第38話 剣聖、今日も自分を知らず
五日間の休息を終え、誠一は再び冒険者ギルドへと足を運んだ。
城の地下牢で過ごした日々は、彼の心身を癒やしてくれた。しかし、魔王討伐という重責を背負った身としては、いつまでも休んでいられない。
ギルドの重厚な木製扉に手をかけようとした、その時だ。
背後から荒々しい声が飛んできた。
「おい、あんた! ひょっとして【誠一と愉快な仲間たち】の剣士か!?」
誠一が振り返ると、そこにいたのは、いかにも歴戦の冒険者といった風貌の屈強な男たちだ。体格の良い彼らは、くたびれた革鎧を身につけ、腰には使い込まれた剣を提げていた。彼らの目は、期待と、そしてどこか探るような光を宿している。
「いえ、違います。俺はそのパーティの【荷物持ち】ですよ」
誠一は、いつものように正直に答えた。
彼の言葉に、男たちは露骨に肩を落とす。
「だから言ったろ、アレじゃないって。あんな地味なオッサンが、凄腕の剣士なわけねーだろ」
「だよなぁ。だとすると、噂の剣士は、どこであいつらと合流するんだ? まさか、依頼を受けてから現地で合流とかか?」
「何とか引き抜きたい……うちのパーティ、ちょうど剣士を募集してたところなんだ。報酬はいくらでも出すって言ってるんだが、全く姿を見せないんだよなぁ」
男たちは、誠一の目の前で熱っぽく話し続けていた。
深く考えることもなく、彼らはギルドの中へ入っていく。その背中には、焦燥のようなものが貼り付いているように見えた。
彼らの会話は、誠一の耳には、ただの冒険者たちの他愛ない噂話としてしか響かなかった。
(何やら剣士を探しているようだが、荷物持ちの俺には関係ないか……)
誠一は首を傾げながら、ギルドの扉をくぐった。
ギルドの中は、朝から冒険者たちの喧騒で満ちている。酒の匂いと汗の混じった熱気がこもり、情報交換や依頼の相談をする声がざわめいていた。
この五日間、リムムメイルたちはギルドの食堂や酒場で、自分たちの「大活躍」を吹聴して回っていた。
数百匹のゴブリンの群れをたった四人で壊滅させたという話は、瞬く間にギルド中に広まった。
しかし、その話を聞いた冒険者たちは、当然のように疑問を抱く。
「ポンコツ三人組と、ただの荷物持ちのおっさんが、ゴブリンの群れ数百匹を討伐できるわけがない」
これが彼らの共通認識だった。
「きっと、凄腕の冒険者が加わっていたんだ」「ほかにも、仲間がいたわけか」「だとすると、あの魔剣士ベリアルを退けたという噂の【地下牢の剣聖】が!」
そんな推測がギルドの片隅で囁かれ始め、やがて確信へと変わっていった。
王城を襲撃した魔剣士ベリアルを、【地下牢の剣聖】が退けたという噂は広まっているのに、町の者は誰もその姿を見たことがない。
その謎めいた存在が誠一たちのパーティーに加わっていたとすれば、あの途方もない戦果にも納得がいく。
かくして、「あのパーティに、噂の地下牢の剣聖が加わっていたのでは?」という推理が、ギルド中の冒険者たちの間でなされることになった。
地下牢の剣聖を仲間に加えれば、パーティの戦力の大幅な底上げになることは明白だ。
冒険者たちはこぞって「地下牢の剣聖」を探し回っていた。ギルドの掲示板の前、酒場のカウンター、食堂のテーブル……至る所で「剣聖」を探す声が聞こえる。
しかし、誠一の見た目はただの荷物持ちのオッサンなので、誰も彼が剣聖だとは気づかない。そして誠一も、みんなが自分を探し回っているとは知らないので、名乗り出ることはなかった。
冒険者としての彼は、あくまで「荷物持ち」なのだ。
***
冒険者ギルドの食堂には、すでに三人の仲間がそろっていた。
窓際の席で足をぶらぶらさせるリムムメイル。テーブルに突っ伏したルーナル。そして、腕を組み、不機嫌そうに誠一の姿を探すシルフィーネ。
いつもの光景だ。
誠一が彼女たちのテーブルに近づくと、リムムメイルが真っ先に気づき、元気いっぱいに手を振った。その緑色の長い三つ編みも、手と一緒に揺れている。
「おじさん! おっそーい! もう、待ちくたびれたよぉ~!」
リムムメイルが頬を膨らませて不満げに言う。
その言葉には確かに「遅い」という不満が込められているが、それ以上に再会を喜ぶような親愛が感じられた。
ルーナルが、ぼそっと、しかしはっきりと聞こえる声で呟いた。
「……おじさんの癖に、なまいき……」
彼女は相変わらず誠一と目を合わせようとしないが、その声には、どこかホッとしたような響きがあった。
シルフィーネは、誠一の姿を認めると腕組みを解き、背筋を伸ばした。
「使用人たるもの、主人を待たせてはいけませんわ! まったく、このわたくしをこれほど待たせるとは、度胸がありますわね、この豚が!」
彼女のセリフの字面は相変わらず辛辣だが、その言葉には、どこか誠一に対する親愛と、そしてわずかな甘えがこもっていた。
誠一は三人の言葉を聞きながら、彼らが自分を仲間として受け入れていることを実感し、少しだけ胸が温かくなった。
この奇妙な絆が、彼にとっては心地よかった。
「お待たせしてしまったようですね。遅れてすみません」
誠一は素直に謝罪した。
「それで、次はどの依頼に挑戦するんですか?」
誠一はテーブルの上に広げられた三枚の依頼書に目をやり、三人に尋ねた。
どれも、難易度の高いDランク以上の依頼だった。
一枚目:
【忘れ去られた古道の調査と魔物駆除】
難易度: Cランク
内容: 近年、利用されなくなった古い街道が魔物の巣窟となっているとの報告があります。旅人の安全確保のため、古道の状況を調査し、道中に潜む魔物を駆除してください。特に、奇妙な幻覚を見せる魔物の目撃情報もあります。
二枚目:
【迷いの森で伝説の薬草採取】
難易度: Aランク
内容: 町の治療院が、不治の病に効くとされる伝説の薬草「月影草」を求めています。月影草は「迷いの森」の奥深くにしか生息せず、森には凶暴な魔物や強力な幻覚を引き起こす植物も存在するため、熟練の冒険者パーティーでの探索が推奨されます。
三枚目:
【幽霊屋敷の怪奇現象調査と退魔】
難易度: Dランク
内容: 町の郊外にある古い貴族の屋敷で、夜な夜な奇妙な音が聞こえ、物が浮き上がるといった怪奇現象が報告されています。調査を行い、原因を特定し、もし魔物や幽霊の仕業であれば退治してください。
誠一たちのパーティーは、先日ゴブリンの群れ討伐という「大金星」を挙げた功績で、FランクからDランクへ飛び級している。
しかし、それはあくまで結果論であり、彼らの実力はDランクの依頼を受けるにはあまりにも心許ない。
だが、彼女たちは自分たちの実力に見合わないランクの依頼を受ける気でいるようだった。
「ねぇねぇ、おじさん、どれがいいと思う? あたしは、迷いの森で伝説の薬草採取がいいな! なんか、ロマンがあるじゃん!」
リムムメイルが目を輝かせながら二枚目の依頼書を指差した。
その瞳は、まさに冒険への憧れそのものだ。
「……これだけは絶対にダメ、幽霊屋敷とか怖いから……」
ルーナルが、三枚目の依頼書をじっと見つめながら怯えた様子で呟いた。
顔色は青ざめ、本当に嫌そうなのが伝わってくる。ネクロマンサーなのに幽霊屋敷が怖いらしい。
「わたくしは、古道の調査と魔物駆除がよろしいかと。道中の魔物を一掃し、わたくしのアークライト家の名声を高めるには、手頃な依頼ですわ」
シルフィーネが、一枚目の依頼書を指でトントンと叩いた。
彼女の表情は、どこか自信に満ちている。
三者三様の意見に、誠一は頭を抱えた。
どれもこれも、今の彼らにとっては危険極まりない依頼だ。しかし、彼女たちの期待に満ちた瞳を見ていると、反対意見など言えなかった。
(一番危険度の低そうな幽霊屋敷の調査は、ルーナルさんが嫌がっている。すると残り二つから選ぶしかないか、でも――もっと慎重に、レベルの低い依頼を引き受けたいんだが、またそうやって反対すると、ノリの悪い奴だと思われかねない)
誠一は、胃の痛みを覚えながら、次の冒険の選択を迫られていた。




