表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
筆下ろしの代償 ~高嶺の花に捧げた三十年の渇望~  作者: MCdragon


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/7

第1章:三十路の童貞、禁断の懇願

「まさか、三十路になっても童貞だったなんて。ちょっと引くわ、秀樹」


居酒屋のざわめきの中で、俺——吉沢秀樹は、目の前の幼馴染——北川麗奈に、冷たく、それでいてどこか面白がるような視線を浴びせられていた。

麗奈は、昔から誰もが振り返るほどの美貌の持ち主だ。

しなやかな黒髪に、切れ長の瞳。

今は人気小説家として活躍し、その知性と美しさはさらに磨きがかかっている。

一方の俺は、平凡なサラリーマン。

大学卒業後、実家の小さな印刷会社に入り、特に波風のない人生を歩んできた。

ついさっき、酔っ払った勢いで、つい口を滑らせてしまったのだ。

三十年間、誰にも言えなかった秘密を。

麗奈は、枝豆を摘まみながら、くすくすと笑う。

その笑い声は、周囲の喧騒をも切り裂くような、透き通った音色だったが、俺の耳にはチクリと刺さる棘のようだった。


「だってさ、秀樹。高校の時だって、大学の時だって、私には色んな噂が入ってきてたのよ? あの『高嶺の花』の麗奈と、いつも一緒にいる男の子、って。もしかしたら二人はデキてるんじゃないか、なんて言われてたんだから」

「そんなの、ただの憶測だろ。お前と俺は、ただの家族みたいなもんだ」

「ふふ、家族、ね。でもね、秀樹。私がずっと傍にいたから、他の女に興味が持てなかった、とか言ったら、少しは慰めになった?」


麗奈の言葉は、慰めどころか、俺の心の奥底に封印していた禁断の想いを、容赦なく抉り出す。

そうだ。

俺が他の女性に目を向けられなかったのは、いつだって麗奈の存在が、俺の心を独占していたからだ。

しかし、麗奈は俺にとって、あまりにも遠い存在だった。

麗奈は俺の親友である淳史と付き合い、結婚し、そして三年前に離婚した。

その間も、俺はただの「幼馴染」として、彼女の傍にいただけだ。

彼女への想いを告白するなんて、淳史への裏切りだと思ったし、何より、この「家族」という居場所を失うのが恐ろしかった。


「冗談はよせよ、麗奈。俺が他の女に興味を持てなかったのは、単に俺に魅力がなかっただけだ」


精一杯の強がりを言ったが、麗奈は俺の目を見据えて、真面目な顔になった。


「本当に、未経験なのね。筆下ろし……誰にもされてないのね、秀樹」


その瞬間、俺の胸に、長年の屈辱と、麗奈への切望が、激しく渦巻いた。

三十年間、ずっと隠し続けてきたコンプレックス。

それを、今、一番大切な幼馴染に、からかい混じりの口調で指摘されている。

麗奈は、男を知っている女だ。

小説家として、人間の心の機微や、男女の愛憎を深く理解している。

そんな彼女に、俺のこの惨めな現状を突きつけられるのが、たまらなく悔しかった。

その時、酔いが回りきった俺の口から、信じられない言葉が飛び出した。


「麗奈……頼む。俺の筆下ろしを、お前にしてほしい」


居酒屋の喧騒が一瞬遠のき、麗奈の瞳が大きく見開かれた。

その表情には、驚き、戸惑い、そして……微かな興味の色が混じっていた。


「秀樹……今、なんて言ったの?」

「聞こえなかったのか? 俺の……俺の初めてを、お前に捧げたい。お前になら……バカにされたままで終わるのは嫌だ。お前に、男として認められたい」


それは、三十年分の積年の想いと切実な願いが混ざり合った、禁断の懇願だった。

麗奈は、グラスに残ったビールを一気に飲み干し、静かに答えた。


「……ふふ。あんた、本当にバカね。いいわ、秀樹。どうせ私だって、最近はネタ切れ気味で刺激が欲しかったところよ。ただし……」


麗奈の唇が、蠱惑的な弧を描く。


「ただし、これは『家族の儀式』なんかじゃない。これは、小説のテーマよ。あんたは、私の最新作の『題材』として、私に抱かれることになるわ」


俺の胸は、期待と罪悪感、そして得体の知れない興奮で、激しく脈打ち始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ