表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『おっさん、異世界でヒモになる ~パンツを盗んだら、なぜか女神と姫と王妃と女騎士に懐かれました~』  作者: 猫野 にくきゅう


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/46

第11話 誠一と姫のお散歩デート、そしてゆるゆる警備

 牢屋での生活がすっかり板についた頃――

 誠一は、ふと重大な危機感に襲われた。


「まずい……このままでは、俺はこの世界でもニートになってしまうのでは……?」


 王妃が運び込んだ上質な木製の椅子にふんぞり返り、誠一は腕を組んで深く唸る。もう手遅れなのだが、彼は気づいていない。


 牢屋は快適だ。


 三食昼寝付き、時々来る美女たちとの楽しいおしゃべり。

 快適すぎて、逆に体が鈍り、思考まで停止しかけている。女騎士シルヴィアのスパルタ指導は、貴重な運動機会だが、それすらサボりたい日もある。


「そういえば俺って、異世界に来てからずっと牢屋に入れられていて、この世界の街並みすら見ていないじゃないか!」


(このままじゃ、ダメだ。快適なヒモ生活を維持するためには、適度なガス抜きと、社会勉強が必要だ)


 高尚な目的を見出した誠一は、高らかに宣言した。


「よし! 外に出てみよう」


 彼は立ち上がり、牢の扉を開ける。

 ギィッ、と重そうな音とは裏腹に、軽く開いた。

 

 姫や王妃や女騎士が頻繁に出入りするため、施錠はされていない。


 薄暗い通路を抜け、階段を上る。

 そこは王城の通路で、反対側の扉の奥には、いかにもな牢が並んでいた。向こうは集合住宅で、地下牢は一戸建てのようなもの。


 どうやら誠一の住居は、特別室らしい。


「ふむ、VIPルームだったわけか。当然だな――何せ、俺は異世界人」


 誠一は、誰に聞かせるでもなく得意げに鼻を鳴らした。


 さて、問題は城からの脱出である。

 途中、いかめしい鎧姿の衛兵に遭遇した。誠一は少しも慌てず、とっておきの「満面の営業スマイル」を顔に貼り付け、軽く会釈した。


「お疲れ様です。ちょっと、そこまで外出したいんですけど……、よろしいでしょうか? 王妃様から許可をいただいてるんですけど……一応」


 「王妃様」というパワーワードに、衛兵は露骨に面倒くさがった。


(王妃様案件か……。下手に詮索して機嫌を損ねたらクビが飛ぶ。面倒ごとはごめんだ)


 衛兵はどうでもいいやと言わんばかりの顔で、「ああ、いいぞ。通れ」と手を振った。門番とのやり取りも、だいたい同じだった。


 城の裏門を出ると、人気のない森が広がっている。

 木々のざわめき、鳥のさえずり、そして土の匂い。牢屋の管理された空気とは違う、生命力あふれる空気が誠一の肺を満たす。


「ふぅ……たまには外の空気もいいな」


 大きく伸びをすると、全身の怠惰な細胞が悲鳴を上げた気がした。


「さて、人のいるところまで行くか? いや、でもなぁ……」


 トラブルは御免だし、何より人と話すのはカロリーを消費する。

 しかし、この日は異世界への好奇心が、彼の省エネ主義に打ち勝った。


「ちょっとだけ、城下町を覗いてみるか。美味いものがあればラッキーだ」


 誠一は町の方へ歩き出す。路地を抜けると、活気あふれる城下町の広場が広がっていた。パンを焼く香ばしい匂い、焼きたてソーセージの肉汁が弾ける音、甘い菓子の悪魔的な誘惑……。


 誠一は、まるで品定めをする美食家のように、その様子を遠目に眺めていた。


「へぇ、結構栄えてるじゃないか。飯も美味そうだ」


 そんな思考の最中、近くの酒場から、無遠慮な会話が耳に飛び込んできた。


「なぁ、聞いたか? 『臆病者の勇者』が、また逃げ出したってよ」

「ああ、ゴブリン一匹にビビって聖剣投げ捨てて逃げたらしいぜ」

「あれじゃ魔王討伐なんて夢のまた夢だな!」


(ちょっと待ってよ。誰だって怖いものは怖いだろう。――安全なところから、好き勝手言うのは卑怯じゃないか)


 一瞬だけ勇者に同情するが、すぐに思考を切り替える。


(……ん? 勇者って、俺を殴り殺そうとしたあの高校生か。まあ、あいつがどうなろうと、俺には関係ないな。それより、あの串焼きだ)


 彼の関心は、完全に目の前の露店に釘付けになっていた。

 よだれを垂らしながら串焼き屋に近づき、いざ注文しようとした、その時。誠一は天地がひっくり返るほどの衝撃的な事実に気づいた。


「あっ! お金……持ってないじゃん、俺……ッ!」


 ヒモ生活が長すぎた。

 労働の対価として貨幣を得るという、人間社会の基本原則を忘れかけていたのだ。ポケットを探っても、出てくるのは綿ぼこりのみ。


 絶望の淵に立たされた誠一だったが、彼は諦めない。

 困ったときには人に頼ればいい。


 誠一は、躊躇なく念話を発動した。


「もしもし、姫様、少しよろしいでしょうか?」

 『誠一さま!? どうかなさいましたか?』


 姫の少し慌てた声が、脳内に響く。


「実は今、城下町に来ているのですが、美味しそうな串焼きを見かけまして、姫さまも召し上がりたいのではないかと……」


『まあ! 城下町ですって!? 羨ましいですわ! わたくし、お城の外に出たことがありませんの! 串焼きですか、良いですわね!』


 姫は誠一の窮状など完全に忘れ、外の世界への憧れを爆発させていた。

 話がまったく噛み合っていない。


「姫様も来ますか? お金があれば、一緒に買い食いできますよ」


 ニート兼ヒモである誠一に、年下の女の子に奢ってもらうことへの抵抗など、一ミクロンも存在しない。


 『まあ、素敵ですわ! すぐに用意いたします!』


 姫の声が、かつてないほどに弾んだ。


「その際、いつものドレスではなく、目立たない格好で来てください。でないと、俺が誘拐犯に間違われる」


 『では、メイド用のローブを着ますわ。これなら目立たないと思いますので!』


 誠一は人目のない城裏の森に移動し、準備を整える。


「用意はよろしいですか?」 

 『はい、準備万端です』


「では、パンツを盗みます」

 『はい、どうぞ!』


 誠一は心の中でアリア姫の姿を思い浮かべ、高らかに能力を発動した。


「スティール!」


 次の瞬間、メイド用のローブに身を包んだアリア姫が、彼の目の前にぽすんと現れた。


 そこからは、まさに姫の独壇場だった。

 姫は目をキラキラと輝かせ、珍しい食べ物や雑貨を次々と指さし、そのたびに誠一の口にも何かが放り込まれる。


 誠一は、至れり尽くせりの状況で、熱々の串焼きにかぶりついた。


(うまい……! やるじゃないか、この異世界……!)


 誠一が異世界の庶民の味に太鼓判を押していると――

 姫がトテトテと近づいていく。


「ねえ誠一さま、あの……腕を組んで歩いても、よろしいでしょうか?」


 姫が恥ずかしそうに、しかし潤んだ瞳の上目遣いで誠一を見上げる。

 その頬は夕焼けのように赤い。


「お安い御用です、姫様」


 誠一は満面の笑みで腕を差し出す。

 二人は腕を組み、まるで恋人同士のように街を歩いた。周囲の「あの男は誰だ?」という視線など、彼には全く届いていなかった。


 十分後、姫は「また誘ってくださいね!」という言葉を残し、光の粒子となって城へ転送されていった。


 誠一の腕には、姫の残り香と、食べかけのクレープが残されていた。


「じゃあ、俺も帰るか」


 誠一は城の裏門から悠々と帰還する。

 もちろん、帰りもノーチェックだ。


 自室の豪華なベッドにダイブし、満腹の腹をさすりながら、誠一はふと、ある重大な問題に思い至った。


「それにしても、この城の警備はガバガバが過ぎるのではなかろうか?」


 それは、この国の未来を憂う忠誠心からでは断じてない。

 純粋に、自らの生活圏の安全に対する懸念からだった。


(こんなザル警備じゃ、いつか泥棒や強盗が忍び込んでくるかもしれない……。そんなのが入ってきたら、怖いじゃないか! きっと、殺されてしまう!!)


 誠一は、ベッドからガバッと起き上がった。

 その瞳には、かつてないほど真剣な光が宿っていた。


 これは、他人事ではない。


 誠一は、自らのヒモ生活プライベート・プロパティを守るため、この城の警備システム改善、すなわち「自宅警備」の強化を真剣に検討し始めるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ