九話 生徒会長現る
ドン。
「?」
コックピット内と言う閉鎖空間に聞き慣れない音が響いたので、誰もいない場所で俺は一人首を傾げる。
音源はもちろん、機体外部の音を拾ったスピーカーから響くものだ。それは問題ない。問題なのは、何故こんな音が聞こえるのかという事だ。
現在の格納庫に作業員はいない。俺のほかに機体内でシステムチェックをしている生徒もいないはずだ。
俺は作業をいったん中断して、外部カメラを起動し音のする方にカメラを向ける。
「ッ!?」
俺はカメラの映像を見た瞬間、己の目を疑った。
イーグルが、蹴られている。
コックピットを飛び出す理由はそれで十分だった。
勢いよくハッチを開いて機体の外へ出る。リフトロープを使うのがもどかしく感じられたので、装甲の表面にある突起をうまく利用して素早く降りる。
イーグルのカメラで捉えていた金髪ツインテールの一年生は、脱兎のごとく格納庫を走り抜けている。
「待てよッ! お前ッ!」
走りながらも、逃走する一年生に向かって叫びかける。止まってくれることを期待した発言ではない。ただ単純に、イーグルを蹴られたことから来る叫びだった。
オヤジの託した願い。その象徴であるイーグル。それを蹴られたと言うのはつまり、オヤジの願いを汚されたのも同義。
その行為を、俺は許すことは出来ない。絶対に。
俺と一年生との距離はかなり縮まっていた。体格差に加え男女の体力の差。それを考慮に入れれば、目の前を走る金髪一年はかなり善戦している方だ。
だがもう、この逃走劇は終わりだ。一年生の進む先は多数の倉庫群が立ち並ぶ一角――袋小路が沢山ある場所だ。
このレジデント宇宙軍第一士官学校の敷地はかなり広い。また、多くの機材やBHFを置いておくための倉庫も多数存在する。まだ入学したばかりの一年生が、複雑な倉庫、格納庫群のあるこの一角の地形を、全て把握しているとは思えなかった。
案の定、一年生はたくさんある袋小路の内の一つに入りオロオロと視線を宙に彷徨わせている。
足を止め、こちらを向いて少しおびえたような表情を浮かべる一年生の少女に、俺は固く握りしめた拳を――。
バシッ。
「君は、今何をしようとした?」
俺と一年生との間。そこにどこからか現れた人影が割って入っていた。その人影は、俺が伸ばした拳を片手で受け止めていた。
俺は、この人物を知っていた。と言うか、この学校で知らない奴はほとんどいない。
すこし茶色がかった髪をオールバックに固め、厳しそうな印象を与える鋭い目。それは、紛れもなく『モテる』男の顔だった。
このイケメンの名はアデル・フェニーニ。この学校のパイロットコース三年生にして生徒会長でもあり――BHF戦闘技術では、校内最強の男。
アデルは、真っ直ぐ俺に鋭い視線を向けていた。それこそ、矢で射られたと錯覚されるような鋭さだった。