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Skyblue, Mornig Glow, Fleecy Clouds(空色、朝焼け、鰯雲)

2012年にpixivの「ローソン小説」に投稿した短編小説です.


 高校、教室。

「ねー、『ローソン』の名前の由来ってね、『損が低いように』っていう願いを込めて、『低い(ロー)損』で『ローソン』っていう名前になったんだよ」

 俺の隣の席で彼女は言う。

「そんなわけないだろ」

 俺は隣の席の彼女に言う。

「それでね、ローソンの看板に牛乳瓶が描かれてるのはね、昔、店で牛乳瓶を回収してたから、その目印の名残なんだよ」

「……そんなわけないだろ」

 懐かしい高校時代、三年間、恋し続けた人。

 輝かしい高校時代、三年間、同じクラスで過ごした人。

 毎日のように話し、毎日のように一緒に勉強し、毎日のように一緒に部活をした人。

 告白することもなく、だからフラれることもなく――だから、ただの友達。

 永遠に、友達。



 *



 ――あれから、二年。

 俺は地元の国立大学に入学し、彼女は地元の公立大学に入学したけれど、高校を卒業して以来、彼女とは会っていないし、連絡さえ取っていない。

 そんな俺は今年の春に二十歳になって、今は夏休み。九月の半ば。

 大学に通う俺は、生活費を稼ぐためにアルバイトしていた。

 「アルバイト」とはドイツ語で――ドイチュで――‚die Arbeit‘と綴り、「仕事」とか「はたらき」などと云う意味で、正確に「時給制の仕事」という意味で云うのならば「パートタイム・ジョブ」と云うべきだけれど、今はそんな日本に根付いてしまった外来語の誤用に関してはどうでもいい。

 ……話を戻して、「弁当がタダで食える」という理由だけで、下宿先に一番近いコンビニでバイトしようと大学行く前から決めていたのだが、何の縁なのか、それはローソンだった。

 接客のアルバイトをしていると、たった数時間で結構な人と話す。まあ、殆どは接客用のテンプレだけれど、でも常連さんや知り合いが来ると、ちょっと世間話をしたりする。それがちょっと楽しくて、それがこのバイトの醍醐味だと思う。

「いらっしゃいませー、お待たせいたしました」

 ある日の夕暮れ時、かき入れ時。お客さんが多くてレジは大混雑だった。

 俺がテンプレを喋ってお待たせしたお客さんの顔を見上げると。

「あれ、美琴(ミコト)じゃん久しぶりじゃん!」

 俺の名前を呼ぶのは、懐かしい、あの彼女だった。変わらぬ笑顔、変わらぬテンション。

 名前は(カズ)

 そして――

「え、誰? 和の知り合い?」

 その横でそう言うのは、俺より一回りイケメンの、男。

「うん、高校時代の友達。紹介するね、彼は美琴」

 そう言って和――彼女は、俺――美琴なんて変な名前だ――を指差し、

「そんで美琴、こっちは(ケン)くん、私の彼氏。私んちはこの近くじゃないけど、彼のうちがこの近くなの」

 そう言って和――彼女は彼を指差す。

 俺は平静を装って、

「へえ、そうなのか、二千五百六十二円です」

 彼女たちの買い物の料金を言う。彼氏の値踏みではない。

「はい、二千五百六十二円ちょうどっ!」

「さんきゅ、和」

 彼女が俺にお金を直接手渡し、少し手が触れてどきりとする。

 けれど、彼女の表情から、俺みたいなそんな感情を見取ることはできない。

「あ、美琴、そういえば卒業してから全然連絡とってなかったよね! また連絡してよ! ご飯食べにいこっ」

 彼氏の目の前でナンパかよ。

「ああ、そうだね、また連絡するよ」

「それでねそれでね美琴、そう云えばローソンが何で青いかっていうとね――」

「ごめん和、それまた今度で」

 二人の後ろに並ぶオッサンが、待ちくたびれて腕を組んで指をとんとんし出したので、強引に話を打ち切る。

「ご飯は――彼氏に許可とってからね、和」

「もちろんだよっ、むしろ一緒に行くよ」

 なんじゃそりゃ。

 それはともかく。

「それじゃまた、――ありがとうございます、またおこしくださいませー」

「またねっ」

 和はそう言って、笑顔で小さく手を振り、俺は二人を見送って、オッサンの接客に入る。

 二人の買い物の中にコンドームが入っていたことに対する動揺を呑み込んで。





 ――「コンドームに動揺」なんて、さっきは言ったけれど。

 その日のバイト後、夜、自宅に帰宅。

 扉を開けると、明るい灯り。

「おかえりミコト、バイトお疲れ様ー」

「ただいまフィア、今日お客さん多くて疲れたよ」

 六畳しかない俺の下宿先、そこで俺は、俺の彼女と同棲している。

 三つ年上の、ロシアからの留学生。今年の春の新歓で出会って、二人が二人とも一目惚れした。

 それはもう、高校三年間の淡い片想いが押し退けられるほど。……吹き飛んだり忘れ去られるほどではなかったけれど。

「ん、ミコト、帰って早速携帯取り出してどうしたの? もしかして浮気っ?! ――殺す! その女殺すッ!」

「考えが飛躍しすぎだよ! 高校時代の知り合いに久しぶりに会って連絡したくなっただけだ――」

「それならおっけー!」

 そう言ってフィアは俺にとびかかって来て、俺を敷きっぱなしになっている布団に押し倒す。

 ……その晩は、メールどころではなかったのであった。



 *



 翌日。正午。晴天。

 カーテンレールに吊るされた風鈴が弱々しく鳴り、九月だってのに暑さと汗だくの気持ち悪さで俺は目を覚ます。「うだるような暑さ」っていうときの「うだる」って具体的にどういう動作なんだといつものように思いながら重い体を起こし、部屋に転がった汚いものども片付ける。

 ……隣のフィアは、眠ったままだ。すぅすぅと可愛げな寝息を立てている。

 俺は彼女が眠っているうちに、和にメールを出す。

『早速今晩、食事に行かない?』

 フィアも今日は一日暇だって言っていたし、大丈夫だろう。

 和からの返信はすぐに来た。

『いいよっ。てか食事じゃなくて、お酒とか買ってうちで飲まない? お金無いし。美琴んち広い?』

『そうだね。家はせまい。六畳だからむり』

『じゃあ健くんちで。何時にしようか?』

『うーん……じゃあ十七時にあのローソン集合でよくない?』

『おっけー、健くん起きたら伝えとくわー。んじゃまたあとでねっ』

 ――そして、十七時。

 まだ日が高い、夕暮れ時。

 俺は眠そうなフィアを連れて、和は眠そうな健くんを連れて、牛乳の看板が目印の最寄りのローソンに集合した。

「ぉぅっ……! 美琴、彼女いたんだ……しかも美人さんだ……っ!」

「……『彼女いたんだ』は、ちょっと失礼じゃないか?」

 一応和にそうツッコんでから。

「こちらがフィア、俺の彼女。あちらの二人は女の子が和で、男の子が健くん、それで――」

「男の()ッ……だとッ!」

 フィアが驚愕の表情で口を挟む。

「いや言ってないから。で、和は俺の高校のときからの友達」

「よろしくね、フィアさん」

 和がそう言って手を差し出し、フィアはその手を握り返す。

「フィアでいいよ、男の()の和くん」

「だから違うからフィア!」

 確かに彼女は「カズ」なんて男みたいな名前だけれども!

 そして俺は「ミコト」なんて女みたいな名前だけれども!

「じゃあ健くんはどういうポジションになるんだよ!」

「男の娘×男の子」

「和は女の子だって最初に言っただろーが!」

「カズ、オトコノコ、ケンしか聞き取れなかった。眠くて」

「ふふふっ」

 和が口元を掌で隠しながら、大口を開けて笑う。

「相変わらずおかしいね、美琴は」

「そう簡単に、人は変わらないよ、和」

 そう言って俺はこの話を打ち切り、

「さっさと買い物して行こうぜ」

 三人を引き連れて店内へと入っていく。

 ……この(かん)、健くんは一言も発しなかった。人見知りなのだろうか。

 ローソンで適当に酒とつまみを買って、健くんのうちへ。なるほど彼のうちは、俺の働くローソンから徒歩一分と掛からないほどだった。うちのローソン、住宅街にあるからね。

 広々とした十畳のワンルーム、ベッドと本棚と机、テレビが置かれた小綺麗な部屋。

 クーラーが効いて、涼しい部屋。

「それじゃあ、今日のよき日に!」

「私と美琴の再開を祝して!」

「「「「乾杯!!」」」」

 ――数時間後。

 といっても、十七時集合だったから、まだようやく陽が沈んだぐらいの時間である。

 であるのに。

「「zzzzzz……」」

 俺の彼女であるところのフィアと、和の彼氏であるところの健くんは、爆睡していた。フィアが酒に弱いことは知っていたけれど、どうやら健くんも相当な下戸(げこ)らしい。

 で。

「……二人っきりだね」

「……確かに、な」

 起きているのは、俺と和の二人である。

「昨日の話の続きだけどさ」

 彼女は手に持った缶チューハイをぐいっと一口飲んで言う。

「ローソンのイメージカラーの青は空の青――空色で、白い縞々(しましま)は鰯雲を表してるんだって。最近の大発見」

「……なら、赤いラインは?」

 うーん、と彼女は唇に人差し指の指先を当てて天井を見上げ、考える表情。

「……夕焼け?」

「……そんなわけないだろ」

 俺は溜息交じりに、そう答える。

「なんだか懐かしいな……こうやって話すのも」

 俺がそう言って手に持つ缶ビールを一口飲むと、

「そうだね、二年前まで、これが普通だったのにね」

 彼女も頷き、俯いて両手で持っている缶の口を見る。

「高校生のとき」

 俺は懐かしさと、酒の力で、口が滑らかになる。

「……三年間ずっと、和のことが好きだった」

「……」

 彼女は数秒間黙って、一口で残りの缶チューハイを飲み干して。

「……私もずっと、美琴のこと、好きだった」

 彼女はそう言って、顔を真っ赤に染めて――酒の影響もあるだろう――俯く。

「……そう、だったのか」

 俺はぼんやりと、天井を見上げる。

 ……二人とも、押し黙る。

 俺は手に持つビールの残りを一気に飲み干して。

「高校時代は、あの関係を壊したくなかったんだよなあ……」

「……私も。あの関係で満足してたし。告白したら、何もかも壊れちゃいそうな気がして」

 なんでだろうね、と二人でハモって。

「はははっ」

「ふふふっ」

 二人で、笑いあう。

「……それじゃあ、今日から付き合ってみる?」

 突然彼女が真剣な表情になってそう言う。

 俺は――……



 *



 翌朝、俺はフィアと自分の部屋にいた。眠る彼女を背負って帰宅したのだ。

 ……もちろん、あの後すぐにだ。

『……むにゃ……浮気したら、殺すから……zzz』

 背中のフィアは、帰っている間中ずっと、そう寝言して定期的に俺の首を絞めてきたし。

 俺には、浮気するほどの甲斐性などないし。

 ……確かに和のことは好きだったけれど。

 それはもう、過去の話だ。思い出として話して、笑い飛ばすような、そんな話。


『……それじゃあ、今日から付き合ってみる?』

 ――和がそう言ったとき。

『……あほか』

 俺はそう言って、彼女の額に拳骨をこつんとぶつける。

『……そうだよねー、冗談だよ』

 彼女はそう言って微笑む。

『何かあったら、何でも言ってくれよ、和。相談に乗るからさ』

 俺もそう言って、微笑む。

『うん、ありがと、美琴』

 二人は、そうして笑い合う。

 そうさ、俺と、彼女は。

 ――永遠の友達だから。


 じめじめとした、でもなんだか清々しい秋の夜明け。

 窓から見上げれば、紺から青、そして紅へとグラデーションしていく、夜明けの空。

 そんな空に、連なった鰯雲が浮かぶ。

 俺はむにゃむにゃと笑顔で眠るフィアを横目に、ぼんやりと、遠い過去を想う。

 もう、触れることができない過去を。



 ――あれから何度も、俺と和はメールして連絡し合っている。

 でもあれから一度も、俺と和は顔を合わせていない。


 ……もしもう一度会ったら、何が起こるかわからないから。


『煙草と溜息』の二人が流用されています.

司美琴の,忘れてしまった彼女との思い出の一つ.

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