婚約破棄された元公爵令嬢ですが、不倫した王子の代わりに隣国皇太子に溺愛されているので戻る気はありません
煌びやかなシャンデリアが、やけに眩しく感じた。
王城の大広間。
王族主催の舞踏会。
そこに集まった貴族達の視線が、一斉にこちらへ向いている。
……嫌な予感しかしない。
「セレフィーナ・アルディア!」
怒声。
高らかに私の名前を呼んだのは、婚約者である第二王子――アルフレッドだった。
いや、正確には“元婚約者”になる予定らしい。
隣には、べったりと腕を絡ませた女がいる。
男爵令嬢ミレイユ。
最近やたら距離が近いとは思っていたけれど、ここまで堂々としているとはね。
「お前との婚約は、今日この場をもって破棄する!!」
うわぁ。
出た。
テンプレ。
しかも周囲の貴族達が「おぉ……!」とかどよめいてる辺り、本当に最悪だ。
「理由をお聞きしても?」
私はため息を飲み込みながら尋ねた。
するとアルフレッドは、芝居がかった動作で私を指差す。
「お前はミレイユを虐め、さらには彼女を毒殺しようとした!!」
「…………は?」
毒殺?
誰を?
私が?
いつ?
脳内でツッコミが渋滞した。
ミレイユはわざとらしく目元を押さえながら、アルフレッドにしなだれかかる。
「わ、私……怖かったですぅ……。セレフィーナ様に『王子に近付くな』って……」
「言ってませんが?」
「証人もいる!」
アルフレッドが叫ぶ。
後ろに控えていた取り巻き貴族達が、一斉に頷いた。
あー、なるほど。
完全に出来レースだ。
というか。
お前、自分が不倫してるの隠す気ゼロか?
王太子候補として終わってるだろ。
「……で?」
「何?」
「婚約破棄の理由、それだけですか?」
「な、何だその態度は!」
「だって、アルフレッド殿下。貴方、三ヶ月前からミレイユ様と愛人関係ですよね?」
空気が凍った。
ざわっ――と会場が揺れる。
ミレイユの顔が引き攣った。
アルフレッドは一瞬だけ目を逸らす。
分かりやすっ。
「な、何の証拠が……!」
「ありますけど?」
私は淡々と告げる。
懐から数枚の封書を取り出し、近くの侍従へ渡した。
「こちら、殿下直筆のラブレターになります」
「ぶふっ!!」
どこかの貴族が吹き出した。
いや気持ちは分かる。
だって内容が酷い。
『君の唇は薔薇より甘い』
『セレフィーナとの結婚なんて形だけだ』
『愛しているのは君だけ』
寒い。
読んでるだけで鳥肌立つ。
「なっ……!? なぜそれを!!」
「殿下の部屋に、堂々と置いてありましたので」
「管理ガバガバかよ!!」
誰かがツッコんだ。
私も同意見だ。
アルフレッドの顔が真っ赤になる。
ミレイユは青ざめていた。
「そ、それでも! お前がミレイユを虐めていた事実は変わらない!!」
「証拠は?」
「……え?」
「証拠はあるんですか?」
「そ、それは……」
「ありませんよね。だって全部ミレイユ様の自作自演ですから」
ミレイユがビクリと肩を震わせる。
図星。
「彼女、自分で転んで自分で泣いてましたし」
「やめっ……!」
「しかも階段から落ちた演技の翌日、普通にダンス踊ってましたよね?」
「……ッ」
会場から失笑が漏れ始めた。
アルフレッドの額に汗が浮かぶ。
もう終わりだ。
流れが完全に逆転している。
「……婚約破棄なら好きにしてください」
私は静かに言った。
「ただし。浮気したのは貴方です。責任まで私に押し付けないでください」
その瞬間。
会場後方の扉が、重々しく開いた。
ざわめき。
空気が変わる。
現れたのは、黒い軍服を纏った長身の男だった。
銀髪。
氷みたいな蒼い瞳。
隣国グランツ帝国の皇太子――カイル・グランディア。
“氷血皇太子”。
冷酷無慈悲で有名な危険人物。
……のはずなんだけど。
その人は真っ直ぐ私の前まで歩いてくると。
「迎えに来た」
「……はい?」
「セレフィーナ。君は今日から俺の婚約者だ」
は?????
会場全体がフリーズした。
私もした。
「え、ちょ、待っ……」
「待たない」
カイル殿下は当然みたいな顔で私の手を取る。
いや距離感どうなってんの!?
「以前から打診していたが、君の婚約が邪魔だった」
「初耳なんですが!?」
「今初めて言ったからな」
堂々としてるなこの人。
アルフレッドが怒鳴った。
「き、貴様!! セレフィーナは我が国の……!」
「浮気して捨てたのだろう?」
カイル殿下が冷たく言い放つ。
一瞬で空気が凍った。
「不要になった女を、俺が拾って何が悪い?」
「ッ……!」
「安心しろ。お前程度とは比べ物にならないくらい、大切にする」
その言葉。
やたら真っ直ぐで。
不意打ちみたいに胸へ刺さった。
……なんなの、この人。
怖いくらい真顔なのに。
言ってること全部甘い。
その後。
私はグランツ帝国へ渡った。
そして始まった。
カイル殿下の異常なまでの溺愛生活が。
「寒くないか」
「まだ秋です」
「そうか。ならもう一枚羽織れ」
「過保護!!」
「当然だろう」
当然なのか。
「階段は危ない」
「子供じゃありません」
「転べば痛いぞ」
「それは誰でもそうです!!」
しかも。
仕事中は冷酷皇太子として恐れられているのに、私相手だと情緒がバグる。
「今日も綺麗だな」
「毎日言いますね……」
「事実だからな」
真顔で言うな真顔で。
心臓に悪い。
侍女達がニヤニヤしてるの腹立つ。
けれど。
そんな穏やかな日々は長く続かなかった。
ある日。
王国から使者がやって来た。
……アルフレッド本人を連れて。
「セレフィーナ……! 頼む、戻ってきてくれ!!」
開口一番それだった。
いや無理だろ。
「王国は今、大混乱なんだ! 父上も激怒していて……!」
「でしょうね」
浮気発覚。
婚約破棄騒動。
さらにはミレイユの横領まで発覚。
貴族社会は炎上中らしい。
ちなみにミレイユは泣きながら全部アルフレッドに責任転嫁したそうだ。
地獄かな?
「君が必要なんだ!」
「嫌です」
「即答!?」
「当たり前でしょう」
私は冷たく言い放つ。
「貴方は私を捨てました。それも愛人を作った上で」
「そ、それは魔が差して……!」
「へぇ」
「今でも愛してる!」
「その台詞、何人目に言いました?」
アルフレッドが詰まる。
あ、複数いるんだ。
終わってんなコイツ。
そこへ。
ギィ、と扉が開いた。
「……随分と騒がしいな」
低い声。
カイル殿下だった。
その瞬間。
アルフレッドの顔色が死ぬ。
「俺の婚約者に、何か用か?」
笑ってる。
でも目が笑ってない。
怖っ。
「い、いや……これは……」
「泣かせたら殺すと言ったはずだが?」
さらっと物騒。
アルフレッドが後退る。
「セレフィーナ」
「はい?」
「こいつ、窓から捨てていいか?」
「ダメです」
「そうか……」
なんでちょっと残念そうなんですか。
怖いわ。
結局。
アルフレッドは失意のまま帰国した。
その後、王位継承権を剥奪。
ミレイユも社交界追放。
二人は最後まで責任を押し付け合っていたらしい。
……お似合いだと思う。
そして私は。
「セレフィーナ」
「はい?」
「愛してる」
「また急に……」
「毎日言うと決めた」
「知ってます」
呆れながら笑う。
窓の外には、穏やかな青空。
もう。
あの日みたいに傷付くことはない。
この人が、隣にいるから。
「……私も、愛していますよ」
一瞬。
カイル殿下の動きが止まった。
「…………もう一回」
「嫌です」
「頼む」
「皇太子がそんな顔しないでください」
「君限定だ」
ずるい。
本当に。
ずるい人だ。
だけど――。
そんな未来も、悪くないと思った。




