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Escape   作者: AkIrA
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接近

今日また夢を見た。

相変わらず俺は逃げている。

逃げる俺の後ろからは血生臭い匂いを纏った「奴」が迫ってきている。


所々赤く染まった白いパーカー。

べっとりと濡れている黒いジーンズ。

片手にサバイバルナイフ。

昨日と違うのはもう一方の手…


立ち止まってはいけない。

そう解っているのに、足は勝手に止まっていた。



『あ…ぁ…』



そしてそれを認識した途端血の気が引いた。




『や、ながわ…?』




梁川だった。

正確には梁川だった「モノ」。

「奴」がそれを俺の足元へ投げてよこした。


ゴロゴロと転がったそれが動きを止めると、虚ろな2つの瞳が俺を見上げる。




震えたまま立ち竦む俺を「奴」が嘲笑った。




『残念だけど不正解、』

『不正解…?』

『疑っただろ?コイツを。』



喫煙所でのやり取りを思い出す。

確かに疑ったが、だからと言って殺すなんて。

例えそれが夢の中だったとしても。



『答え合わせはしないとな。俺は梁川じゃない。』

『じゃあ誰だよ…!』

『それは自分で考えろ。で、早く正解してみ?』




じゃないと…





『次はお前かもな?』






昨日と同じようにナイフが胸に沈んだ。

相変わらず痛みは無い。

世界が反転した。



























視界が開ける。

見慣れた自分の部屋で在ることに少し安堵した。

時刻は午前6時。

昨日と同じように汗にまみれた身体を引き摺って、風呂場へと向かった。






昨日の夢とは違い、今日は知り合いが出てきた。

虚ろな表情の梁川を思い出して身震いをする。

夢とはいえ異様なまでにリアルだった。

ともすれば血の匂いさえしてきそうな程に。



嫌な予感がまた身体を震わせる。

濡れた髪を乾かすのもそこそこにして、俺は早めに家を飛び出した。






駅に着くと今日は通常通りダイヤは動いていた。

たったそれだけの事に大きく息を吐く。

どうも神経が過敏になっているようだ。

そのまま何事も無く俺は会社に辿り着く事が出来た。




「はよ、原」

「おぅ早いな、橘、」

「昨日の事もあるし今日はな。それより、梁川は?」

「梁川は何時も出社時間ギリだからまだじゃね?」

「そっか。」



そのまま他愛の無い話をしながら二人でオフィスへと向かった。

あと少しで辿り着くという時に原の足が止まった。

自然と並んで歩いていた俺の足も止まる。

そして何故彼が止まったのかを理解した瞬間、喉からは情けない引きつった悲鳴が出た。



俺達の部署がある通路の突き当たりは非常階段になっている。

その非常階段のドアが、ペンキをぶちまけたかのように真っ赤に染まっていた。

それがペンキでないと解ったのは「匂い」だ。

鉄臭いような生臭いような、まるで…




「血…か?」



原が呆然と呟く。

言葉にしてしまえばはっきりとした。

あれは、「血液」だ。



「原…ッ、警察…!」

「ッ、ああ!」



縺れる足で警備室に向かう。

途中で俺は何かに足を取られて転倒した。

手を付いて起き上がろうとして、出来なかった。


転んだ場所は男子トイレの前。

その扉の隙間から流れ出た赤い色。

それは先程嗅いだのと同じ匂い。



「おい、橘!大丈夫か!?」



原が駆け寄ってくる。

しかし、俺の目線は男子トイレの入口に固定されていた。

半分空いたドアから見えたのはバケツ。

それがどうしようもなく気になった。

嫌な予感しかしないというのに。


いや、その予感がただの杞憂だと確認したかっただけかもしれない。


原の横をすり抜けて、俺は半開きのままになっていたドアをそっと押した。

















やはり、嫌な予感は良く当たる。

バケツは真っ赤な液体で満たされており、その中には黒い髪が漂っていた。

何処か麻痺した神経のまま気づけば俺はそのバケツに手を突っ込んでいた。

そして中に漂う塊を持ち上げる。



それは、夢の中で見たままの、



梁川



だった。




虚ろな2つの瞳に見詰められ、俺は意識を手放した。






























気づけばまた俺は逃げていた。

追いかけてくるのは「奴」。




『いい加減にっ…してくれ!』




懇願するように声を絞り出しながら逃げる。

それでも「奴」は許してくれない。

真っ赤なナイフが背中に刺さった。




『もうすぐ会えるな』




そんな言葉を耳元に落とし、奴はナイフを心臓に向けて滑らせた。

また意識は白く濁っていく…































最初に目に入ったのは、真っ白な天井。

独特の薬品臭に此処が病院である事を理解した。




「橘さん、気付かれましたか?」

「俺…」

「会社で倒れられて搬送されたんです…まぁ、無理も無いですよね」



少しずつ記憶が戻ってくる。

正直思い出したくも無いのだが。



「あの、梁川…は、やっぱり…」

「…えぇ、梁川周さんはお亡くなりになられました。」



その返答に肩を落とした時、病室のドアがノックされた。

入ってきたのは、昨日事情聴取にきたあの刑事だ。

軽く頭を下げると、彼も深々と頭を下げてきた。



「災難でしたね…」

「覚悟は…してました、から…」



まだぼんやりしていた所為か、思わず口が滑っていた。

それを聞き逃す訳もなく刑事は顔をしかめる。



「それは、どういう?」

「…夢、です…」



ごまかそうかとも思ったが嘘を突き通す自信も無かったし、誰かに聞いて欲しいという想いもあった為正直に話すことにした。

そもそもこんな話、誰が聞いても妄言だろう。

ならいっそ笑い飛ばしてくれればいい。

そんな思いで俺は言葉を続けた。



「今日夢の中で、梁川が死んだんです。首を切られて…」

「…はぁ」

「馬鹿げた話ですよね?でも昨日も、駅で男が死ぬ夢を見たんです。実際駅に行ったら人身事故で…」

「それが本当なら、犯人も見たのでは?」

「犯人は…見えないんです。白いパーカー、黒いジーンズにスニーカー…顔はパーカーのフードに隠れて見えない…」

「成る程…」




一笑されると思った話を存外真剣に刑事は聞いてくれた。

それだけで幾分救われる思いだった。




「でもそれが事実なら、これからもあなたの周りではこういった事がまた起こるかもしれない。」




考えないようにしていたことをズバリ言われ、俺は押し黙った。

「不正解」だとか言ってくる「奴」なら、「正解」するまでこれは終わらないのだろう。

それに、先程の夢では更に…




「もうすぐ会える…って言われたんです。」

「…」

「でも、俺…「奴」に会ったらきっと…死ぬ…」




それは確信に似た予感。

「奴」に捕まれば…「俺」は消える。




そう考えるだけで震えは止まらない。

俺に出来る事は自分の腕を抱きその震えをやり過ごす事くらいだった。








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