第15話 王様捜索隊、結成
小山内誠一は、今日も今日とて地下牢のVIPルームで優雅な朝を迎えていた。
目覚めと共に、枕元の水がめに貯蔵されている女神さまの「聖水」に手を伸ばす。透き通った液体を柄杓に汲み、ごくごくと一気に飲み干した。全身に染み渡る清らかな聖水の恩恵に預かりながら、彼はふと、ある考えに及んだ。
最近、姫さまたちは自主的にこの部屋を訪れてくれるため、めっきり【スティール】を使う機会が減ってしまっていた。このままでは、せっかく授かった能力が、錆び付いてしまうかもしれない。
それは由々しき事態である。
「よし、久々にパンツを盗むとしますか!」
そう独りごち、誠一はまずは姫様に通信魔法で声をかける。
何事も念には念を入れて、事前に了解を取るのが彼の流儀だ。不法行為(?)を働くにも、紳士的な振る舞いは忘れない。
「姫様、起きていらっしゃいますか? パンツを盗みますよ?」
直接的な言葉に、通信魔法でつながった先のアリア姫は、いつになく慌てた様子で返答した。
『お待ちください誠一さま、今は少し立て込んでおりまして…!』
いつもなら「ええ、誠一さん、どうぞ盗んでください」とかなんとか言いながら快諾してくれるアリア姫の、まさかの拒否に近い返答に、誠一は首を傾げた。
「立て込んでいる」とは一体何事だろうか。
この城において、そんな緊急事態は今までなかったはずだ。
誠一が訝しんでいると、アリア姫はさらに言葉を続けた。その声には、普段の淑やかさが薄れ、焦りがにじみ出ていた。
『実は、父上が行方不明になってしまわれたのです。二日前から全く連絡が取れなくて、城中が大騒ぎなんです…!』
「なんと! それは大変ですね。よろしければ、捜索のお手伝いをさせていただきますが?」
思わぬ展開に、誠一は思わず声を上げた。
王様が行方不明?
一大事ではないか。
自分も捜査に協力したいと誠一は考えた。何しろ家賃ゼロで、地下牢に住まわせてもらっているのだ。このような時くらい貢献したい。
誠一の申し出に、アリア姫は驚きと安堵の混じった声を上げた。
『まあ、ありがとうございます! 助かりますわ、誠一様!』
――と感謝の言葉を述べる。
その言葉を受け、誠一は牢屋を出て、姫のもとへと向かった。
彼の姿が顕れると、そこには既に重苦しい空気が立ち込めていた。
玉座の間の中央には、心配そうな面持ちの王妃セレニアと、憔悴しきった様子の姫アリア、そしていつもと変わらず凛々しい表情を崩さない女騎士シルヴィアが揃っていた。
彼女たちの周囲には、見慣れない顔ぶれの文官や兵士たちが何人か集まっており、誠一の姿を目にするや否や、玉座の間は一瞬の静寂の後、不穏なざわめきに包まれた。
「ちょ、そいつは誰ですか!?」「例の異世界人では!?」「ああ、見覚えがあるぞ、あの変態だ!」「なんで牢屋から出ているんだ!?」「おい、衛兵! そいつをつまみ出せ!」
彼らのざわめきは、誠一に向けられた明らかな好奇と警戒、そして少々の侮蔑を含んでいたが、誠一はいつものこととばかりに涼しい顔で受け流した。
彼らの詮索など、姫様や王妃様と仲の良い誠一にとって些細なノイズでしかない。
(お前らよりも偉い人たちと、俺は仲良しなんだぞ)
彼は虎の威を借る狐と化していた。
「それで、皆様。まずは状況を教えていただけますか?」
誠一は、まるで古くからの知人のように、臆することなく玉座の間の中心に進み出て問いかけた。
その堂々とした態度に、ざわめいていた文官や兵士たちも一瞬たじろいだ。アリア姫が、困惑気味の周囲を完全に無視して、これまでの経緯を説明し始める。
「父上は二日前に愛人の元から帰ってきました。そして、何かひどくご立腹の様子で誠一さんのところ、つまり地下牢に向かったらしいのですが……それ以来、全く姿が見えないのです。いつまでたっても部屋に戻ってこなくて……」
その言葉を聞いた瞬間、誠一の脳裏には、二日前の記憶が鮮明に蘇った。
王妃セレニアと二人きりで、泡まみれの豪華な湯船に浸かっていた、あの甘美で、どこか背徳的な時間……。
(なるほど、二日前と言えば、王妃様と二人で混浴していたな……)
事件とは何の関係もないことを思い出し、誠一は思わず頬を赤らめた。
その時のことを思い出して、頬が熱くなるのが自分でもわかる。湯船で触れ合った柔らかな肌の感触が、まざまざと蘇るようだ。
ふと視線を横にやると、王妃セレニアもまた、誠一と同じ記憶を辿っていたのだろう、優美な頬をほんのりと赤く染めている。
二人の間に流れる、どこか甘く気まずい空気――
玉座の間の重々しい雰囲気が一瞬にして溶けていく。
まるで二人の周りだけ、春の陽だまりに包まれているかのようだ。
その様子にいち早く気づいたのは、近くで成り行きを見守っていたアリア姫だった。彼女の顔には、はっきりと不満の色が浮かんでいた。
「もう! 誠一様も母上も、何を見つめ合っているのですか! 今はそんなことより、真面目に父上を探してください! まったくもう! もう!」
アリア姫の声には、どこか拗ねたような響きが含まれていた。
可愛らしい嫉妬である。
しかし、誠一はそれを、行方不明の父を心配する気持ちだと解釈した。
(早く探し出して、安心させてあげよう)
と心の中で呟く。
「ははは。これは失礼いたしました、姫様。ご心配なく。私がすぐに、迷子の王様を見つけて御覧に入れますよ。では早速、行方不明となった王様の捜索を始めましょうか!」
誠一は、自信にあふれたキメ顔でそう宣言した。
こうして、パンツ泥棒のおっさんと、王妃、姫、女騎士という異色のメンバーによる、前代未聞の国王捜索隊が結成されたのだった。
果たして、彼らはこの広大な城のどこかにいるであろう国王を無事に発見することができるのだろうか。
そして、国王が見つかった時、誠一は無事でいられるのだろうか。
不安と期待が入り混じる中、彼らの奇妙な捜索劇が今、幕を開ける。




