第37話 剣聖、姫と王妃の指導役となる
冒険者としての初任務を終え、つかの間の休息を得ていた誠一は、城の地下にあるVIPルームでくつろいでいた。やわらかな照明が室内を照らし、磨かれた石造りの壁に淡い影を落としている。
コンコン、と控えめなノック音が響いた。
硬すぎず、かといって軽すぎない、品のいい音だ。
「誠一さま、少しよろしいでしょうか?」
扉の向こうから、甘く可愛らしい声が聞こえてくる。
誠一が「どうぞ」と声をかけると、古びた鉄製の扉が、ギィィと低い音を立てて静かに開いた。
そこに立っていたのは、いつもの豪華絢爛なドレスではなく、動きやすい生成りの訓練着に身を包んだアリア姫だった。
照明の光を反射する金色の髪は、頭の後ろで一本にまとめられていた。そのポニーテールが活動的な印象を与え、彼女の頬は何かを期待するように、わずかに上気している。
「誠一さま、わたくしにも剣を教えてくださいませ!」
アリア姫は宝石のようにきらめく瞳で誠一を見上げ、深々と頭を下げた。
どうやら、誠一が騎士のシルヴィアを指導している話を聞きつけ、羨ましくなったらしい。
誠一は「荷物持ち」の冒険者であると同時に、この国のピンチを救った「剣聖」でもあるのだ。
「もちろん、いいですよ」
誠一は快く応じた。
アリア姫が実際に剣を振るう機会などそう多くはないだろう。本格的に教える必要はないため、騎士のシルヴィアを指導するよりもずっと気が楽だった。
「では、素振りから始めましょうか」
誠一が腕組みをして言うと、アリア姫は元気よく返事をした。
「わかりましたわ、誠一さま!」
アリア姫は、木でできた60cmほどの練習用の剣を構え、ぎこちない手つきで素振りを始めた。シュッ、シュッと空気を切り裂く乾いた音が、静かなVIPルームに響く。
誠一は、偉そうに腕を組み、彼女の素振りを見守った。
(相変わらず姫様は、可愛いなぁ……。あの小さな体で一生懸命に剣を振っている姿が、たまらない)
専門的な剣術のことなど全く分からない誠一は、ただ、アリア姫が可愛らしいとしか思えなかった。彼女の一つ一つのぎこちない動作、わずかに揺れる金色のポニーテールが、誠一の目には愛らしく映る。
しばらく素振りを続けた後、アリア姫がピタリと動きを止め、誠一に尋ねた。
「どうですか、誠一さま? わたくしの剣筋は?」
誠一は満面の笑みで答えた。
「かなり、筋がいいですよ! この調子で続ければ、すぐに上達しますね!」
「本当ですの! やったぁ!」
誠一の露骨なお世辞に、アリア姫は素直に、そして全身で喜びを表現した。
その曇りない、太陽のように無邪気な笑顔が、誠一の心に癒やしをもたらす。
それから誠一は、アリア姫に密着して指導を始めた。
「ここは、こう握って、こう身体を動かすといいですよ」
誠一は、指導と称してアリア姫の小さな、しかしすべらかな手に軽く手を添えたり、腕や肩に触れて体の動かし方を教えたりした。
間近で見るアリア姫の可憐な顔立ち、微かに香る甘い花の匂いに、誠一のよからぬ欲望がむくむくと湧き上がってくる。
彼は、アリア姫のぷりっとしたお尻や、訓練着越しにもわかる控えめな胸の感触を確かめたくなってきた。
しかし、それはできない。
そんなことをすれば、『剣聖・誠一』に対するアリア姫の純粋な尊敬が失われてしまうかもしれない。
(くそっ、触りたい! でも、触っちゃダメだ! せっかく、こんなに純粋な瞳で慕われているんだ。この関係を壊したくない! 剣聖に対する姫様の尊敬を、汚すわけにはいかんのだ!)
誠一の中で、抑えきれない煩悩と、世間体という見栄、そしてかすかな良心が激しくぶつかり合う。幸い、今のところは「体裁」と「良心」が勝っているので、彼は過ちを犯さずに済んでいた。
誠一は完璧な紳士を装い、内心の汗を隠しながら、真面目な顔で指導を続ける。
***
指導の最中、再びコンコンとノックの音が聞こえた。
今度は、もっと重厚で、少し威厳のある響きだ。
「アリア、誠一さん。わたくしも、仲間に入れてくださらないかしら?」
扉が開き、そこに立っていたのは、優雅な笑みを浮かべたセレニア王妃だった。
彼女もまた、動きやすい訓練着姿に着替えている。
しなやかな体つきに沿う訓練着は、その完璧なプロポーションを際立たせ、揺るぎない美しさを少しも損なっていない。
「お母さま!」
アリア姫が嬉しそうに王妃に駆け寄る。
王妃はにこやかに頷き、剣を手に取った。その手は細く、白い。
「わたくしも、やってみようかしら」
セレニア王妃はアリア姫に代わって剣を構え、素振りを始めた。
しかし、その動きは見るからに不慣れでぎこちない。
素人の誠一から見ても、正直に言って下手だった。剣の軌道は不安定、木刀の重さに振り回されて体が泳ぐ。……洗練された動きとは程遠い。
「どうですか、誠一さん?」
王妃が少し照れたように、誠一に視線を向けた。
誠一は、あまりの下手さに思わず苦笑いを浮かべたが、流石に正直な感想は言えない。
誠一は見かねて指導に入る。
「えっと、ここは、こうしてですね。剣はこう、もっとしなやかに……」
誠一は王妃の背後に回り込み、その腕を取り、剣の動きを教えた。
王妃の柔らかな肌が誠一の腕に密着する。訓練着越しにもわかる豊満な胸が、誠一の腕に触れるたびに、柔らかな感触を伝えてきた。
(う、うわぁ……! めちゃくちゃいい匂いがする……! アリア姫の甘い香りとは違う、もっと深みのある、熟れた果実のような、大人の甘く濃厚な香りだ……!)
我慢し続けているせいで、誠一の欲望は沸点に達しつつあった。
彼は、王妃の丸みを帯びたお尻や、豊かな胸を触りたくなった。
理性のタガが外れかけている。脳裏には、いけない想像が次々と浮かび上がり、頭の中は真っ白になりそうだ。
その時、アリア姫がハッとしたように言った。
「そうだわ、誠一さま! わたくし、そろそろ勉強の時間でしたわ!」
アリア姫は剣を置くと、王妃にぺこりと頭を下げた。
「早く部屋に戻らないといけません。――では、お先に失礼いたします、お母さま、誠一さま!」
アリア姫は足早に自室へと帰っていった。
部屋には、誠一とセレニア王妃の二人だけが残された。
室内は急に静まり返り、二人の息遣いだけが、妙に大きく聞こえた。王妃の趣味で取り付けられた壁にかかる燭台の炎が、わずかに揺れる。
「二人きり、ですわね」
セレニア王妃が艶やかな声で、誠一の耳元に、息がかかるほど近くで囁いた。
その視線には、何かを誘うような響きがある。獲物を見定めた獣のような、しかし抗いがたい魅力に満ちた視線だった。
「そ、そうですね……」
鈍い誠一にも、それが何を意味するかは分かった。
彼の顔は再び赤くなる。耳まで熱くなり、自分の鼓動がドクドクと大きく響いているのがわかる。
「わたくし、少し汗をかいてしまいましたわ。お風呂をいただいてもよろしいかしら?」
王妃が、誠一の反応を興味深そうに伺うように言った。
「どっ、どうぞ!」
誠一は、やや上ずった声で答えた。
「誠一さんも、ご一緒にどうですか?」
王妃が、にこやかに、しかし確信犯的な笑みを浮かべて誘ってきた。
「はいっ、喜んでっ!」
誠一は、考えるよりも早く答えていた。
彼の顔はもう真っ赤である。
湯気のように顔から熱が立ち上り、全身が火照る。
バスルームへと向かうと、脱衣所には誠一と王妃の水着が用意されていた。
二人はそれに着替えて、広々とした湯船に身を沈めた。
コンプライアンス対策は、ばっちりである。
湯気が立ち込め、周囲の景色をぼんやりと霞ませる。湯の表面には、わずかに光が反射し、きらめいていた。
二人はお互いの背中を流し合い、訓練でかいた(ほとんど誠一のスケベ心でかいた)汗を流した。
温かい湯が肌を包み込み、心身の疲れをじんわりと溶かしていく。
他愛ない会話を交わす。セレニア王妃のしっとりとした美しい背中、絹のような滑らかな肌を流しながら、誠一は得も言われぬ幸福感に包まれていた。
湯につかり、汗を流し、すっきりしてから風呂から出る。
誠一は心身ともに満たされていた。
休養はばっちりだ。
「よし、明日からまた、冒険を頑張るか!」
次の冒険が、誠一を待っている。




