意味ある小説
盗作の疑いをかけられた若者作家、玉露とめどと、入賞経験のある引退作家、鮮木柔一の意味ありげな口論。
初めてそれを他人から指摘されたとき、ぼくはあまり問題を重要視していなかった。今行っている原稿の締め切りが近かったし、予定的としてもそこそこ切羽詰っていた状況だったためだ。ふーんそうなんだ、でとりあえずこの話を頭の片隅に置いて、作業に再び没頭したのを覚えている。そのまま、その指摘された事柄が脳裏に忘れられて二、三週間経過したのち、今度は剣幕付きで編集者に指摘された。流石にその時はもう締め切りは終わっていて、ある程度余裕もあったので、実際に手に取って読んでみた。
盗作、という言葉は説明しなくてもある程度は理解できるだろうか。
読んで字の如く、他人の創作物にある独自性やオリジナリティなどの企画を盗用して、それを自分が創作したものだとして公衆の面前に晒すことを言う。小説家として生計を立てているぼくにとっては、かなり身近な言葉である。小説に限らず、企画や機械の性能、漫画や絵画、論文にもこの言葉は時々適用されることがある、とまあ、少なくともいい意味で使用されることは決してない。小説家となって3年ほど経過したが、ぼくは逆に他人の作品を盗作しないように、びくびくとおびえながら書いてきたわけだが、まさか自分がそういう被害に遭うとは微塵も思っていなかった。
盗作には主に三つの種類があると考えている。
①意図的にその作品を模倣して書いたもの。場合、作者は意図して書いているため盗作された側の作品とは被らないように被らないようにと考えられている場合が多い。②意図せず作風が他作家と類似してしまったもの。こういうときは、昔その作家の作品を読んで印象に残っており無意識に作風に反映してしまっただとか、或いは本当に参考すらせずに似てしまった場合があるが、この可能性は極めて低いだろう。そして③作風が似ていて模倣にしたにも関わらず他人及び周囲には模倣していないと言っている場合。この場合が厄介で、本人がそういえばそうなってしまう。結局どの場合でも本人の意思次第でその後の展開や作家として続けられていくかどうかが決まるわけだ。
「で、あくまで認めるつもりは無い…と?」
「………はい」
スターバックスにおける2階席、人が少ない時間帯を狙ったのか周囲は本当に静まり返っていてむしろ妙な緊張感を味わえるほどの状況下で、ぼくとその前に座る作家、鮮木柔一先生は相対していた。一応ぼくは冷静を保っているが、鮮木先生の方はかなり冷静さを失っているようで、ついさっきから貧乏ゆすりを始めている。誤解を正すために言っておくと、ぼくの小説が盗作されたのではなく、ぼくが盗作したことにされた、のである。そんな強制性を強調すると、まるで高尾話をふっかけてきた鮮木先生に負い目があるような言い方だが、実際ぼくはこの先生の作品を読んだことが無いし、意識したことはない。先ほどの3つの凡例で言うなら②なのだが、多分この鮮木先生は、③だと思っているのだろう。
鮮木柔一。
5年前にぼくとは違う出版社(便宜上B社としておこう。すると必然的にぼくの小説を出版しているほうがA社だ)の新人賞を受賞。その後は、数冊出版したのち小説家をやめ、実家で医者をしているのだとか。理系を彷彿とさせる医者がなぜ、と思う方は考えてみてほしい。そんな分類分けはこの業界にとっては無意味であるということを。どんなジャンルの人間でも受賞する人は受賞する。できない人は決してできない。紙と原稿用紙とその他諸々があれば誰にでもなれる職業、と銘打っている本をどこかで見かけたが、実際はそれ以上に過酷な競争社会と鋭利な才能が必要なのだ。努力と直結していない、あくまで周囲の評価が大切。
「そうですかー…。まあ、その気になれば何とでも言えますしね」
と、そんな風にこちら側の意志を読み取ってもらえないことなんて、いつもしている執筆作業という地獄に比べれば、大したこと無いのだった。鮮木先生はあくまでぼくに盗作された、と思っていて、その考えは簡単には揺るがせないようだった。三十分たっても一向に反旗を翻さないことがその証だ。しかし、こうまでして一貫して盗作したという事実を貫き通されると、ぼくとしても失礼だが憤慨に値する、というか。
だから聞いてみた。
「あの、具体的にどこが盗作なのか教えていただけませんか?」
しかしそれは失敗だったと思った。
「はァ?」
ちなみにぼくがまだ二十代であるに対し、鮮木先生は六十代後半くらい。身長はぼくとほぼ同じだから、高低差で威圧感を与えようとは思わない、が。やはり年季の差というだけあって、ある程度年のいった大人のする挑発行為は、ぼくを威圧するには十分だった。
「言ってること分かってねェの?だーかーら、さっきから何度も何度も言ってんだろ?盗作じゃねーのかってよ。なんだよ事前に告知したのに、俺のことは眼中にねェってか?若者が調子乗ってんじゃねェぞ、玉露とめど先生よォ」
「……読みましたよ、何度も」
ぼくは言う。
「何度も何度も読みました。鮮木先生のデビュー作で新人賞を受賞した『大山怪事件事件』とそのシリーズ作である二作の『壺猫怪事件事件』、『円怪事件事件』。ちゃんと目を通しました。眼中にないなどと、思っていま」
「俺が言いたいのはそういうことじゃねーんだよ。玉露先生。あんたが俺の小説を模倣したか、してないか、その二つに一つだ。だがあんたは、その事実を認めない。どう見たって、誰が見たってこれは盗作だって言うだろうよ。分かんねーか?キャラの置き方、トリックの見せ方、ほとんど全部が俺のの模倣じゃねーかよ」
「いえ、ですから…」
「口応え?あー?調子乗ってんじゃねえぞ」
スターバックスとの雰囲気とかけ離れた服装であるのに、さらにその雰囲気を壊すかのような怒号が店内を響く。
「なんで大人の言うことが聞けねーんだ。俺が模倣っつったら模倣なんだよ。丸パクリして平然としてんじゃねーよ?世の中は誰が支えてると思ってんだ。お前がそそくさと小説書いてる間に年長者は必死に仕事してんだからよ!」
静かに、しかし下品に先生は戦慄いた。遠くでテーブルを拭いていた店員がビクリとしてこちらを向いた。しかし、そんな公衆の面前であったとしても、鮮木先生は止まらない
「なんだァおまえそんな面でこっち見やがって。俺がおかしいのか、俺がなにかしてるてえのか、苛めてるように見えるのか?こんなこと俺達の時代では当たり前だったんだよ?知ってるゥ?いいかげんにさっさと認めたらどうかなァ!これでも優しく接してるつもりなんだがなァ」
怒号を上げておいて何が優しくだ、と心の中で思ったが、さらに続く鮮木先生の大剣幕によりかき消された。
「ビビってんのか??これだから最近のガキは青くて嫌いなんだ!自分に不都合なことがあるとすぐに黙りこくりやがる!聞いてるんだよ、お前は俺の小説をパクったんだろう!イエス以外の返事は帰ってくるはずがねーだろうが!ほら!黙ってねえでこっち向けよ!」
「ぼくは鮮木先生の小説を盗作してはいませ」
「そういう答え方じゃねーだろうが!!!」
台詞の途中で襟元を掴まれ、右手で頬を殴られた。痛い。凄く痛い。久々に人に殴られた。ジンジンする。初めは頬にぶつかったことに対する衝撃で目の前に閃光が走り、その後徐々に視界が開けてきてそれと同時に本格的な痛みが襲ってきた。
「ッ………!!!」
「俺だって医者だからな。どこを殴ればどんな反応するのかは大体分かるんだよ」
頬を抑えて椅子から転げ落ちたぼくを見下しながら、鮮木先生は言う。
それを許容できるほどに、ぼくは優しい性格の奴ではなかった。
「■■■■■■ッ」
一瞬の出来事だった。
咆哮か何か分からない声を上げ、ぼくは鮮木先生との距離を詰め、聞き手ではない方の左手で、しかし思いっきり力を込めて殴り掛かった。同じように頬にヒットし、口からだらしなく唾液が飛び散った。
「あああああああああああ!!!!!」
わざとらしく吠える鮮木先生。その頬から血が伝っていて、それはぼくが殴った力と比例せずかなりの量が出ていた。それと同時に歯が数本折れていることが分かった。
「きは…はははは…やっぱり都会のクソガキは低能だな…これでもう状況は整ったって訳だ。かなりベタな展開だが、まさかうまくいくとはな…」
歯が欠けていて何を言っているのか聞き取ることができなかった。しかし先ほどとは打って変わって冷静な態度になっているのは確かだった。
「ああ、ちなみにお前の住所も家族も全部把握してるからな…逃げようとしたって無駄さ。それに年齢差と外傷の差、それを加味すれば世間は必ず俺に味方をする。最初に手を出したのがお前だといえばかならず信じるだろうよ。やっぱり年代の差っ」
それがその老人作家の最後の言葉となった。
無意識にぼくはポケットに刺していた万年筆を凶器として、鮮木先生を殺害していた。
そのすぐ後で、スターバックスの店員が声を聞きつけてきて、悲鳴を上げて、その後は御都合的にぼくが警察に捕まって裁判にかかってそういう展開になった。
早すぎてよく分からない?小説の体を成していない?それはぼくも一緒だ。それにこの世界は小説ではない。読者に分かるように懇切丁寧に教えてくれるような作者なんてどこにもいない。それ故に、無理やりこれが小説だと仮定するのなら、かなり支離滅裂なものになるだろう。詳細な描写もなく、急に暴れ始め、それに対しやり返した結果人を殺してしまった。そしてそのまま警察に捕まるという始末。いやはや流石は現実だなあと痛感する。そういえばぼくが書いた小説でもこんなような描写が、そして鮮木先生が書いたものにもかなり種類が違うが類似する描写があった。挑発に乗って仕返ししそのまま相手を殺してしまう描写だ。
鮮木先生ももしかしたら分かっていたのだろうか。ぼくがこの展開を実際に表現するためだけに、数少なく世のなかから全く評価されていない先生の作品を模倣し、なおかつ先生の性格を考慮して、数年前から用意していた、ということを。
さぞかし辛かっただろうな。自分の小説を盗作した作家の思い通りになっていく自分を見るのは。
見たかったなあ、苦痛に歪むその顔。