第6章:親友の再婚と、試される愛
麗奈との関係は、中毒になっていった。
俺の三十年間の空虚を埋め、男としての自信を与えてくれた彼女は、もはや光であり、同時に暗闇でもあった。
俺たちは、表向きの「幼馴染」という安全な仮面の下で、禁断の炎を燃やし続けていた。
しかし、淳史の存在は、常に俺たちの幸福な瞬間に影を落とした。
ある週末、俺たち三人は、学生時代から通っていた馴染みのバーで再会した。
淳史は、相変わらず明るく、底抜けに善良な男だった。
彼は、俺と麗奈の間に流れる微かな緊張感に気づく様子もなく、離婚後の近況を楽しそうに話していた。
「麗奈のやつ、最近また筆が乗ってるらしいんだ。やっぱり、俺と別れて刺激ができたのかもな!」
淳史は冗談めかして笑ったが、その言葉は、俺の胸に鋭い針となって突き刺さった。
麗奈に刺激を与えているのは、他でもない俺だ。
そして、その刺激は、彼がかつて愛した麗奈の身体と心に、俺の痕跡を残しているのだ。
俺はグラスを握りしめ、ちらりと麗奈を見た。
彼女は、仮面の下の女優のように完璧な笑顔で、淳史の話に相槌を打っている。
その冷徹なまでのプロフェッショナリズムに、俺は畏怖と絶望を覚えた。
彼女は本当に、俺を「題材」としてしか見ていないのだろうか?
その夜、麗奈のマンション。
激しい情事の後、俺は麗奈に尋ねた。
「麗奈……お前は、淳史のことをどう思ってるんだ?」
麗奈は、俺の胸に顔を埋めたまま、低い声で答えた。
「どう、って。元夫よ。でもね、秀樹。私は、淳史と結婚生活を送っている間、ずっと満たされていなかったの」
「満たされていなかった?」
「淳史は、完璧な人だったわ。優しくて、誠実で、私を心から愛してくれた。
でも、私には、その『完璧さ』が物足りなかった。小説家として、人間の泥臭い部分、破滅的な情熱、禁断の愛憎……そういうものを求めていた。淳史は、私に安心はくれたけれど、魂を震わせる刺激はくれなかった」
麗奈は、ゆっくりと顔を上げ、俺の目を見た。
「でも、あなたは違う。あなたは、私の『高嶺の花』というイメージを、卑劣な懇願で打ち壊した。そして、三十年間溜め込んだ孤独と情熱を、私にぶつけてくる。その全てが、私の創作意欲を満たし、そして……私自身を満たしてくれる」
彼女の言葉は、俺の罪の意識を、優越感という甘い麻薬に変えた。
俺は、淳史には与えられなかったものを、麗奈に与えている。
俺の禁断の愛は、彼女の魂の渇きを潤しているのだ。
「麗奈……俺は、もう題材なんかじゃない。俺は、お前を愛している」
俺は、彼女を抱きしめ、自分の正直な気持ちを伝えた。
この関係が禁断であろうと、破滅を招こうと、もう止まることはできなかった。
麗奈は、俺の背中に回した腕に力を込めた。
「ええ、知っているわ。私も……あなたの熱が、もう手放せない」
その瞬間、俺は、彼女の愛を手に入れたと確信した。
それは、罪深い勝利だった。
しかし、数日後。
淳史から一本の電話がかかってきた。
「秀樹……今、話せるか? 実は、麗奈と、復縁したいと思ってるんだ」
俺の心臓は、凍り付いた。
淳史の声は、真剣そのものだった。
「俺は、麗奈をまだ愛してる。離婚したのは、お互い若すぎたせいだ。でも、最近、麗奈がまた生き生きとしてるのを見て……彼女の空白を埋められるのは、やっぱり俺しかいないんじゃないか、って」
淳史の言葉は、俺と麗奈の秘密の上に、冷たい現実を突きつけた。
麗奈の「空白」を埋めているのは、俺だ。
だが、世間的に、そして倫理的に、麗奈の傍にいるべき男は、俺の親友なのだ。
俺と麗奈の禁断の愛は、最大の試練を迎えた。




