第31話 ポンコツパーティー、早くも迷子でピンチ!?
冒険者ギルドの重い木扉を後にし、新米冒険者チームは町はずれの西の平原を目指して歩き出した。
空は抜けるような青さで、遠くの山々が輪郭をくっきりと見せている。心地よい風が土埃を巻き上げ、草の匂いを運んできた。
先頭を行くのは、陽光に輝く緑色の髪を三つ編みにした能天気なエルフの弓使い、リムムメイルだ。
彼女は得意げに広げた古びた地図を片手に、スキップでもしそうな軽やかな足取りで進んでいく。
その後ろを、フードを深く被った根暗なネクロマンサー、ルーナル・ルナルミーが幽霊のように静かに、そして不安げな表情で続く。
視線は常に地面に落とされ、足元ばかり気にしている。
最後尾には、くたびれたローブを羽織った元貴族令嬢の魔術師、シルフィーネ・アークライトが、どこか不機嫌そうに腕を組み、砂利道を蹴るように歩いていた。
そして、彼女らの「荷物持ち」として、誠一が水袋を背負って付いていく。
背中の水袋が揺れるたび、わずかに水音が響いた。
***
「そういえばさ、パーティーの『チーム名』ってつけなきゃいけないんだよね? なんか、かっこいいのがいいなー!」
リムムメイルが、歩きながら弾んだ声で雑談を始めた。
その声が、広がる青空の下、静かな街道に朗らかに響き渡る。
「ああ、それなら、適当につけておきましたよ」
誠一は、ごく自然に、事もなげに答えた。
荷物持ちといっても、彼が持っているのは水筒一つだけだ。
近場なのでテントや食料もいらないだろうという彼女たちの節約志向により、冒険者ギルドで購入したのは携帯用の水だけだった。
パーティーメンバーは皆、驚くほど貧乏なので、節約志向が強いのである。
ちなみにその水も、誠一が銅貨10枚で購入したものだ。
これで誠一の資産は、残り銅貨10枚になってしまった。財布の中でたった数枚の銅貨が、ジャラリと虚しく鳴り、その音だけがやけに大きく響いた気がした。
「適当、ですって? このわたくしが所属する高貴なるチームなのですよ。適当に付けるなど、許せませんわ!」
シルフィーネが、眉を吊り上げて高慢ちきに抗議した。彼女のプライドが、誠一の「適当」という言葉に許容できないと叫んでいるようだった。
その声には、微かに怒りが滲んでいる。
「……ちなみに、なんて名前なの、おじさん?」
ルーナルが、フードの奥から不安げな瞳を誠一に向け、消え入りそうな声で尋ねた。彼女もさすがに気になったらしい。
「あっ、はい、名前ですね。適当にその場で思いついた【誠一と愉快な仲間たち】という名前にしておきました!」
誠一は、どこか得意げに胸を張った。
彼にしては、なかなかセンスがあると思ったのだ。しかし、その言葉を聞いた三人の少女たちは、全く同じリアクションを取った。
「「「……は?」」」
リムムメイルは目を見開き、ルーナルはさらに小さく縮こまり、シルフィーネは口をあんぐりと開けて固まった。
広がる街道に、しばしの沈黙が訪れる。その間、風が吹き抜け、道の脇の枯れ草がカサリと乾いた音を立てた。
「あのさぁ、おじさん……それはないって。マジでセンスないから! もっとキラキラしたやつとか、強そうなやつとかさぁ!」
リムムメイルが、呆れたように、しかしストレートに誠一に突っ込んだ。
彼女の緑色の三つ編みが、苛立ちに揺れる。
「……自分の名前をつけるとか、どんだけ好きなの? 自分のこと……」
ルーナルが、フードの奥でゴニョゴニョと呟く。
その声は小さく、誠一にははっきりと聞き取れなかったが、なんとなくバカにされているのは伝わった。
「ありえませんわ! そんな糞ダサい名前を付けるなんて! わたくしの高貴なる血が汚れますわ!」
シルフィーネは、憤慨した様子で誠一を指差した。
その顔は怒りで真っ赤になり、頬が僅かに痙攣している。散々な言われようである。誠一は、少しだけムッとした。
「そうは言いますけど、このパーティに一番貢献しているのは俺ですよ? この水だって、俺の持参金で購入しているんですからね!」
誠一は、彼にしては頑張って言い返した。
しかし、彼の反論は、少女たちには火に油を注ぐ結果となった。
「ここでお金のこと持ち出すとか、ありえなくない? そんなだからモテないんだよ、おじさん」
リムムメイルが、容赦なく諭すようにいった。
その言葉は、誠一の心にグサリと突き刺さる。
胸の奥がチクリと痛んだ。
「……最悪、死ね……」
ルーナルが、誠一の顔色を見て、さらに小さな声で呟いた。
その言葉の刃は、誠一の精神を確実に削っていく。
「使用人の分際で口答えなんて、何様のつもりですか、この豚は? わたくしが金持ちだった頃なら、即刻打ち首ですわよ!」
シルフィーネが、顔を真っ赤にして罵倒した。
その剣幕に、誠一は完全にたじろぐ。
彼の直感が身の危険を知らせる。
「あの、ごめんなさい。調子に乗ってました……」
誠一は、すぐに謝罪した。彼らに逆らうことは、今のところ得策ではないと本能的に悟ったのだ。
***
しょんぼり肩を落とす誠一。
彼が頭を下げていると、ふと、周りの景色がこれまでと違うことに気づいた。
舗装された街道はいつの間にか獣道のように細くなり、道の両脇には背の高い木々が鬱蒼と生い茂っている。
木漏れ日もほとんどなく、周囲は薄暗い。鳥のさえずりも聞こえず、ただ土を踏む自分たちの足音だけが響く。
湿った土と、どこかカビ臭いような森の匂いが鼻をついた。
(あれ? おかしいな?)
目指すは町はずれの西の平原だったはずだ。
平原といえば、見渡す限りの開けた場所のはず。
なのに、ここは森の奥深くのような雰囲気だ。
(この先に、平原があるのかな? それとも、近道とか?)
誠一はそう思いながらも、疑問を指摘せずに先を歩く少女たちについていく。
疑問に感じたが、彼の視線は前を歩く少女たちのヒップに吸い寄せられていった。丸みを帯びたそのラインから、目を離すことができなかったのだ。
さらに進むと、森の木々がぱたりと途絶え、切り立った崖が現れた。
まるで巨大な岩壁が森を食い止めるかのように、行く手を容赦なく遮っている。
風が崖の表面を撫でるように吹き抜け、ザラついた音を残しながら足元の落ち葉を巻き上げる。
行き止まりだ。
「あれ? おっかしいなぁ~~」
リムムメイルが、地図をひっくり返しながら首を傾げた。その顔には、困惑の色が浮かんでいる。額にはうっすらと汗がにじみ、緑色の髪が額に貼り付いていた。
「……ひょっとして、道に迷いましたか?」
ルーナルが、震える声で尋ねた。
彼女の不安げな瞳が、誠一をちらりと見る。
その手は、いつの間にかローブの裾を固く握りしめ、僅かに震えていた。
「なんですって! この私が迷子!? ありえませんわ! しっかりナビゲートなさい、下僕!」
シルフィーネが、誠一に責任を押し付けるように怒鳴った。
彼女の指が震えているのが見て取れた。
その声には、苛立ちと焦りが混じっている。
【誠一と愉快な仲間たち】は、結成早々、早くも道に迷ったのだった。
***
「あ~、やっぱり、平原に向かっているはずなのに、木が増えてきたからおかしいなとは思っていたんだよな……」
誠一が、少し前に気づいていたことを、今更になってポツリと呟いた。
「ちょっと! それなら早く言ってよ、おじさん! なんで黙ってたのさ!」
リムムメイルが、ぷんぷんと怒りながら誠一を問い詰める。
彼女の緑色の三つ編みが、怒りに合わせて揺れる。
「……ひょっとして、私たちのお尻に夢中になってたとか? そんな最低な理由じゃないよね?」
ルーナルが、いつになくハッキリとした口調で誠一を問い詰める。
やましいところのある誠一は、彼女から目をそらした。口の中がカラカラに乾き、唾を飲み込むのも億劫だった。
「下僕失格ですわね。迷子になるなど、言語道断です!」
シルフィーネが、さらに追い打ちをかけるように言った。
その声は鋭く、誠一の心を抉る。
女の子三人に責められて、誠一は完全にたじろぐ。
彼の心は、ボロボロになっていく。
まるで、彼らの罵倒が物理的な攻撃のように感じられた。
「と、とにかく、来た道を戻りましょう! 大丈夫、大丈夫!」
誠一は、なんとか平静を装って言った。
しかし、その声はわずかに上ずっていた。額には冷や汗が滲んでいる。
(おかしいぞ。ハーレムパーティって、こんな感じなのか? 唯一の男性メンバーである俺は、もっとちやほやされて、モテるんじゃないのか……?)
おっさんの愚かな甘い夢は、開始早々に打ち砕かれた。
そして、誠一たちが来た道を戻ろうと振り返った、その先に――
「ギッ……ギギギッ……!」
乾いた、粘膜を擦るような不気味な鳴き声が、森の奥から響いた。
茂みの陰から、緑色の肌をした三匹のゴブリンが現れる。
彼らは粗末な、木の皮が剥がれ落ちたような棍棒を構え、剥き出しの牙を鈍く光らせていた。深紅の瞳が、血のように濁り、誠一たちを獲物と見定めている。腐った獣の毛皮のような生臭い匂いが、風に乗って彼らの鼻腔を刺激した。
誠一たちポンコツチームに、早くも絶体絶命のピンチが訪れた。
リムムメイルは弓を構えようとしたが手が震え、ルーナルはさらに身を縮め、シルフィーネは顔を青ざめさせている。
誠一は、ただ茫然とゴブリンを見つめるしかなかった。




