第7話 おっさん、覗きの冤罪をかけられる
牢屋での生活は、女神によるインフラ整備で「快適」ではあったが、「贅沢」には程遠いものだった。食事は相変わらずパサパサの黒パンと、女神が無限に供給してくれる聖水のみ。誠一の舌は、そろそろ限界に達していた。
「パンを無償で頂けるのは、ありがたいのだが……こう毎日パンばかりだと流石に味気ないな」
誠一は、硬いパンを齧りながら呟く。
高級な絨毯に寝転がり、ふかふかの枕に頭を乗せているにもかかわらず、その顔は不満げだ。
「姫様、そろそろパンツを盗みますよ。いいですか?」
誠一はいつものように、念話で姫に連絡を入れる。
パンツを盗んだことのある女性とは、こうして連絡を取ることができた。
『少しお待ちを、わたくしは今、授業中ですの!』
「そうですか、では、授業が終わった頃を見計らい、また連絡します」
『そうしていただけると、ありがたいですわ』
「では、また後ほど」
『ええ、ごきげんよう。誠一さま』
丁寧すぎるやり取りの末、念話は終了した。
数時間後、誠一は再び姫に念話をする。
『用意できましたわ……今日はちょっと、やりたいことがあるのです』
「ほう、ではパンツを盗みますね」
誠一は迷わず能力を発動した。
「スティール……あれ、姫様?」
アリア姫はいつもの豪華なドレス姿ではなく、一枚のバスタオルを巻きつけただけの姿で、目の前の牢屋に転移してきた。そのバスタオルも、今にもはだけそうなくらいギリギリの巻き方だ。
(彼女は、ひょっとして……露出趣味に目覚めたのか?)
誠一は一瞬、眉をひそめたが、すぐに思考を切り替える。
彼にはもっと重要なことがあったのだ。
「あの姫様、お願いがありまして」
誠一は姫の格好を無視して、早速本題に入る。
「なんですか?」
姫は少し恥ずかしそうにしながら、誠一の話を聞いた。
「毎日パンばかりで飽きてしまって。どうも味気ないんですよ。まあ、贅沢を言って申し訳ないのですが」
「えっ? 毎日、パン??」
姫は心底不思議そうな顔をする。
誠一に提供される食事が、衛兵によってグレードダウンされていることに、彼女はまだ気づいていなかった。
(おかしいですね。わたくしは、ちゃんと衛兵に『城で一番美味しい料理を運びなさい!』と命じていますのに……)
「そこでですね。味変を試みようと思いまして――このパンにですね、姫様の汗をしみこませてもらえませんか?」
誠一がそう言うと、姫は絶句した。
その顔は、笑顔のまま完全に固まっている。
「そこの水がめに顔を突っ込んで、溺死してください……」
姫は静かに、しかし有無を言わせぬ声で命じた。
「先ほどの提案は、死罪になるほどの罪でしょうか? ……え? もしかして、そこまでヤバかったですか?」
誠一はショックを受け、顔を青ざめさせる。
「ところで、あの、シャワーというのを使ってみたいのですが、それに、贅沢にお湯を張った湯船も……。女神さまが作られたのですよね。お城の設備よりもずっと立派ですわ」
姫は、誠一の質問をさらっと流し、この部屋のシャワールームに目を輝かせた。
「ああ、それでバスタオル一枚の姿なのですね。ぐへへ……えっと、シャワーですか。まあ、いいですよ」
誠一は呆れながら許可した。
きっと彼女は風呂場から、ここに転移してきたのだろう。
濡れて帰っても良いように――
姫はルンルン気分でシャワールームへと消えていく。
バスタオルがひらりと舞い、誠一の目の前を通り過ぎた。
「覗いたら死刑ですからね!」
姫は釘を刺すように言い残し、シャワールームの扉をピシャリと閉めた。
誠一は、その扉に背を向けて、パンを齧り始める。
その時だった。
牢屋の入り口が、ギィッと重い音を立てて開いた。
***
「誠一さん。あなた、今日もここでごろごろしているのね」
そこに立っていたのは、王妃セレニア・アストレアだった。
王妃は召喚されたわけではなく、自らの意思で牢屋を訪れたようだった。誠一のことが気になって仕方なくなっていたのだ。
「お、王妃様!?」
誠一は驚いて立ち上がる。
まさか、アポイントなしで来るとは――
「なぜ、セレニアさまがここに?」
誠一が尋ねると、王妃は少し恥ずかしそうに頬を赤らめながら、しどろもどろに適当な言い訳を口にした。
「ええ……その、シャワーというのを使ってみたいと、いてもたってもいられなくなりまして。べ、別に、あなたに会いたかったとか、そういうのではありませんからね! 勘違いしないでくださいませ」
「……」
誠一は思わず、遠い目をした。
典型的なツンデレだ。
それに――
(やはり親子だな……欲望に忠実なところもそっくりだ)
その時、シャワールームから心地よい水音が聞こえてきた。
王妃がその音に気づき、眉をひそめる。
「あら? 誰かいるのですか? こんなところに……」
王妃は不審に思い、そのままシャワールームのドアに手をかけた。
誠一が止める間もなく、王妃は扉を勢いよく開け放つ。
「きゃあああああ!!!」
シャワールームの中から、甲高い悲鳴が響き渡る。
「やっぱり覗きに来ましたね! 誠一さまのえっち……えっ? あら? お、お母さま!?」
水しぶきを上げる姫アリアが、シャワールームのドアを開けた王妃を見て、驚愕の声を上げた。姫のバスタオルは、水に濡れて肌に張り付いていて、水をはじく肌が艶やかに輝いている。
「アリア!? なぜあなたがこんなところに! しかも、お風呂に入って……!」
「お母さまこそ! なぜ、ここにいらっしゃるのですか!?」
鉢合わせした二人、姫と王妃は、お互いの存在に驚きを隠せない。
「ふっ、それはですね。この俺がパンツを盗んで姫を召喚しているからですよ。姫さまはどうやら、俺に気があるらしくてですね。ぐふふ」
誠一は姫をかばってあげようと思い、名乗り出る。
さらに、余計なことを言ってしまった。
「そうですか。では、死刑で」
王妃は冷たくそう言い放った。
その声には一切の感情がこもっていない。
「……別に、あなたのことは、心の底からどうでもいいのですが?」
姫も王妃同様の冷たい視線で誠一を見つめた。
その視線は、まるでゴミを見るかのようだ。
「えっ? 嘘ですよね。二人とも結構、俺のこと好きなんじゃないですか?」
誠一がばつが悪そうにそうに言うと、二人は顔を見合わせ、苦笑いを浮かべた。
「いえ、全く、ここに来たのはシャワーに興味があったからです」
王妃はすかさず誠一の発言を否定した。
「……そうですわ。わたくしもお風呂に興味があっただけで、あなたに興味はありませんわ」
姫もまた、威厳のある表情で誠一を突き放す。
誠一は、二人の冷たい視線に、思わずたじろいだ。
「えっ、そんな、結構好かれてると思ってたのに、勘違い? これは、めっちゃ恥ずかしい奴では……?」
誠一が両手で顔を覆うと、王妃と姫は顔を見合わせ、小さく吹き出した。
「まあ、そうね。それにしても、お互いの存在に気づいていなかったとは……」
王妃が呆れたように呟く。
「お父様には、内緒でお願いしますね!」
姫が王妃に囁くと、王妃も静かに頷いた。
お互いの秘密を共有し、不思議な連帯感を感じているようだ。お互いの「おっさんの世話」の苦労話に花を咲かせ、愚痴を言い合ううちに、二人の間には奇妙な連帯感が生まれていく。
「私たち、力を合わせれば、もっと快適な牢屋を作れるのではないでしょうか?」
姫が瞳を輝かせて提案すると、王妃も深く頷いた。
「そうね! 誠一さんにはもう少し規律を教えて差し上げる必要もありますし」
こうして、牢屋に集う女性たちの、賑やかな共同生活が始まった。
誠一のヒモ生活は、ますます盤石になっていくのだった。




