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存在小説  作者: 彦根祖一
3/3

由緒ある小説

常軌を逸した猟奇殺人鬼、世名城(よなしろ)とめどと、その十三番目の被害者、馬酔木(あしび)圭由(けいゆ)の一方的な満足。

 俺が人を殺すのに参考にしているものは、一貫して小説である。それも何年も前の、倉庫の本棚で埃に埋もれたような、誰にも悟られず、誰の目にも留まらずに世の中に埋もれていった小説。それを抜き出し差し出し、現実と抜き差しして犯罪行為に仕立て上げている。

 毎回そんなことをやっていて、いつか自分が神か何かと勘違いするのではないか。文字を言葉に、言葉を事実に。描写を流血に、失笑を恐怖に。そして創作物を現実に還元する神、あるいは人類の頂点に達したかのような錯覚に陥ることが、果たして自分には無いと言い切れるだろうか。そんな不安が頭を過ることが多々あった。

 しかし、俺はそんな不安が杞憂だったことを、回数を重ねるごとに理解していった。

 何度、小説のような描写を現実化したところで、当事者やその家族、或いはニュースキャスターなどの報道陣は、誰一人そのことに気が付かない。

 当然だ。衆目に晒されていない小説、物語を参考にしているのだから。誰にとって価値がなくとも俺にとっては由緒ある代物だ。俺が生半可な調べ方をしていないのは、そのためだ。そうすることによって、創作物の真似をした殺人と呼ばれることを忌避している。

 なぜか。なぜかってそれは作者に迷惑がかかるからに決まっている。既に人気がある作品をモチーフにしたところでその人気は上がる一方だろうし、作者にとっても利益にはならないからだ。だからこそ俺は知る人の少ない過去の小説を持ち出してきた。推理、恋愛、SF、青春、エンターテイメント、恐怖、官能、どれでもいい。人が死ぬ描写さえあれば、それを土台とし、殺人をつくり続ける。いつかそのことが気付かれれば、その小説は現代のスポットライトを浴びることになる。確実に、という訳ではないが人気が再燃することもあるだろう。そして文学の新たな可能性を見出してこんな台詞を言うのだろう。

『こんな面白い小説を今まで読まなかっただなんて』。

小説界では作者が死んで売れる小説というのも多くあるようじゃないか。そうだこれは作家たちのためなんだ。売れないまま熟れない作家にスポットライトを当てるために、俺は日々殺人行為に勤しんでいる。世の中の人間の読書傾向が偏らない理由は俺のような人間が裏で手を引いているから、だといっても過言ではない。

 まあ、そんなものは結局後付の理由だ。

 俺は、あらゆる本を読んできた。

 だから他人にも本を読んでもらいたいと思っている。自分が読んできたものでもいい。それ以外のものでもいい。俺がこれだけ読みたいんだ。他の人はもっと読みたいのだろう。きっと書店に売っていないのか。それとも出版されていないのか。俺がここまでついきゅうしているのだから、むしろ他人はもっと本を読みたいだろう。故に俺は多くの人に多くの種類の本を読ませなければならない。どんなことをしてでも。少なくとも人を殺す場合は世間の印象に残りやすく、なおかつ気付かれ辛いが気付いた時に誰でも爽快感を得られるようにしてある。

読め読んで読みなさい読んでみたら読みましょう読むんだ読むといい。もっと求めろ。もっと欲しろ。もっと追い求めろ。舞台は俺が整える。だから読ませたい。読ませたい。読ませたい。読ませたい、読ませたい、読ませたい、読ませたい、読ませたい、読ませたい読ませたい読ませたい読ませたい読ませたい読ませたい読ませたい読ませたい読ませたい読ませたい読ませたい読ませたい読ませたい読ませたい読ませたい読ませたい読ませたい読ませたい読ませたい読ませたい読ませたい読ませたい読ませたい読ませたい読ませたい読ませたい読ませたい読ませたい読ませたい読ませたい読ませたい読ませたい読ませたい読ませたい読ませたい読ませたい読ませたい読ませたい読ませたい読ませたい読ませたい読ませたい読ませたい読ませたい読ませたい読ませたい読ませたい読ませたい読ませたい読ませたい読ませたいだから読め、だから読め、だから読め、読め、読め、読め読め読め読め読め読め読め読め読め読め読め読め読め読め読め読め読め読め読め。


読ませたい。

だから読め。

 

俺の記念すべき十三回目の殺人が慣行されるなかでも、その気持ちは継続して心の中に響いているのだった。

「あああああ!!もう!何なの!!」

東京都の湾岸部に位置する使用されていない大型倉庫の内部。その中において、住民票からランダムに選んだ一般人の女性。都心の有名保険会社に就いて、一人の夫と小学生の二人の息子を持つ、()()()(けい)()は、どこかの廃品の長机の上に縄状のもので身動きを封じられ見ての通りもがき暴れていた。もっとも縄で束縛しているから、その暴走は肌に縄を喰いこませうっ血を悪化させる結果となるのだが。そんなことを気にすることなく、馬酔木は暴れ続けていた。

 しばらく経過して諦めたのかある程度静かになったので、暗がりでも彼女に見える位置に出てきた。図があるとしたら上から見降ろす感じになった。

「どうもこんばんは。そして初めまして。こんな風に出会わなかったら俺達はきっといい仲になったんだろうな」

「何よ……あんた」

焦燥と諦観入り混じった、そして若干疲弊した声だった。どうしようか迷って俺は返答する。

「俺は、えーっと…なんだろう、色々言いづらい状況だけど…ああでもいっかどうせ死ぬし。俺の名前は世名城(よなしろ)とめど、といいます。世界の世に名前の名、姫路城の城で世名城。とめどは平仮名」

どうせ死ぬしと言った時に馬酔木の肩がビクリと震えた気がしたが、多分気のせいだろう。いつもの杞憂というやつだ。死ぬ程度のことで怖がる人がこの世にいるはずがないというのに。

「あんた……………私をどうするつもり?」

そんな血気盛んな目でこっちを見られれば俺だって緊張してしまう。

二回の深呼吸の後、応えた。

「俺は、小説が好きです」

馬酔木の口の形が疑問形になる前に俺は続ける。

「三度の飯より、サンドの飯より小説が好きです。特に多くの人が知らないであろう小説が」

「わ……わけわかんないんだけど……?なんでそれに私が巻き込まれなきゃいけないのよ」

俺はその意味不明な質問に対し普通に返す。

「なんでって?いえ別に誰でもいいんですよ。住民票で目を瞑って指をさしたら貴女だったというだけで」

「………」

彼女は絶句したようだった。そんな当然のことで絶句するとは、最近の大人は理解の幅が狭くなったなあと心底思う。

「で、今回のモチーフとの小説は、ご存じ日向(ひむかい)観幸(みさち)先生の『もっとも純粋な死』の三編目から抜粋してます。連続バラバラ殺人事件と日付がかぶったから地方で十三冊しか発売されなかったんすよね。あ、ちなみに今日俺が殺す貴女で丁度十三人目なので丁度いいですね」

何かいいことありますよ――そう言ったのに、馬酔木の顔色が良くなることはなく、寧ろ悪化した。これ以上状態を損ねてもいいことないので、始めることにした。

 つまり。

 俺は、今まで人を殺すために使ってきた有り余る身体能力を存分に右手の手刀に集中し、そして、彼女の胸に振り下ろした。ここで勘違いしてほしくないのが俺が別に下世話な詮索のために彼女の胸に振り下ろした訳ではない、ということを分かってもらいたい。

狙ったのは胸だが、正確には違う。

『■■■ッ』

まるで成人男性が成人女性の第一肋骨を手刀で破砕したような音が響いた。

「ッ!!!???」

「日向観幸先生の作品はやや残虐的でしてね」

俺は馬酔木に小説のあらすじを語る。恐怖か痛みかで、動けず絶叫すら上げることもできないが、そのくらいなら聞くことができるだろう。

「一編目から三編目まで、違う主人公が違った殺され方をしているんですよ。町を火事にしただとか、強盗したのに不起訴だったとか、そういうどうでもいい理由でね。」

俺は手刀を振りおろした。

『■■■■』

左尺骨。

「一編目では主人公は重油中に落とされました。可哀想に水とは違って浮かび上がってこれないので窒息死と、あと誤飲ですかね。ガソリンって人体にどんだけ悪影響あるかって俺知らないんですケド知ってます?」

俺は手刀を振りおろした。

『■■』

右鎖骨。

「二編目。二編目は電気ですね。頭に装置を付けて電撃死なんて俺的にはよく聞くし普通だなーとか思っていたんですがところがどっこい主人公目線でスイッチが入ってから死ぬまで五十ページぐらい使ってるんですよね、いやはや流石は日向先生。そう思いません?」

俺は手刀を振りおろした。

『■■■■■』

鼻骨。

「三編目。今回のチョイスはこれですよ。モチーフはエジプトとかでもあったんですかね。ほら、よく聞くでしょう。アレ、もしかして俺だけですか?あの、身体中の骨を一本ずつ折っていって途中で罪人が『殺してくれ』って叫ぶアレですよアレ」

「ひぃっ!!」

馬酔木は逃げようとしたが無駄だ。何度も言うように彼女の身体は雁字搦めに拘束されてて身動き一つとれない。

 だからこれ以降の殴打は比較的楽に進んだ。

 すべての骨格を破壊されるまで。

頭蓋骨。

耳小骨。

顔面骨。

中足骨。

大腿骨。

骨盤。

指骨。

脊椎骨。

肋骨。

恥骨。

尾てい骨。

肩甲骨。

鎖骨。

上腕骨。

手根骨。

足根骨。

すべてのすべてを壊した。

全部の全部を砕いた。

「ふーう。たかが一人の命だけで小説は有名にはなりませんからね。とりあえず犠牲ありがとうございます」

「」

馬酔木は喋らない。どうしたのだろう。ここは興奮する場面ではないのか。反応を示さないので多分うとうとしているのだろう。

「ああ、なんて素晴らしいんだ。この世の中は!みんなが小説を読んでくれる!みんなが読

みたいと思う気持ちが感じられる!それだけで俺はもう幸せだ!生きててよかった!」

別に誰に対して言うわけでもない、俺の本音。それを彼女に告白してみるがやはり反応は帰ってこない。やはり死んでしまったのだろうか。結構俺の好みの人だったのに。

俺は生死を確認するために手刀を繰り出すモーションに入った。

最後に残った前頭骨。不気味にねじ曲がりながらも唯一残った真っ直ぐな額を壊すべく、俺は一撃を決めた。

 反応が無い、やはり死んだか。十三冊にして十三回目。これでこの作品の良さはいつか誰かどこかで分かってもらえる。そして読んでもらえる。

 俺は夜空を眺めながら思った。

  

 この世に小説があってよかった、と。


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