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case7# GET BACK THE DAY -2/8

 瞬間、百々が失ったのは「うそだ」というたった三語にほかならない。いや、目の前に田所がいたならその方が御の字だろう。さらに胸中、邪魔でステージが見えないんですけれど、と言葉はもれ、スタンリー・ブラックの次は「スカンジナビアイーグルス」ですか、と興味はわき、果てにどうしてここにいるんですか、ともっとも先行されるべく疑問へたどり着く。

 などと互いが別れたのはまさにレフが銃弾を食らい、倒れて起きた混乱の中だった。メイヤードの部屋で提案したようにその後、レフが「20世紀CINEMA」へ現われることはなく、互いはもう二度と会うことのない者同士になったのだ、ようやく呑み込み終えた後のことでもあった。だというのに目の前、レフは、眺め終えたステージから戻した視線でゆっくり左右を見回している。待ち合わせの相手でも探しているのか、会場の隅から隅へとくまなく視線を這わせていた。

 見つかる。

 思えば襲われる、逃げ隠れしたい衝動はなぜゆえにか。理由が分からず、分からないからこそ戸惑って、思わず百々は身を固くする。

 とらえたレフの動きもついにそこで止まっていた。

 痛い。 

 のは心臓か。

 それほどにまでに相変わらず顔が怖い。

 微笑み返せるわけもなく百々は頬を引きつらせる。

「なんかホントはきゅうくつか?」 

 面持ちを心配して、田所が投げかけていた。

「へっ?」

 急ぎ合わせなおすのは焦点以外、他ないない。

「いやさ、いつもと違う感じっての。付き合わせただけなら、悪い」

 そんな百々へ田所は申し訳なさげに笑っている。

 そんなことないよ。

 言いかけたところで百々は、またもやレフに釘付けとなっていた。なぜなら向けた横顔でレフは掻くでもなくほじるでもなく耳をいじると、乱れてもいないジャケットの襟を正して大きく振ってみせつけたのだ。ならチラリのぞいたのは首元で泳ぐコードであり、百々の脳裏にの専用端末は浮かび上がる。そんな間合いすら見はからったかのようにレフは、続けさまあらぬ方向へわずか首を傾けもしていた。

 操られるままだ。そちらへ百々は視線を流す。

 と、そこに黒髪をおかっぱ風のショートボブにまとめた女性は座っていた。ワンショルダーのカットソーに顔の半分を隠すほどのサングラスが印象的な彼女は、百々が誰だ、と思ったそのとき、つまんだサングラスを鼻へずらす。奥からセクションCT職員、常盤華トキワハナの顔はぞいて、ハナはついた頬杖の指を百々へ小さく振ってみせた。立て続け、投げる視線で次を促す。そこは最前列のテーブルだ。トレードマークの瓶底眼鏡もご愛嬌と、ストラヴィンスキーこと外田瓶助ソトダヘイスケは立っていた。一体いつからそうしていたのか。だが気づくことができなくて当然だと思える。店の制服は良く似合うと、ウェイターに紛れて実にそつなく注文を取っていた。

 その背後、ステージへと準備を進めるスタッフがマイクを挿しに現れたのはストラヴィンスキーがテーブルを去った直後のことだ。年季の入ったロックグループゆえヤワな小僧っ子では務まらないというのか。スタッフはタンクトップ姿もいかついアフロヘアーの黒人だった。しかしながらマイクの角度を調節する手つきはやたらに繊細で、仕事ぶりは丁寧を極める。もう言うまでもないだろう。そのスタッフこそ爆発物処理担当、バジル・ハートで間違いなかった。

 つまり、と頭上へヘリ、シコルスキーは舞い上がり、フォローするオペレーターたちに曽我、チーフ百合草の姿は百々の脳裏を過ってゆく。総じてこうまで囲われた「ブライトシート 本店」は今、ただならぬ事態の渦中にあることを全身で感じ取った。

 まさか。よもや。

 脳天からあふれ出す二語が止められない。

 ままに視線をレフへと戻す。おっつけ鼻先を振って促すレフに、ホール後方へ目をやっていた。行き当たったのはバーカウンターの壁面だ。「手洗い」のプレートはそこに貼り付けられており、見つけて百々は胸騒ぎを覚える。確かめ視界を戻したなら確かとアゴを引いてうなずき返すレフに、脳内へとどめと言葉をこう送り込まれていた。

 話がある。

 そんなの、急に現れておいて受け付けられませんっ。

 眼力で送って返すが、受付拒否とレフは微動だにしない。眼差しに負けて百々は涙目で唸る返す。

 行きますぅっ。行けばいいんでしょうっ。

 ところを遮り、田所の顔は突き出されていた。

「って、おま、俺の話きいてる?」

「わっ!」

 ……すれてた、とは口が裂けても言えはしまい。 

「きっ、聞いてる。聞いてるよっ」 

「ほんとかよ。さっきからキョロキョロして落ち着きないんじゃね?」 

「な、な、わけないじゃん」 

 全力でうなずきかえせど、いともたやすく見抜いてくれる田所が恐ろしい。

 そんな百々が席を立ってから後を追うつもりか。レフはいかにも当たり障りのない客を装うと届けられたグラスを受け取っていた。

「だからさ」 

 言って早々、落ち着きのなさに田所が百々の鼻を指でさす。 

「それ、さっきからどこ見てんの?」 

「わ、わっ。ど、どこも見てないってば。タドコロが酔っぱらってるせいなんじゃない?」

 とたんむっ、としたのは田所の方だ。

「酔っぱらって、後で大事な話があるってこと言うつもりはないから」 

「へっ」 

 気を取られているあいだ話は、どうやらそんな方向へ進んでいたらしい。 

「な、誰か知ってるヤツでもいるのか?」 

 だからこそ気になるのだろう。探して田所は背後へと身をよじらせた。

「いっ、いるわけないじゃんっ。ブッ、ブライトシートだよ、ここっ」

 などと慌てずにおれないのは、有事がどうのと言うその前にだ、いくら仕事の相方だと言って聞かせてもいまだに田所はレフのことをよく思っていないためである。なのに今日に限って出くわすなどと、死んでも知られてはならないことだった。

 だが先ほどのレフよろしく、田所の目はくまなく辺りを見回してゆく。

「まさか20世紀のヤツとかか?」

 もうだめだ。

 思えば百々の声も裏返った。

「トイレっ! トイレ行きたくって、そわそわしてたぁっ!」

 田所の首もたちまちカクン、と折れる。

「だったらカウンターバーの……」 

 持ち上げ示して振り返った。とたん、百々へと向けられた背に緊張が走ったのは錯覚でも何でもないだろう。

 気づかれた。

 百々こそ悟り、顔へ田所は向きなおる。面持ちは怒っているのか意を決したためか、先ほどまでが嘘のようにひたすら険しい。否や椅子を引くと立ち上がった。行き交う客と店員をかわす歩みも大股と、田所は一直線とレフのテーブルへ歩いてゆく。

「ちょっと待って!」 

 急ぎ百々も追いかけていた。だがどうあがいても間に合わない。辿り着いた田所は、証拠にもうレフの座るテーブルへ堂々、腕を突き立て前屈みとなっている。不躾な腕をなぞったレフと、しっかと目と目を合わせていた。

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