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バイオレンス童話パロ:シンデレラ

作者: 夏野ゆき

とある城での舞踏会。


 煌びやかなシャンデリア。毛足の長い絨毯、色とりどりの花のようなドレス、水の粒のようにあちらこちらできらきらと光っているのは、ご婦人方の装身具の石だろうか。

 群青色のベルベットにばら撒かれたダイヤのような星々が、華やかで賑やかなダンスホールの澄んだ窓硝子の向こう側で、厳かに煌いている。

 管弦楽器を伸びやかに演奏する、オーケストラの優雅な音と共にステップを踏んで、男女は微笑みながら蝶の様に、花びらのように舞っていた。

 

 その優雅で煌びやかな空気をぶち壊すかのように、高らかで凛とした声が上がった。


 ダンスホールのその向こう、この国の王子が腰をかけていた玉座のすぐ傍。

 体の線にぴったりと沿った、マーメイドラインの淡い色のドレスを身に纏った、美しい女性が、不遜に仁王立ちをしている。


「こんなもので私を縛り付けられるとでも思ったか――この痴れ者めッ!」


 ざわりと空間が震え、奏でられていた音楽がはたりと途切れた。

 踊っていた数多の招待客が、玉座の付近で立っていたこの国の王子と、背を凛と伸ばしたマーメイドライン・ドレスの女性に目を向ける。

 スポットライトが在ったわけでもないが、その王子とその女性は良く目に付いた。



 この国には、はるか昔から伝わる風習がある。

 婚約を表明する際に、男性のほうから女性のほうに【婚約指輪】ではなく――【ガラスの靴】を贈るという、傍から見れば一風変わった伝統だ。

 はるか昔、この国の東に広がる深い森の中、人も住まぬような未開の場所に、【芽吹きの魔女】と呼ばれる聡明な女性がいたのだそうだ。

 ある日、遊びの【狩り】に出た王子が森で道に迷い、その女性に助けられたのだという。

 帰ってくるなり王子はその女性を娶ることを決め、童話になぞらえて一つの贈り物をした。

 

 ――国内で一番腕の良い靴職人に命じ、上等な硝子で出来た一足の靴を、婚約指輪の代わりに。


 美しい話として幾年にもわたって語り継がれたこの王家の青年のプロポーズが、いつしかこの国の伝統と成るのは当たり前のことだったのかもしれない。

 靴屋はこぞって硝子細工の腕まで磨き、一流の靴屋ともなると、硝子細工師とも負けずとも劣らない腕を持っているくらいだ。

 だからこそ、この国の観光土産が【靴と硝子細工】という、妙な取り合わせになっているわけなのだが。


 そんな国の第一王子は、今回の舞踏会で意中の女性にプロポーズをする予定だった。

 意中の女性とは、国内視察で出歩いた際に、森の近くで出会ったのだという。

 原因不明の馬の不調によって大変に困っていた王子一行を、その女性が救い――王子は、恋に落ちた。


 森の近くで女性に救われる、というシチュエーションに、誰もがかつての「魔女と王子の恋物語」を思い描いた。

 王子のほうもそれを意識していたのだろう。


 だというのに。


「な……!」

「王子だかなんだか知らないが、私は嫌なことは断るッ!」 

 

 そう高らかに宣言した女は、持っていた硝子の靴を高く掲げ――


「足枷等要らぬッ! 忌まわしいッ!」


 つやつやと綺麗に磨き抜かれた大理石の床に、まるで八つ当たりをするかのように、美しい女は美しいそれを叩き付ける。

 グラスが割れるよりは重い音と共に、幸福と永遠を願ったそれは砕け散っていく。

 シャンデリアにゆれているカラスのパーツよりも美しくきらめいて、靴の欠片は飛び散った。

 

 飛び散った破片の一つが、淡い色のドレスを身に纏った女の頬を掠めていく。

 掠めた後にはうっすらと赤い線が滲んだが、女はそんな事はお構い無しだった。


「お――おい、少し待ってくれないか!」


 困惑しきった王子の声には耳も傾けず、女は悠然とダンスホールを歩いていく。

 彼女に道をあけるようにして人が引いていった。凱旋パレードの兵士のような、悠々と重々しい足取りで歩く女は、そうしてそのまま城を出て行く。


 皆が呆然とする中、王子は砕け散ったガラスの靴をただじっと見つめ、魂を抜かれたかのように小さく呟いていた。


「まさか――あの話が真実だとでも――」

 


***



 呪いがかかっているのだと、彼女の母親は苦く呟いたことがある。

 彼女は小さいときに、何故それが呪いなのかと、母にしつこく尋ねたことがあった。


 ――一目見るだけで恋に落ちるなんて、なんてロマンティックで素敵なことなんだろう!

 恋に恋をしていたその少女は、それがどんな悲劇を起こしたのかなんて、知る由もなかった。


 少女が成人を迎える二年ほど前のことだ。


 少女は、自分の母親からある一つの昔話を語られた。

 語られるにつれ、少女の中からは恋に対する憧れが消えていき、恨みとつらみ、憎しみばかりがつのっていった。

 

 “ガラスの靴は再会の約束なんかじゃない”

 “縛り付けて逃げられなくする重い足枷”

 “そのせいで私達は”

 “一人の賢者を喪った”


 とある王国の東、深く暗い森の中にひっそりと存在している隠れ里。

 この里には、はるか昔から伝わる悲劇があった。


 昔から、この深き森の里の住人は外へ――森の外へ出ることを嫌っていた。

 彼らは【魔法】と呼ばれる特殊な能力を持ち、誰にも知られないように、ひっそりと暮らしていたのだった。


 彼らは、自分たちの力の恐ろしさを知っていた。

 その力は枯れた大地に花を芽吹かせ、生命溢れる森を作り上げてしまうほどの力にもなりえたが、使い方を誤るだけで、簡単に幾つもの命が摘み取れることも知っていた。


 だからこそ彼らは自らを律した。

 強大な力を悪用されぬようにと、人に見つからぬようにと森を段々と深く、人が迷い込まぬように巧妙に隠れ里を封じた。

 隠れ里を封じたのは【芽吹きの魔女】。

 里で一番【魔法】の扱いに長けていた彼女は、里のものが不用意に外に出歩かないよう、外の者が里に寄り付かぬよう、自らの能力を遺憾なく発揮して、とある結界を拵えた。


 【芽吹きの魔女】が里を封じ、しばらくした日のこと。


 里からそう遠くない場所で、一人の青年が道に迷っていることが察知された。


 放っておいても問題はない。そう里の者は言った。

 森に住まう熊や狼、そのほかの生物に餌にされるか、空腹のあまりに手を出した木の実やきのこで、毒にあたって死ぬだけだと。


 放っておいたほうがいい。そう里の者は言った。

 下手に外の者と接触し、隠れ里を知られるよりは、見てみぬふりをしてやり過ごすほうが賢いと。


 しかし、【芽吹きの魔女】は笑ってこういったのだという。


“迷っているとはいえ、万が一にもこの里にたどり着いてしまったら怖いでしょう”

 

 だから私が外まで案内しに行ってくるわ。

 魔女は笑ってそういうと、里の人間の不安そうな顔に手を振ったのだという。


“この里には絶対に近づけさせないわ”


 この言葉に裏があることを、里の人間は知っていた。

 表向きこそ里を思っての言葉で固められているけれど、そも、【芽吹きの魔女】はとても優しい性格だったのだという。

 森で迷った青年を、見殺しには出来なかったのだと――

 皆それを知っていたからこそ、不安はあれど彼女を送り出すことにした。


 【芽吹きの魔女】には双子の妹がいた。

 穏やかで優しい姉の後姿に、笑って手を振って見送った。

 彼女は、姉は確実に帰ってくるという確信もあった。


 例えば、もし万が一姉がこの森から抜けようとしても――森の中の範囲内なら、彼女には森の中にいる人間の行動が監視できた。

 人は彼女のことを【千里眼の魔女】と呼んでいた。

 姉に勝るとも劣らない、優秀な魔女だった。


 けれど――結局、【芽吹きの魔女】は里には帰ってこなかった。


 【千里眼の魔女】はそれを酷く心配し、来る日も来る日も森を探したのだという。

 愛しい姉の為に。


 ある日のこと、【千里眼の魔女】は、森の入り口付近――外に近い場所で、一つおかしなものを見つけた。

 硝子で出来た綺麗な靴。

 大きさは自分の足にぴったりで、彼女がそれを手に取った途端、【千里眼の魔女】の頭の中に、たくさんの映像が、風景が、感情がなだれ込んできた。


 里を出た【芽吹きの魔女】は青年を無事に外まで案内し、そうしてまた森に戻ろうとする。

 青年は後ろを向いた【芽吹きの魔女】の手を引っ掴み、肩に抱き上げると、怒涛の勢いでその場を去った。

 

 風景は変わり――


 ガラスの靴を履いた【芽吹きの魔女】が、どこか薄暗い部屋の中でさめざめと泣いている。

 彼女は何度もその部屋を出ようとしたが、その扉は開かない。

 彼女は何度も【魔法】を使って部屋の脱出を試みようとしたけれど、彼女の【魔法】は「芽吹かなかった」。


 硝子。

 どうしてなのかは分からないが、硝子は魔女の魔力を封じてしまう。


 魔力を封じられてしまっては、【芽吹きの魔女】とはいえ森に戻ってくることは出来なかった。


“片足だけでいいの”

“片足だけで良いから”

“私の心を届けてちょうだい”


 【芽吹きの魔女】はそう嘆きを歌い、ようやくかき集められたのだろう魔力を使って、硝子で出来た忌まわしい足枷を、森の入り口付近へと飛ばしたのだという。


 残された足枷に、【千里眼の魔女】は復讐を誓った。

 大切な姉を奪った憎しみを、奪われた恨みを。

 

 

 その【千里眼の魔女】の末裔が己なのだと、母にそう知らされたとき、少女にはそれがどういうことなのか理解が出来なかった。


 “呪いがかかっているのよ”


 幼いころよりよく聞いていた言葉。

 その意味をあまり理解せずに少女は恋に恋をしていた。


 “あの国の王族は、私達の血族に恋をしてしまう呪いをかけられているの”

 “私達は、硝子に封じられてしまう呪いをかけられているわ”

 “誰がそんな呪いをかけたのかなんてもう分からないのよ”

 “けれど、これは真実。あの王族に出会って御覧なさい、貴女はたちまち連れ去られてしまうわ”

 “だから、どうか外に行かないで。同じ悲しみを繰り返さないで”

 “ガラスの靴を履かないで”


 重ねるように、言い含めるように連なっていく母の言葉に、少女の中の【恋】はほろほろと崩れていった。

 一目で恋に落ちる、それはロマンティックな御伽噺などではなくて。


 ――ただの呪いじゃないか。



***



「揃いも揃って愚か者めッ!」


 荒々しく階段を駆け下りながら、ドレスの女はそう吐き捨てた。

 

 差し出された硝子の靴。

 脳裏に浮かぶかつての【御伽噺】。


 追ってくる王子の顔めがけて、ドレスの女はハイヒールを投げつけた。

 丁度鼻の辺りにヒールが食い込み、王子はその端正な顔を痛みに歪ませる。


 森でであった青年。馬が疲れていたようだったから、ほんの少しの魔法を使って、その疲労を取り除いてやった。

 馬が立ち上がろうとしないから、森から出られなかった青年に、彼女は一言だけ言葉を口にして、その場を立ち去ろうとした。


『迷わないうちに戻れ』


 背を向けた彼女に、青年は大きくこう叫んだ。


『ちゃんとした礼がしたい!舞踏会に来てはくれないか!』


 片腕を取られてそう伝えられた時に、彼女の頭にはとある一つの計画が浮かんだ。



 ――彼女は、里において【復讐の魔女】と呼ばれている。


 彼女は復讐が好きで、勝負が好きで、争うことが好きだった。


 だからこそ彼女は、今日この日にこの城を訪れ、そうして王子に婚約を迫られた。

 王子と勝負をするために。争って、復讐を遂げるために。

 ガラスの靴を目の前で割ったときに、彼女の復讐はある意味で終わったはずだった。

 大勢の人の目の前で、顔に泥を塗って婚約を断ればいい。


 婚約を断る暇すら与えられず、連れ攫われた【彼女】。

 森で出会って舞踏会へと招待された自分。

 全ては『あの日』のリプレイでしかない。そう彼女は思った。


 ――だったら、全て私が壊してやる。


 綺麗に着飾ったドレスなんて、動きにくいことこの上なかった。

 高いヒールはとても歩きにくかったし、結った髪は実際のところ、歩くたびに重かった。

 

 母から話された『昔話』。

 代々家に伝わる一足のガラスの靴。それに触れた時の、【彼女】の嘆きと苦しみは、まだ胸の奥深くで渦巻いている。

 ガラスの靴を通じて目にした光景では、やっぱり彼女も煌びやかに着飾っていた。


 ドレスという名の拘束着。ガラスの靴という名の足枷。


「待ってくれッ!君と――君と話がしたい」


 彼女を記憶の海から引き戻したのは、呪われた王族の末裔だった。


「君は――君は、【魔女の一族】だな?」

「ほう?こちらでは私の一族はそう呼ばれているのかい?」


 皮肉っぽく歪んだ唇に、王族の青年が押し黙る。


「【芽吹きの魔女】。僕の何代も前の女王だ。そしてその女王の血族が、あの森にいると」

「そう。それが【魔女の一族】だよ、“こちら側風に言うと”ね」


 貴方たちが奪った【芽吹きの魔女】の類縁さ。

 そう歌うように、憎憎しげに呟いた【復讐の魔女】に、王族の青年は頭を垂れる。


「奪って――やはり、『奪って』きていたのか」

「そうだとも。【呪い】とやらに踊らされて、君の何代も前の国王殿は、私たちの里に欠かせない人を奪って行ったよ」

「呪いの話ならば聞いている。だからこそ君と話がしたい」

「何を戯けたことを。『私に求婚した時点』で、貴方にかけられた呪いは成立済みだ。ともすれば私は攫われぬ様にここから立ち去るまでだよ」

「大勢の前で婚約を断っておいてか?」

「貴方の顔に泥を塗ろうが黒炭を塗ろうが、私の知ったことではないのでね――」


 割れたガラスの靴を脳裏に思い描き、勝ち誇った笑みを浮かべた【復讐の魔女】に、青年がギリッと唇をかみ締めた。


「僕は君が憎い。僕を大勢の前で辱めた君が憎い。僕は自分が憎い。君に辱められてなお、君に恋をしている自分が憎い。僕は呪いが憎い。君を苦しめると分かっていながら、君に恋してしまうこの呪いが憎い!」


 息をつくこともなくそう吐き出した王子に、【復讐の魔女】も目を丸くした。


「貴方は――」

「だから僕は呪いを解いて見せよう。力づくでも構うものか。君の見た【昔話】を再現しないことをここに誓おう」


 王子の懐からは、一足のガラスの靴。

 【彼女】が履いていた物だと、彼女はすぐに理解した。


「この国の王族に伝わるガラスの靴だ。僕はここに託された【彼女】の思いを見たことがある」


 だからこそ、この呪いは僕で終わりにする、してみせると王家の青年は気高く宣言をした。


「呪いの力なんて無しに君を好きになってみせる。奪うこともせずに、君が自然に僕の傍に来てくれるよう、君が僕を好きになるようにしてみせる」

「中々面白い事を言うね、『王子様』」

「君が枷だと言うのなら、ガラスの靴など放棄しよう」


 もう砕けてしまったことだし、と、青年は王家に伝わっていた【彼女】のガラスの靴を【復讐の魔女】に差し出した。


「これは枷なんかじゃない。僕が誓った証だ。大切なものだからこそ君に預けよう」


 壊すも捨てるも君の自由だ。

 そう言い放って、青年は片手袋を彼女の前に放り投げた。


「君と【呪い】相手に戦いを申し込む。――僕を好きになったら君の負けだ」

「ふん」

「【呪い】の力無しに、僕が君を好きになったら君の勝ちだ」

「――面白いじゃないか。私が貴方を好きになる?」


 そんなことなど万に一つもありはしないだろうと彼女は笑うと、地に落ちた白い手袋を拾い上げ、王子の顔面へと放り返した。


「その勝負、乗った」


 





 解けない呪いに気位の高い王子。

 割れたガラスの靴に勝負好きの【復讐の魔女】。



 呪いを巡る二人の恋の行方は――



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