交錯
また夢を見た。
「奴」が追いかけてくる、夢。
あのパーカーは知ってる。
あのジーンズも、スニーカーも知ってる。
だってあれは……
ヴー、ヴー、
断続的に携帯が震える。
俺はそれを手に取り、通話ボタンを押した。
「もしもし…」
「…俺だけど…」
同じ声だから、確認しなくても相手は解る。
丁度会いたいと思っていた相手からの連絡に、俺は内心やっぱり双子だなと感心した。
「今から、会える?」
「俺もそう思ってた…」
「なら話は早い。伊奈川公園…解るよな?其処で待ち合わせよう。」
伊奈川公園なら此処から30分位で着くだろう。
俺は「解った」とだけ返事を返して携帯電話を切った。
正直、今のアイツは気持ちが悪くて会話をするのも嫌だった。
しかし突き止めない限り、何も解決しないのも事実だ。
俺は携帯電話をポケットに仕舞うと部屋を後にした。
電車とバスを乗り継いで伊奈川公園へ辿り着く。
時刻は夜の10時を少し回った所だった。
当然の如く人気は無い。
此処に自分を呼び出した相手の思考を考えて小さく身震いをした。
此処なら証拠を残さず、「何か」をする事も可能なのだ。
双子であるアイツに対してこんな警戒心を持つこと自体が変なのは解っている。
それでも疑わずにはいられなかった。
久しぶりに対面したアイツは明らかにおかしかったから。
肌寒さを感じて自分の腕を擦った時、街灯の光で伸ばされた影が足元に落ちた。
「待たせたか?」
「いや…今来たとこ…」
振り返った彼の手に握られているものを見て、俺は顔を歪めた。
それをアイツが持ってきたと言うことは、どうも穏便に話は済みそうにない。
アイツは手にしていたものを俺の前へ放り投げた。
そして口を開く。
「単刀直入に、聞いて良いか?」
「…あぁ…」
「俺の夢に出てきたのは「お前」か?」
「……」
何も答えることが出来なかった。
その疑問は、俺がアイツにぶつけようと思っていたものと全く同じだったから。
「答えろよ!!奏太!」
アイツが掴み掛かってくる。
襟元も締め上げられ、漸くアイツの言葉を理解した。
と、同時に腹がたってくる。
眠れない夜を過ごしてきたのは俺の方なのに。
蒼太が倒れたと連絡が入り、実際に会うまでは半信半疑だった。
病室で対面した時にコイツが悪夢の原因だと気付いた。
普通に話してはいるが蒼太に表情は無かった。
手を掴んで力を籠めてみても、「痛い」と口にしている癖に表情だけは全くの無表情だったのだ。
気持ち悪くて、見ていられなくて。
逃げるように病室を出てきた。
あれは一体何だったのか。
それをはっきりさせたくて此処に態々きたのだ。
掴んできた手を逆に掴み返し、その身体を突き飛ばす。
「ッ、ざけんな!」
震えてしまいそうになる喉から声を絞り出す。
「お前が、俺の夢に出てきたんだろうが!蒼太!」
蒼太の目が見開かれる。
何を言われたのか理解していない顔だ。
それでも俺は構わず続けた。
「夢ン中で俺を…!何度も何度も何度も殺したのは、お前じゃねぇか!」
蒼太が投げてよこしたのは、俺が持って行った着替え。
それを拾い上げて投げ返した。
袋の中から白いパーカーと黒いジーンズが飛び出す。
あの日蒼太が着ていた、そして夢の中でも見た服と似ているものをわざわざ探した。
それは最後の賭けだった。
この服を見て蒼太が何も反応してこなければ、ただ俺の夢見が悪いだけだと片付けられたのに。
「嫌味みてぇにそれ着て、しつこく追い回して来やがって…あん時の怨み晴らしのつもりかよ!?」
蒼太は何も言わず此方を見ている。
その目は戸惑いを含んでいた。
まるで何を言われているのか全く理解できていないような…
それでも一度吐き出してしまった言葉は止める事が出来ない。
何も言わない蒼太に俺は心の内に燻りつづけていた思いを吐き続けた。
それはあの日から続く罪悪感。
「だいたい…ッ、俺を怨んだってどうしようも無いだろうがよ…!あん時は俺もお前も望んでそうなった訳じゃねぇ!」
俺達は物心ついた時から二人だった。
両親のネグレクトで育児放棄された俺達は、所謂孤児というヤツだったのだ。
半身のようなものだからこれからもずっと二人で生きていくものなんだと勝手に思っていた。
そんな俺達に転機が訪れたのが10歳の時。
里親として俺達のうちどちらかを引き取りたいという家が現れたのだ。
当然、俺達は困惑した。
ずっと一緒だと思っていた片割れと離れる。
10歳の俺達にはあまりにも突然で、あまりにも残酷な決断を迫られたのだ。
「そーたと、離れなきゃいけないの…?此処から出なきゃ、いけないの?」
「かなたは…どうしたい?」
「そーたと離れるのは嫌だ…此処からも出たくない…」
蒼太と離れるのは勿論嫌だった。
それに加えて、居心地のいいこの施設から離れるのも嫌だった。
同じような境遇の子供達が沢山いる此処なら負い目を感じる事が無かったから。
そんな無茶を言った俺に蒼太は優しく笑ってみせた。
「かなた、どっちもは無理なんだよ?」
「だって…」
「じゃあ、かなたが此処に残ろう?そしたら片方は叶うよね?」
だからそれで我慢。と笑いながら蒼太が言った。
たった数分先に産まれてきただけなのに、何時だって蒼太の方が大人びていた。
否。それに甘んじ続ける俺が、蒼太をそんな風にしてしまったのかもしれない。
そして、次の週。
蒼太は養子縁組を組まれ施設を出ていってしまった。
蒼太が出ていってから何度か養子先に手紙を送ったが返事が返ってくることは一向に無かった。
だから俺は何も知らなかった。
蒼太が養子先で、虐待を受け続けていたなんて。
それを知ったのは俺が18歳になった時だった。
何事も無い顔をして、施設に来た蒼太の手首に痣を見つけなければ今でも気付いて無かっただろう。
夏だというのに彼は長袖の白いパーカーに、フードを目深に被っていた。
黒いジーンズは所々白く汚れていて。
更に薄汚れたスニーカーは履き潰したのかぼろぼろだった。
ちらりと見えた手首の痣を問い詰めると、蒼太は困ったように笑ってみせた。
「お前じゃなくて良かった」なんて言いながら。
蒼太が施設を訪れたのは、養子先から出て自立するという報告だった。
全て終わってから報告にくるところが蒼太らしい、なんてぼんやり思った。
今更俺が蒼太にしてやれることなんて、何も無いのだ。
改めて理解して、自分の無力さを噛み締めた。
今回、あんな夢を見て。
実は心の奥底で蒼太は自分を怨んでたんじゃないかと考え直した。
全てが終わってから、報告に態々来たのも自分に対する嫌がらせだとしたら。
同じ感覚を分け合ってきた筈なのに、虐待の痛みを知ることすらなかった俺を怨んでいたとしたら。
夢の中で何度も執拗に追いかけてくる蒼太を見て、そう思ったのだ。
それと同時に激しい憤りも感じた。
「俺を怨んでるなら、正直にそう言えば良いんだよ!」
「奏太…」
「何もない顔して、溜め込んで…!そっちの方が質が悪いんだよ!」
たかが夢一つでこんなに腹立たしいのは未だ何も無い顔をし続ける蒼太が目の前に居るからだ。
言い訳の一つでも返してくれれば良い。
そんな思いで俺は蒼太の言葉を待った。




