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Escape   作者: AkIrA
3/6

双子

何時の間に眠ってしまったのか。

俺はまた逃げていた。

勘弁してくれ、と心の中で叫ぶ。

しかし、この夢に引き込まれた以上逃げるしか選択肢は無い。



『橘、蒼太』



初めて「奴」が俺の名を呼んだ。

思わず足を止めてから、後悔した。

何て自分は学習能力が無いのだろう。


案の定自分の額をナイフが貫いた。

夢だから痛くは無いのだが、やはり気分は良くない。





『お前は…誰?』





消え行く意識の中、駄目元で絞り出した言葉。

「奴」は口元に浮かべた笑みを濃くした。





『俺は、ーーーだ。』




駄目だ。

聞こえない。

何て「奴」に都合の良い夢だ。

また何一つ手掛かりを得ることもなく、俺は現実へ引き戻された。






























目を開けるともう昼過ぎだった。

どうやら、事情聴取の後眠ってしまっていたらしい。

汗で張り付いた前髪を指で払って身を起こした。



「あ、蒼太!やっと起きたな」

「奏太?何で…?」



病室のドアの所に立って居たのは、双子の弟である奏太(かなた)だった。

仕事の都合で奏太は大阪で暮らしている。

特に用事が無ければ連絡を取り合う事も無い。

そんな奏太が何故目の前にいるのか。

まだ夢を見ているかのような感覚に襲われる。

気づけば俺はポカンと口を開けたままだったらしく、奏太が軽く噴き出した。



「何で…って、蒼太が倒れたって聞いたからに決まってんだろ?」

「でも、お前…大阪にいる筈じゃ…」

「……一昨日から出張でこっち来てたんだよ。すげータイミングだよな?さすが双子って感じ。」



一卵性双生児の奏太は俺と全く同じ顔で笑った。

時々鏡を見ているようで気持ち悪くなる程だ。

そして、こういうテレパシー的な事も多々ある。

双子の不思議ってヤツだ。



「一応着替え持ってきたんだけど、」

「え?どうやって…」



部屋の合鍵は渡してない。

なのにどうして持ってきたのか。

その疑問は奏太の言葉で直ぐ解決された。



「買ってきた。サイズ、俺と一緒だろ?」

「そっか、悪いな。」



差し出された紙袋を有り難く受け取ろうと手を伸ばす。

指先が触れた瞬間、先程まで笑っていた筈の奏太の表情が消えた。




「奏太…?」



呼び掛けても反応は無い。

まるで能面の様な無表情。

気味が悪くなり距離を取ろうとした時、不意に奏太が俺の手首を掴んできた。

そのまま力を籠められ、俺は痛みに体を捩る。



「痛ッ、奏太…!痛い!」



抵抗の言葉もまるで奏太には聞こえてないのか力が更に増す。

爪が食い込み皮膚が破れたが、それでも奏太は力を緩める気配がない。





「奏太!!」




耐えきれず無理矢理腕を振り払うと、反動で奏太は2、3歩下がった。

その表情は相変わらず無く、まるで人形の様な佇まいだ。

じくじくと痛む手首をおさえながら、俺も奏太を睨み付けた。




「何なんだよ…お前…」

「…」




奏太はやはり何も言わず、そのまま無言で病室を出ていった。



双子だから、大体お互いに考えている事は分かる。

そうやって生きてきた筈だった。

でも今は奏太の心が何一つ見えてこない。

後味の悪さだけを噛み締めて、俺は再びベッドへ身体を沈めた。


































『橘蒼太…』



もう正直逃げるのも疲れていた。

現実でも夢でも気が休まる時が無い。

死にたくは無いが、この夢から解放されるのならいっそ一思いに殺してくれとも思ってしまう。

俺は目の前に迫ってくる鈍い銀色を他人事のように見詰めていた。




『諦めがついたか?』

『…死にたくは、ねぇよ…』

『なら、答えは解ったか?』



それが解れば苦労はしない。

心の中で毒づきながら、俺は「奴」を睨み付けた。

そんな俺の思考を読んだのか「奴」は嘲笑う。



『未だ、出ないか』

『解るわけねぇだろう…』

『それはお前の思い込みだ。ヒントはやったんだから、解らない筈がない。』



「奴」が何時ものようにナイフを振りかざした。

腹に沈んでいくそれに、また意識は遠のく。



『これが、最後…』



声だけが、残る。



『次までに、答を出すことだ…』



でないと。


でないと?



『俺は…消えるのか?』



声を振り絞る。

「奴」の口元が弧を描いた。







『それはお前次第だ。』





その声を最後に、俺の意識はまた暗転した。






















再び白い部屋に意識は戻ってくる。


部屋を見回して、サイドテーブルの脇に紙袋があるのを確認した。

それが無ければ先程の出来事は夢だと片付けてしまったかもしれない。

しかし実際に紙袋が此処にある以上は、先程の奏太とのやり取りも現実だったということだ。

俺はその存在を再確認するかのように紙袋へ手を伸ばした。


そして中身をゆっくり引き出す。




「ッ、!」




その手は途中で止まった。




俺の手に握られて居たのは、

「真っ白なパーカー」だった。





先程の色の無い奏太の瞳を思い出してゾッとする。


「奴」は「奏太」なのだろうか?


思えば偶然にしては出来すぎている。



奏太が此方に来たのが一昨日。

俺が夢を見始めたのも、周りでおかしな出来事が起こり始めたのも一昨日。


奏太がやろうと思えば出来ない事はない。

俺に扮すれば会社や自宅周りをうろついても、不自然な事なく色々出来るだろう。

俺に変装して梁川を殺す事だって可能かもしれない。



夢を頻繁に見たのも、双子特有のシンクロニティーとかいうヤツで説明づけれる。


何より、夢で何度も見たパーカーが目の前にあるのだ。

これが、「奴」の言っていたヒントだとしたら。


俺の中で答はほぼ決まっていた。

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