第34話 おっさんパーティー、まさかの大金星?
森の奥深く、無数のゴブリンの死体が累々と横たわる中、誠一は手に持った刀を静かに鞘に収めた。
あたりには血と土の匂いが混じり合い、激しい戦いの余韻がまだ生々しく漂っている。木々の間から差し込む夕陽が、ゴブリンの返り血でぬかるんだ地面を赤く照らしていた。
「ふぅ……なんとか、切り抜けたな」
誠一は疲労困憊といった様子で息を整えた。
彼のローブはゴブリンの返り血で赤黒く染まり、まるで激戦を物語っているかのようだ。その背後では、三人の少女たちが安堵と、そして誠一に対する尊敬の眼差しを向けていた。彼女たちの顔にも、土埃と疲労が色濃く浮かんでいる。
「今日はもう遅いので、町に帰りましょうか?」
誠一が呼びかけると、三人は待ってましたとばかりに賛成した。
「だよねー! これだけモンスターを倒したんだし、もう戻ってもいいよね! なんか、すっごい疲れたし!」
リムムメイルが疲れ切った顔で、しかし元気いっぱいに言った。
彼女の弓は土埃と泥で汚れ、弦が少し緩んでいるように見える。
「……うん、きっと、大儲け……」
ルーナルが消え入りそうな声で呟いた。
その瞳には、わずかながらも報酬への期待が宿っているように見えた。薄暗い森の中で、その光だけが微かにきらめく。
「みなさん! これしきの成功で、満足していてはいけませんわ! わたくしのアークライト家は、もっと大きな功績を上げていたのですから! とはいえ、このままではわたくしの高貴なローブが汚れてしまいますし、早くお風呂に入りたいので、町に戻るのは賛成ですわ!」
シルフィーネはいつもの高慢ちきな口調でそう言い放ったが、その顔には疲労の色が色濃く浮かんでいた。彼女の純白のローブも、あちこちが泥で汚れて茶色く変色している。
こうして一行は町へ戻るため、北へと森道を歩き出した。
夕闇が迫り、森の影が次第に濃くなっていく。
道中、誠一はふと疑問に思ったことを口にした。
「そういえば、魔石とかは回収しなくてもいいんですか? 魔物って、倒したら魔石を落とすものだとばかり思っていたんですが……」
ゲームや漫画で得た知識を基に誠一が尋ねたが、リムムメイルは首を傾げた。
「魔石って? なんでモンスターがそんなの持ってるの……?」
エルフ少女が純粋な疑問顔で聞き返す。
どうやらこの異世界のモンスターの身体には、魔石は存在しないらしい。誠一は異世界あるあるが通用しないことに、少しだけ肩を落とした。期待していたものが外れると、やはり残念な気持ちになる。
「えっと、ではどうやって、我々が魔物を討伐したことを証明するのでしょうか? ギルドに報告する時に、何か証拠が必要なんじゃ……」
誠一がさらに疑問を尋ねると、ルーナルが呆れたようにため息をついた。
その吐息は、疲労のせいか、いつもよりさらに小さく、消え入りそうだった。
「……どうやっても何も、ギルドでカードを渡せば、実績に応じて報酬を貰える……」
根暗少女はまるで馬鹿を見るような目で誠一を見つめながら、ドライに言った。冒険者カードは討伐情報も自動的に記録されていて、ギルドにある魔道具に読み込ませれば討伐証明になるらしい。
「そんなことも知らないとは、下僕失格ですわね! 依頼書はあくまで、どのような依頼があるかを周知するもの。そして受付で応募状況を把握し、冒険者間の仕事の割り振りをスムーズに行うのです。依頼を受けていなくても、倒せば評価されますわ! 覚えておきなさい、この愚か者!」
シルフィーネが自慢げに説明してくれた。
彼女の顔には「わたくしはこんなことも知っているのよ」という優越感が浮かんでいる。鼻の穴を広げ、得意げな表情がわずかに見える。
「なるほど、そういうものなのですね……。しかし、これだけしか持ってこれなかったのは、もったいなかったですね」
誠一はゴブリンの死体の山を思い出しながら、残念そうに呟いた。
ゴブリンは大量の粗末な武器をドロップしていたので、それを持って行って町で売れば、そこそこの金になると誠一は考えていたのだ。
だが、武器を持ってきたのは誠一だけだ。
誠一はゴブリンからスティールした刀を腰に差し、拾った剣を三本と、ナイフ五本をズタ袋に入れて背負い、疲れた体にムチ打ち持ってきていた。
ゴブリンからスティールした刀は、ゴブリンを倒したので誠一のものになったらしい。十分が経過しても、元の持ち主のところには消えずに、誠一の手にあった。ずっしりとした金属の重みが、手のひらに食い込む。
他の女性陣は、一つも武器を持っていない。
「だって、重いしぃ~」
リムムメイルが腕をぶらぶらさせながら言った。
その声には、もうこれ以上は無理だという諦めが滲んでいる。
「……重くて持てない……」
ルーナルが力なく呟く。
彼女の細い腕では、確かにあの粗末な武器ですら重荷だろう。
「あんな重いもの、わたくしの高貴な腕で持てるわけありませんわ! 下僕の仕事でしょう、それは!」
シルフィーネが鼻で笑い飛ばすように言った。
その言葉には迷いがなく、当然だと言わんばかりだった。
確かに重たい。
誠一も、これだけの武器を持ってくるのはかなり骨が折れる作業だった。彼の肩に紐が食い込み、鈍い痛みが走る。
町に着いた一行は、ギルドに行く前にまず鍛冶屋に寄ることにした。
門をくぐると、人の話し声や賑やかな町の音が耳に届く。
誠一は重かった武器を早く売りたかったのだ。鍛冶屋の親父は、汗で光る額を拭いながら、誠一が持ち込んだ大量のゴブリン武器を検分し、無事に買い取ってくれた。金属がぶつかり合う鈍い音が店内に響く。
「良かった。骨折り損にならずに済んだ」
そのおかげで、誠一の財布は少しだけ潤った。
銅貨35枚が手に入り、誠一の資産は銅貨45枚になった。ずしりと重くなった小銭の感触が心地よい。
「皆さんも、持ってくればよかったのに」
「重いからヤダ」「……重いから無理」「重いから運べませんわ」
女性陣は口々に不満を漏らし、相変わらず武器を運ぶ気はないようだった。
***
その後、一行は冒険者ギルドに入り、受付へと向かった。
ギルド内は冒険者たちの喧騒でごった返している。埃っぽい空気と、汗の匂いが混じり合う。カウンターには、いつものようにギャル受付嬢のミリリィが座っている。
「ただいま戻りました~! 魔物討伐の報告です!」
リムムメイルが元気いっぱいに声をかけた。
ミリリィは端末から顔を上げ、誠一たちの姿を捉えた。彼女の視線が、誠一の返り血で汚れたローブと、その背後に立つ疲労困憊の少女たちを捉える。わずかに顔をしかめるのが見えた。
「あら、おじさんたち、お帰り~! てか、なんかボロボロ? まさか、薬草採取でそんなに頑張ったとか? マジウケるんですけどぉ?」
ミリリィはいつものギャル口調で冗談めかして言った。
彼女の顔には、どこか安堵した笑みが浮かんでいる。誠一の無事の帰還を、純粋に喜んでいるのだ。
しかし、魔道具にカードを読み込ませた瞬間、魔道具が青白い光を放ち、ミリリィの目が大きく見開かれた。彼女の瞳孔が開き、顔から血の気が引いていくのが見て取れる。
「うそ、おじさんたち……マジで!? これ、西の森で大発生してたゴブリンの群れ、倒したってこと!? え、故障、うそでしょ? ギルドの腕利き総出で、討伐する計画を立ててたところなんだよ?!」
ミリリィの声が、ギルド中に響き渡った。
彼女の声は上擦り、驚きで真っ青になった顔にはいつもの余裕はどこにもない。彼女のギャル語も、興奮のあまり、いつも以上に早口になっていた。周囲の冒険者たちのざわめきが、一瞬で静まり返る。
誠一たちは、ミリリィの驚きぶりに、何がなんだか分からず、ただ首を傾げるばかりだった。
彼らは、自分たちがとんでもないことを成し遂げたとは、まだ気づいていなかったのだ。ギルドの天井から吊るされたランタンの灯りが、彼らの無垢な表情を照らしている。




