て取れた。
そんな室内の一角。テーブルを挟んで向かい合わせに並べられた椅子の内の一脚に、目的の人物はいた。
齢六十を超えているであろうその初老の男は、それでもなお他人に劣らない威圧感を放っていた。
「遅れて大変申し訳ありません、リーガン大統領」
アデルはリーガンと呼んだ男の威圧感にも負けず、開口一番謝罪を述べた。
「いやいや、今回の面会を希望したのは私の方だ。君が多少遅れてしまってもそれは仕方のないことではある。しかしね、君ほど規則や規律に厳しい人間が、何故約束の時間に遅れてしまったのか、その理由には興味がある。本題に入る前に、その事を少し話してくれないだろうか? ……ああ、座ってからでいいよ」
リーガンはその印象とは裏腹に、予想外に気さくな様子でアデルに話しかけた。
「失礼します」
アデルはリーガンに促されたように、リーガンの対岸に位置する椅子に腰を下ろす。
「それで、遅れた理由なのですが、放課後に校内を巡回しておりましたら、生徒間のいざこざを目にしまして。その仲裁をしていたら予想以上に時間が掛かってしまった、という事です。こんなものは何の言い訳にもなりませんが……」
「確か君は生徒会長だったと思うのだが。それは立場上仕方ないと言うものだ。……ちなみに、そのいざこざを起こしていた生徒というのは?」
「レリックス社の暫定次期党首候補、シャリア・レリックスと、『ストームブリンガー』シィレイ・アナクロスの息子であるリレイ・アナクロスです」
「……ほお」
アデルが口にした名前を聞いた瞬間、リーガンの表情に驚きの色が浮かぶ。
「実は、私が今日君を呼んだのは、そのリレイ・アナクロスに関して頼み事をしたかったからなのだよ」
「頼み事……ですか? 失礼ながら、それは一体どのようなものでしょうか」
怪訝な表情でアデルが尋ねる。
「リレイ・アナクロスの本気の模擬戦闘におけるデータと、その動画が欲しい。対戦相手に関しては、校内最強と呼ばれる君が行ってくれることが好ましい」
「……この依頼の理由は?」
「軍が極秘裏に進めている計画に関連すること、としか今は言えない」
リーガンの曖昧な発言で、アデルは何か悟ったようだった。口元が固く引き絞られる。
「……分かりました。依頼の内容を履行することを約束しましょう」
「ありがとう」
そしてこの密談は、細かな打ち合わせに十数分を費やした後、アデルが退出するという形で終止符が打たれた。
♢
「――リレイ、アナクロスか……」
アデルが退出し、秘書もアデルを送り届けるため出払っているため、現状一人になった室内でリーガンがため息を吐くように名前を漏らす。
「あれからもう十七年。そして、第二次技術闘争から八年……」
リーガンの言う十七年前。それは、第一次技術闘争によって世界が混乱していた時代だ。
「デインクールが例の計画を完遂させるまでに、もう猶予はほとんどないだろう。その前に――」
リーガンは、天井の照明に向かって手のひらをかざす。
「共鳴者の本質を見極めなければ」
証明から落ちた光を掴むように、手のひらを握った。