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『おっさん、異世界でヒモになる ~パンツを盗んだら、なぜか女神と姫と王妃と女騎士に懐かれました~』  作者: 猫野 にくきゅう


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第30話 ポンコツ冒険者チーム、始動!

 冒険者ギルドの一番奥まったテーブル席。

 使い込まれた木製の天板には、先客が残したビールの染みが黒くこびりつき、かすかに古酒の匂いが漂う。


 誠一は、その向かいに座る3人の美少女たちを見つめていた。

 薄暗いギルドの窓から差し込む午後の柔らかな光が、彼女たちの髪をわずかに照らし、その輪郭を際立たせる。


 誠一の脳裏には、「ハーレムパーティ」という、いささか不純な妄想がちらついていた。


「それで、みなさんは古くからの仲間なんですか? ……ぐへへ」


 誠一は、喉の奥で笑い声を押し殺しながら、ごく自然な流れでメンバーの個人情報を探ろうと問いかけた。


 しかし、彼の言葉を遮るように、元気なエルフの少女、リムムメイルが明るい声を弾ませた。その声は、ギルドのざわめきの中でもはっきりと耳に届く。


「んーん、募集見て、今日結成したばっかりなんだ! だからみんな今日初めて会ったんだよ! おじさんもでしょ?」


 リムムメイルは、くるくると表情を変えながら、満面の笑顔を誠一に向けた。

 その純真な、翡翠のような瞳に、誠一は内心の戸惑いを隠せない。彼女の無邪気さが、誠一の不純な思惑を軽々と打ち砕いていく。


「条件で【職業不問】だったのが、この4人なわけね……」


 根暗なネクロマンサーの少女、ルーナル・ルナルミーが、深く被ったフードの奥から消え入りそうな声でそっと推察した。

 彼女は常に俯きがちで、誠一と目を合わせようとしない。その顔には、どこか影が落ち、表情を読み取ることが難しい。


「わたくしは他の冒険者からも求められましたわ。なにしろ魔法使いですから! まあ、なぜか追い出されましたけど……ええ、なぜでしょうね?」


 元貴族令嬢の魔術師、シルフィーネ・アークライトは、高慢な口調で言い放った後、なぜか語尾が尻すぼみになり、最後は小さな疑問形になっていた。

 彼女の大きな瞳には、確かに「なぜ追い出されたのか、自分でもよくわかっていない」という困惑が揺らめいていた。高貴な身なりとは裏腹に、その表情はどこか不安定だ。


(なるほどね。受付のミリリィさんの言った通り、少しばかり訳ありな人たちのようだ……)


 だが、「ハーレムパーティ」という男のロマンに取り憑かれた誠一は、そんなことは気にも留めない。


 彼の身に危険が迫っていることに気づく前に、リムムメイルが「ポン」と手を叩いて話を切り出した。その軽快な音が、ギルドの喧騒に小さく響き、場の空気を一変させる。


「じゃあ早速だけど、冒険の話をしようか! どの依頼を受ける? あたし、早く活躍したい!」


 彼女の言葉に、ルーナルが小さく頷き、シルフィーネがふんと鼻を鳴らした。

 それぞれの反応が、彼女たちの異なる思惑を示唆する。


「……お金稼がなきゃ、生活費が尽きそう……いっぱいお金が稼げるのが良い……」


 ルーナルは、小声で、しかし切実にそう呟いた。

 彼女の古びたローブの隙間から、わずかに貧相な革袋(財布だろうか)が見えるような気がした。その声には、日々の生活の重みが滲む。


「わたくしに相応しい、歯ごたえのあるものが良いですわ。どうせなら、名前の残るような大仕事をして、アークライト家の名誉を回復したいものですわね!」


 シルフィーネは胸を張り、傲慢な態度で言い放った。

 その目には、現実離れした野心がきらめいている。まるで、目の前のテーブルではなく、遠い空を見上げているかのように。


「だよねだよね! となると、ダンジョン探索とか魔獣討伐が良いよね! ねっ、おじさん!」


 リムムメイルが、元気いっぱいに誠一に同意を求めてくる。

 その勢いに、誠一は思わずのけぞった。


 彼女たちの会話を聞いて、誠一は思わず焦った。


 ダンジョン探索?

 魔獣討伐?


 冗談じゃない。

 今日結成したばかりの即席チームで、そんな依頼を受けるのは無謀すぎる。もっと慎重に行動しなければ、命がいくつあっても足りなくなるだろう。


「ちょ、ちょっと待ってください、みなさん! あの、その、最初はお互いの実力もよく分かっていませんし、まずは一番簡単な依頼から受けて、徐々に難易度を高くしていった方がいいんじゃないですかね? 簡単な依頼なら、確実に収入が得られますし、何より安全でしょう?」


 誠一は、必死に説得しようと身を乗り出した。


 その言葉には、切実な思いがこもっている。

 彼の言葉に、3人の少女たちは顔を見合わせ、そして、深い、深い、ため息をついた。その重苦しいため息が、誠一の焦りをさらに募らせる。ギルドの喧騒の中、そのため息だけが妙に耳についた。


「それもそうかもね。ま、おじさんがそう言うなら、とりあえず、依頼書を見てみようよ!」


 リムムメイルが、あっさりと誠一の提案に乗ってくれた。

 ホッと胸を撫で下ろす誠一。


 4人は連れ立ってギルドの掲示板へと移動した。

 その足取りは、先ほどまでの重苦しさとは一転して、いくらか軽くなっていた。



 ***


 掲示板には、冒険者への依頼が所狭しと張り出されている。

 羊皮紙に書かれた文字がずらりと並び、古びた紙とインクの匂いが微かに漂う。指で触れると、ざらりとした質感があった。


【西の草原で薬草採取】


【南の森でゴブリンの巣が見つかった。注、大規模討伐依頼】


【廃村の幽霊騒動調査】


【下水道に潜む巨大鼠の駆除】


 など、初級から上級まで、様々な依頼が目移りするほど並んでいた。


 誠一は、その中から一番難易度の低いものを注意深く選び出す。

 彼の目は、安全な依頼を探すことに集中していた。


「やっぱり、これじゃないですかね? 【西の草原で薬草採取】。これなら安全ですし、確実に稼げます!」


 誠一は、その依頼書を指差して自信満々に言った。

 しかし、3人の少女たちの反応は、芳しいものではなかった。彼女たちの顔には、明確な不満の色が浮かんでいる。


「え~? おじさん、それなら一人でもできるじゃん。なんか、冒険って感じしないしぃ~」


 リムムメイルが、頬を膨らませて不満げに言う。

 その声には、幼い子供が駄々をこねるような響きがあった。彼女の目が、まるでつまらないものを見るかのように依頼書に向けられている。


「……村に帰って妹に自慢できない……」


 ルーナルが、さらに声を小さくして呟いた。

 彼女の瞳には、ほんのわずかな不満の色が浮かび、すぐに消えた。その声は、掲示板の紙の擦れる音にもかき消されそうだ。


「みすぼらしいですわね。わたくしの高貴な指を泥で汚すような真似は、極力避けたいものですわ」


 シルフィーネが、鼻で笑い飛ばすように言った。

 その顔には、隠しきれない軽蔑の色が浮かんでいる。彼女は、指先に付いた見えない埃を払うかのように、軽く手を振った。


 誠一は、3人の反応に思わず目眩がした。


 だが、ここで引くわけにはいかない。

 このままでは、彼女たちが無謀な依頼を選びかねない。


「あの、でも、基本ですし! 最初の様子見はこのくらいからの方が、確実に経験を積めるというか、その……」


 誠一は、半ば懇願するように言葉を続けた。

 彼の必死な様子に、3人の少女たちは仕方なさそうに顔を見合わせた。やがて、リムムメイルが諦めたように口を開く。


「仕方ないな~……! ま、おじさんが言うなら、最初の依頼はそれでいいよ! ただし、次はもっと派手なやつね!」


 リムムメイルが、渋々といった様子で同意する。

 その声には、次の冒険への期待が微かに混じっていた。


「……明日もパンだけか、はぁ……」


 ルーナルが、相変わらず消え入りそうな声でため息をつく。

 その小さなため息が、誠一の胸にわずかな罪悪感を残した。


「一つ貸しですわよ、臆病者のおじさま」


 シルフィーネが、上から目線で言い放った。

 その言葉には、侮蔑と、かすかな優越感が滲んでいた。


 誠一は、彼女たちの文句を聞き流し、急いで【西の草原で薬草採取】の依頼書を掲示板から剥がし取った。紙が剥がれる音が、静かなギルド内に響く。


 そして、それを持って受付のミリリィのところへと向かった。

 彼の足取りは、どこか逃げるように速かった。



 ***


「ミリリィさん、この依頼でお願いします!」


 誠一は、依頼書をカウンターに置いた。

 ミリリィは、依頼書を一瞥し、意外そうに眉を上げる。カウンターの木目が、彼女の手のひらの下で滑らかに光を反射していた。


「ふ~ん? 思ったより健全な依頼を選んだじゃん、おじさん。よしよし、えらいぞー」


 ミリリィは、誠一の頭をなでながら、少し意地悪そうに言った。


 その手つきは、どこか子供をあやすようだ。

 そして、誠一たちの冒険者カードと依頼書を受け取り、手早くパーティ登録と依頼の受付を済ませた。カチャカチャと、書類を扱う事務的な音が心地よく響く。


「はい、これで受付完了ね。いい? おじさん。草原には魔物も出るから、薬草採取だからって、甘く見ちゃだめだかんね。魔物が出たら逃げるんだよ。倒せばお金ももらえるし、評価も上がるけど、おじさんには無理だから。無理して死んだら『マジウケるww』って言って笑ってやるから、死んじゃだめだよ」


 ミリリィは、誠一の手をぎゅっと握り、真剣な眼差しで説教した。


 パンツを盗まれて誠一に対する好感度が上がった彼女は、彼の安全を本気で心配しているのだ。


 その瞳には、親身な色が宿り、普段のからかいとは異なる真摯な思いが伝わってくる。誠一は、ミリリィの熱意に押されながらも、力強く頷いた。


「はい! 行ってきます!」


 こうして、荷物持ちの「剣聖」誠一と、ワケアリ落ちこぼれ少女たちの、初めての冒険が、今、始まろうとしていた。


 ギルドの重厚な扉が軋む音を立てて開き、外の眩しい正午の光が差し込む。


 新たな物語の幕開けだ。

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