第6話 女騎士のスパルタ指導とデュランダルの行方
牢獄での生活は、ますます快適になっていた。
ふかふかのベッドに、いつでも使える清潔な風呂とトイレ、そして仲良くなった姫や王妃との楽しいコミュニケーション。誠一はアリア姫から提供された教材で、異世界の文字を勉強し、すでにマスターしていた。
転移すると同時に、誠一や勇者はこの世界の言葉を喋れていた。
「きっと言語に関して「転移者特典」のようなものがあって、文字も理解しやすかったのかもしれない」
姫や王妃から、おすすめの小説を借りて読んで、感想を語らう日々。
誠一は、これが理想の異世界転移生活だと確信していた。
しかし、ある日。
「うーん……体がなまってきたな」
誠一は、絨毯の上でゴロゴロしながら呟いた。
毎日、パンと水だけの生活でだいぶ痩せてはきたものの、ほとんど運動していない。このままでは、再び肥えたおっさんに逆戻りするのでは? 元の世界でのニートとしての経験が、わずかに警鐘を鳴らしていた。
「よし、運動するか」
誠一は早速、スティールで召喚可能な女性リストを思い浮かべた。
誰を召喚すべきか?
体を鍛えるといえば、やはりあの人だろう。
ターゲットは、女騎士シルヴィア。
凛々しい顔立ちに、引き締まった体を持つクールな女性。
誠一は心を無にして、能力を発動した。
「スティール」
その瞬間、誠一の手の中に現れたのは、真っ白なコットンの、ごくごくシンプルなパンツだった。
「きゃっ! 下着が突然!! それに、なんだ、ここは!? 牢屋……それにしては、この豪華な家具は、一体??」
甲高い叫び声と共に、女騎士シルヴィアが牢屋に転移してきた。
彼女は普段の重厚な銀色の鎧姿ではなく、動きやすい訓練着姿で、額にはうっすらと汗がにじんでいる。どうやら訓練の最中だったようだ。
「あ、女騎士様。ご足労頂き恐縮です」
誠一は、びしっと直立して挨拶をする。
シルヴィアは、自身の身に何が起こったのかを理解すると、みるみるうちに顔を真っ赤にして誠一を睨みつけた。
「貴様! またわたしの下着を盗んだのか……っ! 不埒な変質者めっ! いったい何が目的だ!?」
「いやいや、落ち着いてください、女騎士様。貴方のパンツを自分のものにする気はありません。すぐにお返しします」
誠一はお辞儀をしながら、シルヴィアにパンツを差し出した。
その姿は、卒業証書を受け取る卒業生のようだ。
「返せばいいとか、そういう問題ではない馬鹿者め! それに、なぜわたしはここにいるんだ! どうやって連れてきた!」
シルヴィアはパンツをひったくり、誠一を尋問する。
「あの、お願いがあるんですよ。女騎士様」
「そんなものは後だ! 質問に答えろ!」
女騎士の剣幕に、誠一はたじろぐ。
「えっと、それはですね。能力でですね。――あっ、俺はパンツを盗んだ女性を、自分の元に召喚できるんですよ。十分間だけですけどね」
しどろもどろに説明すると、シルヴィアは眉をひそめた。
「そのような面妖な能力だったのか、貴様のスキルは……」
「質問には答えました。では、こちらの要求を呑んでもらいますよ? ぐへへ」
誠一は、いつもの悪代官顔でニヤリと笑った。
「きさま、この私の身体が目当てで、ここに連れてきたのか。とんでもない下種だな。恥を知れ! それに何だこの部屋は、なんで牢屋がこんなに豪華なんだ」
シルヴィアは、周囲の豪華な調度品に気づき、さらに混乱しているようだ。
「えっと、いろいろ誤解されてるようですが、俺があなたを呼び出したのは、護身術や剣術、それと筋力トレーニングの指導をお願いしたかったからで……」
シルヴィアは、誠一の言葉に目を丸くした。
まさか、そんな要求をされるとは夢にも思っていなかったのだ。
「護身術と……筋力トレーニング? わたしに、そのようなことを?」
「ええ。このままだと体がなまってしまうんでね。女騎士様は剣の腕も立つと聞いていますから、ぜひ指導をお願いしたいんですよ」
シルヴィアは誠一の言葉に、一瞬考える素振りを見せた。
(この男……変態ではあるが、まさか私に武術を請うとは……)
(それに、なぜかパンツを盗まれてから、この男のことが……)
彼女の頬が、わずかに赤らむ。
「……断じてありえません! 騎士である私が、貴様のような変態に武術を教えるなど! この国の恥となってしまう!」
シルヴィアは誠一を怒鳴りつけた。
だが、その声には、どこか迷いが混じっていた。
「そうですか……残念ですね。あなたのことを見込んで頼みましたが、どうやら見込み違いだったようだ。この私に剣術を教えるのが怖いと見える。とんだ臆病者だ」
誠一はわざとらしく肩を落とした。
「臆病者」という言葉に、シルヴィアの顔色が変化する。
その瞳には、怒りの炎が宿っている。
「なっ……! 貴様、何を言っている!?」
「だってそうでしょ、あなたが教えたくないのは、この私を恐れているからだ。鍛えればすぐに自分よりも強くなってしまう。それをあなたは恐れているんじゃないんですか?」
「ま、待ちなさい! 私があなたのような甘ったれた中年を恐れるわけがない! いいでしょう! 臆病者と罵られたまま引き下がることはできません! 貴様を鍛え、最低限の護身ができるようにして差し上げます! ただし、わたしの指導は地獄のようなスパルタ訓練です! 後で泣き言を言っても知りませんからね!」
そう言い放つと、シルヴィアは光に包まれて消えていった。
「ふう……作戦成功だな」
誠一はニヤリと笑った。
***
翌日から、牢屋でのスパルタ訓練が始まった。
「おい、もっと腰を落とせ! 腹筋に力を入れろ! なんでそんなにだらしないんだ!」
シルヴィアの怒号が牢屋に響き渡る。
誠一は彼女の指導のもと、腕立て伏せやスクワットに励んだ。
時には、牢屋の壁に設置された魔法の重りを使って、地獄のようなトレーニングを強いられた。彼の顔は汗と泥にまみれ、息は切れ切れだった。
「うおおおおおお! もう無理! 動けません、教官!」
「何が無理だ! まだまだ序の口! 貴様のような男は、もっと追い込まねばなりません!」
訓練は過酷を極めたが、誠一は内心では満ち足りていた。
体は疲弊するものの、久しぶりに体を動かすのは悪くない。何より、美しい女騎士に罵倒されながら、汗を流すのは、誠一にとって、ある種の快感だった。
***
ある日の自主練中、誠一はふと、かっこいい剣を振ってみたいと思った。
随分体を鍛えたので、自分の腕前を試したくなったのだ。
「そういや、俺をボコボコに殴った勇者――何て名前だっけ? まあいいや、あいつが凄くカッコいい剣をもってたな。デュランダル、あれ、良いよな……ちょっと借りてみるか」
誠一は子供っぽい発想で、鈴木裕也が持っていた聖剣デュランダルをスティールした。
キンッ!
甲高い金属音と共に、誠一の手の中に現れたのは、神々しい輝きを放つ、見事なロングソードだった。
剣身には美しい紋様が刻まれ、柄には宝石が埋め込まれている。その重厚感と冷たい手触りが、誠一の手にしっくりと馴染む。
「おお、聖剣デュランダルか……久しぶりだな」
誠一はデュランダルを装備し、慣れない手つきで素振りを始める。
本来、聖剣は勇者にしか装備できない。
だが彼は、デュランダルと共に「聖剣を装備できる才能」も紐づけてスティールしていたのだ。
わずか10分間しか借りられないため、誠一は時間を無駄にしないよう、必死に剣を振った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その頃、遠く離れた森。
大型のゴーレムが一体、鈍い音を立てて大地を踏みしめていた。
その周囲には、無数の小型ゴーレムの群れ。
「くそっ! なんでこんな時にデュランダルが消えるんだよ!?」
勇者・鈴木裕也は絶望の淵に立たされていた。
町の冒険者たちが総出で魔物の群れを迎え撃つ中、勇者である彼が、一番厄介な敵のボスを担当することになっていた。
そしていざ、敵と戦おうとしたところで、聖剣デュランダルが――
何の前ぶりもなく、手から消えたのだ。
聖剣があれば、余裕で倒せる相手だ。
しかし、聖剣が突如として手元から消えたため、彼は唐突に無力になった。
勇者・鈴木裕也は、生まれつき「聖剣を装備できる」という稀有な才能を持っていた。しかし、それ以外は普通の男子高校生。
体力もなければ、剣術の心得もない。
聖剣の性能に頼り切った戦闘をしていたのだ。
そんな彼が、目の前のモンスターに勝てるわけがない。
「た、助けてくれー!」
裕也は仲間を置き去りにして、魔物から一目散に逃げ出した。
勇者が逃げたことで、冒険者たちの士気はガタ落ちだ。呆然と立ち尽くしていた冒険者たちは、やがて勇者に倣ってみんな逃げだした。
壁の外の畑は、魔物にあらされてしまう。
収穫前の大量の小麦が台無しになった。
この日以降――
「臆病者の勇者」という悪評が、瞬く間にアースガルド中に広まることとなる。




