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『おっさん、異世界でヒモになる ~パンツを盗んだら、なぜか女神と姫と王妃と女騎士に懐かれました~』  作者: 猫野 にくきゅう


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第19話 怒れるおっさん、王様を理不尽に成敗する

 異世界から転移してきたおっさん――

 小山内誠一は、王様の叫び声に反応し、とっさに【スティール】を発動させた。


 狙いはもちろん、誠一と王妃を処刑しようと息巻く国王だ。


(スティールで何が盗めるかは分からない。でも、俺にできるのはこれだけだ。やるしかない!)


 そして誠一の彼は王様から「怒りの感情」を盗み取った。王様の顔から、それまで煮えたぎっていた血の色がスーッと引いていくのが見て取れる。


 【スティール】の効果時間は十分間。

 だが、十分でじゅうぶんだった。王様から怒りを盗み取った誠一は、まるで別人であるかのように、静かに王様を説教し始めた。


「あなた、さっき、なんて言いました?」


 誠一の声は、これまでのどもりがちなそれとはまるで異なり、低く、静かだが、有無を言わせぬ響きを帯びていた。地下牢のひんやりとした空気が、その声の冷たさを際立たせる。


「えっと、その、王妃を国家反逆罪で処刑するぞ、と……」


 王様は怒りを失ったことで、自分が言い過ぎていたことにようやく気が付いたようだ。顔色は急速に赤から青へと変貌した。その目には、静かに怒りを燃やしている誠一に対する怯えの色が浮かんでいる。


 額には、冷や汗がにじみ、玉のようになっていた。


「それは酷いんじゃないですか? 陛下」


 誠一は一歩、王様に詰め寄る。

 その足音は、石の床に小さく、しかし確実に響く。


「いや、それは、だって、王妃が……異世界人のお主に食事を与えているみたいだから、それで……」


 しどろもどろに言い訳を始めた王様に向かって、誠一は握りしめた拳の側面で、すぐ隣の石壁を叩いた。


「黙れ!」


 ――ドンッ!!


 重く、鈍い音が廊下に響き渡る。

 壁にはひびすら入らないが、その音と誠一の気迫は、王様の矮小な心を震え上がらせるには十分だった。王様の肩がビクッと跳ね、まるで操り人形のように後ずさる。


「ひぃいっ……!」


 怒りの感情のない王様は、その気迫に完全に押されてしまう。


 まるで小動物が猛獣に睨まれたかのように、全身を震わせた。


「お腹がすいて困っている俺を助けてくれただけでしょう? 人として立派じゃないですか――処刑なんて、とんでもない」


 誠一は再び静かに王様を諭す。

 その言葉は、まるで厳格な教師が生徒を諭すかのようだ。


「言われてみれば、その通りだ。わかった、王妃の処刑は取り消すから、もう怒鳴らんでくれ……!」


 王様は、完全に誠一のペースに飲み込まれていた。

 顔には懇願の色が浮かび、目は泳いでいる。


「まあ、謝ってくれるのなら、こちらも矛を収めましょう。でも、後から『やっぱなし』とか言わないように、誓約書に一筆書いてもらいますけど、良いですよね?」


 誠一は無表情だ。


 しかし有無を言わせない気迫を込めて尋ねる。その顔には、もし王様が断れば何をしでかすかわからない、そんな危険な光が宿っていた。


「あっ、は、はい! 一筆書きます!」


 王様は必死に頷いた。

 誠一は王様の答えに満足して、ようやく怒りを収めた。


 怒りの感情が消え、いつもの気弱そうなおっさんに戻る。

 途端に、場の緊張感がフッと緩んだ。兵士たちも、息を詰めていたのを忘れていたかのように、小さく肩を揺らした。


 だが、納得できない者もいた。


 王様の後ろに控えていた文官、アルベルトだ。彼はこの異常事態を冷静に観察していた。その眉間には、薄く皺が刻まれ、眼鏡の奥の瞳が冷たく光る。


「お待ちください王よ。そのような約束をしてはいけません。シルヴィア殿、その者を捕らえてこちらに連れてきてくれ。君は王国の騎士、犯罪者を捕らえるのだ」


 アルベルトの要請に、シルヴィアは戸惑う。


 彼女は誠一に密かに恋心を抱いていた。

 しかし、王命と騎士の務めが、彼女の脳内で激しく衝突する。


 そして、王様との交渉に横やりを入れられた誠一は、再び怒り狂った。

 アルベルトの言葉が、彼の逆鱗に触れたのだ。


「黙れ!!」


 ――ドンッ!!


 再び、握りしめた拳の側面で、壁を叩き威嚇する。


 先ほどよりも、さらに強く重い衝撃音が廊下を震わせた。

 石壁から、白い粉がパラパラと落ちる。誠一は語彙力とコミュ力が低いので、同じ言動を繰り返すきらいがあった。


「あなた今、俺のことを犯罪者扱いしましたけど、俺は犯罪など犯していません。ただ少し、パンツを盗んでいただけです!」


 誠一はアルベルトに一歩詰め寄る。

 アルベルトは冷静を装うが、一瞬、顔に動揺の色が走り、口元がピクリと引きつった。額に汗がにじむ。


「いや、それは犯罪を犯しているじゃないか?」


 アルベルトは論理的に反論した。


 常識的に考えれば、その通りだ。

 しかし――


「黙れ!!」


 ――ドンッ!!


 誠一はさらに強く壁を叩いた。


 怒りの感情で満たされた瞳が、アルベルトを射抜く。まるで獲物を狩る猛禽類のようだ。その迫力に、アルベルトの背筋を冷たいものが走った。


「俺がパンツを盗んでいる彼女たちは、俺にパンツを盗まれることを了承しているんですよ。合意の上のパンツ泥棒なんです!」


 誠一の言い分は、どう考えても理屈が通らない。

 しかし、その声には鬼気迫るものがある。理不尽なまでの説得力があった。


「そ、そんな理屈が、通ると思って……」


 アルベルトが反論しようとした、その時だった。


「黙れ!!」


 ――ドンッ!!


 再び、誠一の拳が壁を叩く。

 その衝撃で壁に細かなひびが何本も走り、亀裂が広がったように見えた。


 誠一はただのおっさんだ。

 彼の打撃などたかが知れている。実際にはひびなど入っていないが、気迫でそう見えたのだ。アルベルトは思わず後ずさる。


 その瞳に、ほんのわずかな恐怖が宿る。


「理屈が通るとか、通らないとか、そんなことはどうでもいいんだ!! 肝心なのは、人の心だろうが!!」


 誠一はアルベルトを怒鳴りつけた。


 そのセリフだけを聞けば、まるで正義のヒーローのようだ。


 だが、言っていることは、ただのパンツ泥棒の言い訳に過ぎない。

 しかし、その圧倒的な迫力は、場を支配するには十分だった。周囲の兵士たちも、ごくりと唾を飲む音が聞こえそうなほど、息を殺している。


「アルベルトよ、もうよい、その者の言い分を認めよう。怒鳴られると怖いのじゃ……」


 王様は、誠一に全面降伏した。


 顔色は青ざめ、全身が小刻みに震えている。

 完全に魂が抜けたような表情だ。


 彼の尊厳は、誠一の怒声の前では紙くず同然だった。


 誠一はそんな王様を見下ろし、満足げに微笑むと、今度は手を天にかざして【スティール】を使う。空中に光が収束し、彼の掌には、純白の輝きを放つ、光と水の女神アクア・ディアーナのパンツが、しっかりと握られていた。


 ぴかぁ~~~!


 光と共に、女神アクア・ディアーナが、その場に降臨した。


 彼女はいつも通りの呆れたような顔で誠一を見ている。

 ミディアムショートヘアの水色の髪が、地下牢へと続く通路の薄暗闇に、清涼感をもたらしている。その顔には、美しさの中に、どこか諦めと、ほんの少しの茶目っ気が混ざり合っている。


 誠一は跪いて女神に懇願した。


「女神様! あの者(王様)との間に契約を交わしたく存じます! つきましては女神さまに契約書を作っていただきたく……」


 女神は大きなため息をついた。


 その溜息は、どこか諦めと、ほんの少しの呆れを含んでいる。


「はぁ~~、もう、仕方ありませんね。まったく……こんなくだらないことで女神を呼び出さないでください」


 文句を言いながらも、女神さまは誠一のリクエストした契約書を出現させる。


 羊皮紙に書かれた契約書は、神聖な光を放っていた。

 女神の作った誓約書に、誠一と王様が震える手で署名した。王様の震えは、恐怖から来るものだろう。ペンを握る指先が、ガタガタと音を立てるほどだ。


 この契約により、王様は、今後一切、王妃に手出しができなくなり、誠一とアリア姫の付き合いを認め、さらにはシルヴィアを誠一付きの騎士に任命することになった。


 ついでに、誠一に食事を毎日提供せねばならなくなったのだが、それは女神が気を利かせて付け加えたオマケである。


 なんだかんだ言って、女神も誠一のことが気に入っているのだ。

 呆れながらも、その瞳の奥には、どこか慈愛のようなものが宿っていた。


 こうして、王国の地下深くで、とんでもない不平等条約が結ばれたのだった。


 静かに立ち尽くすアルベルトの横顔には、新たな難問を突きつけられたような、疲労の色が濃く浮かんでいた。彼の眼鏡の奥の瞳は、茫然自失といった様子で、虚空を見つめていた。

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