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コメディー短編(ファンタジー)

桃太郎一行と通訳たち

作者: 多田 笑

少しでも笑っていただけたら嬉しいです。

 川で拾われ、桃から生まれた不思議な子──桃太郎は、すくすくと育ち、やがて立派な若者となりました。


 ある日、村人たちの口から「鬼ヶ島に棲む鬼どもが、宝を奪い、人々を苦しめている」と聞きます。


「この世に生を受けたからには、村や国を守らねばならぬ。わたしが鬼を退治してまいります」


 決意を固めた桃太郎は、育ての親である老夫婦にそう告げました。


「なんて勇敢な……。せめて、これを持ってお行きなさい」


 老母は、丹精こめて炊いた米を握り、竹の葉に包んで差し出しました。


 それはこの国に伝わる滋養あふれる食べ物──きび団子。


「わしらにできるのは祈ることだけじゃ。気をつけて、戻ってきておくれ」


 老父は涙をこらえ、背に小さな旗を立ててくれました。旗には「日本一」の文字が力強く染め抜かれています。


 こうして、桃太郎は腰に刀を帯び、懐にきび団子を忍ばせ、まっすぐ鬼ヶ島を目指して歩み出しました。



 野を越え、山を越えて、桃太郎はひとり黙々と歩んでいきました。


 すると、背後から犬の鳴き声が響きます。


「ワンワン!」


 振り返ると、そこには一匹の犬──と、なぜか黒いスーツの男が立っていました。


「ワンワン!」


 犬が鳴くと、黒いスーツの男が代わりに言葉を紡ぎます。


「お主、どこへ行く?」


「鬼ヶ島へ。鬼退治に向かうところだ」


 桃太郎が答えると、スーツの男は犬に耳打ちします。


「ワンワン」


「え、鬼ヶ島と言えば、面白い鬼がいる……ですって!?」


「ワンワン、ワンワン」


「はっはっは、それは愉快ですね!! そんなやつがいるんですか!?」


 桃太郎は、犬とスーツの男の会話が気になって仕方がありません。


 やがて、犬は鼻をひくつかせ、腰の包みを見やりました。そこから漂う、香ばしい匂い──きび団子。


「ワンワン、ワンワン」


 犬が鳴き、男が通訳するように口を開きます。


「そのきび団子を一つくだされば、わしも力を貸そう」


 桃太郎はにこりと笑い、きび団子を差し出しました。


 犬は尻尾をぶんぶん振り、嬉しそうに並びます。


 心優しい桃太郎は、黒いスーツの男にもきび団子を差し出しましたが、男は何も言わずに首を横に振りました。


 その後、桃太郎たちが川辺を歩いていると、一羽の雉が舞い降ります。その背後には、グレーのスーツの男。


「ケーン、ケーン!」


 雉の鳴き声に応じ、男が言います。


「おぬしが桃太郎か?」 


「そうだ!」


 桃太郎がそう答えると、スーツの男は雉に耳打ちします。


「ケーン、ケーン!!」


「え? そう言えば、昨日、俺の母親を見かけた? ど、どこでですか?」


 スーツの男が雉に尋ねます。


「ケーン」


 雉が答えると、スーツの男は暗い顔になりました。


 雉は、焦ったように、鳴き声をあげます。


「ケーン、ケーン」


「鬼ヶ島に行くのならば、ぜひ我も連れて行け。きび団子をくれるなら、空を飛んで先陣を切ろうぞ!」


 グレーのスーツの男がしょんぼりしながらそう言うと、桃太郎はきび団子を渡し、雉は翼をたたんで従いました。


 桃太郎は、悲しそうなグレーのスーツの男にもきび団子を差し出しますが、やはり首を横に振るばかりでした。


 さらに進むと、森の中から大きな猿が飛び出しました。


 その後ろからは、白いスーツの男が姿を現します。


「キキー、キキー!」


 猿の鳴き声に合わせ、男が言葉を告げました。


「鬼退治と聞いては黙っていられぬ。だが腹が減っては力も出ん。きび団子を一つくだされば、岩をも砕く腕を貸そうぞ」


 桃太郎はきび団子を渡し、猿も仲間に加わります。


「キキー!」


「え? 桃太郎さんが、あの有名人に似ているですって!? ……でも、俺はあの人に似ていると思います」


 白いスーツの男は、そう言うと、猿に耳打ちしました。


「キキー……」


 猿は、納得したように頷きます。


 桃太郎は、白いスーツの男にもきび団子を差し出しましたが、彼もまた無言で首を横に振りました。


 こうして、犬・猿・雉の三匹と、黒・白・グレーの三人を従えた桃太郎の一行は、いよいよ鬼ヶ島を目指し、足取りを速めていくのでした。



 舟を漕ぎ、荒波を越えて鬼ヶ島を目指す桃太郎たち。


 犬は櫂をくわえ、猿は両腕で必死に水をかき、雉は風向きを見張っています。


 その横を──轟音を立てて白い波を切り裂くものがありました。


 黒・白・グレーのスーツ男たちが乗り込んだ、最新鋭のクルーザーです。


「……」

「……」

「……」


 三人は一言も発せず、無表情のままサングラスをかけています。


 最新クルーザーは波を切り、あっという間に桃太郎の舟を追い抜いていきました。



 やがて鬼ヶ島に上陸した桃太郎一行は、勇ましく鬼たちの砦へ突撃しました。


 犬は牙をむき、猿は拳を振るい、雉は空から突撃し、桃太郎は刀を振るいます。


 スーツの男たちは、じゃんけんをしています。


 鬼たちは次々に倒れ、やがて砦は制圧されました。


 しかし、その奥から現れたのは、鬼のボスでした。


 巨大な体が黒い炎をまとい、二本の角は雷を帯び、最終形態へと変貌を遂げたのです。


「グオオオオォォォ!!」


 大地が揺れ、空が裂けます。


 桃太郎は必死に刀を振るいました。犬は喉笛に食らいつき、猿は岩を砕き、雉は眼を狙いました。


 スーツ姿の男たちはトランプでババ抜きをしていました。


 けれども、鬼の力は圧倒的。


「ぐあっ……!」

「キャン!」

「キーッ!」

「ケェーン!」

「ババ、ひいちゃった!」


 ついに桃太郎たちは吹き飛ばされ、地に伏してしまいます。


 その時でした。


 黒いスーツの男が立ち上がります。

 白いスーツの男が袖口を正します。

 グレーのスーツの男が無言で空を見上げます。


 三人は並んで歩み出し、静かに手を掲げました。


 次の瞬間──


「究極呪文!! シナマヤ・ハンワーバン・ナウヨリン・サイセノ・モモ!!」


 低く重なった声が響き渡り、天空から光の柱が落ちました。


 鬼ヶ島は震え、砦も鬼も、そして鬼のボスも、その輝きに飲み込まれて消えていきます。


 桃太郎たちはただ呆然と、崩れゆく島の光景を見つめていました。


 嵐が過ぎ去ったあと、桃太郎はかろうじて声を振り絞ります。


「……お、お主らはいったい……?」


 だが、三人のスーツ男たちは微笑みながら、何も答えません。


 ただ無言で振り返り、クルーザーへと乗り込むと、再び海の彼方へと消えていったのです。


 残された桃太郎と三匹は、ぽかんと口を開けたまま、波に揺られる舟に戻るしかありませんでした。



 こうして鬼ヶ島は滅び、鬼の脅威は去りました。


 しかし、桃太郎たちには一つの疑問が残ります。


──あのスーツの男たちは、何者だったのか。


 答えは誰も知りません。

最後までお読みいただきありがとうございます。

誤字・脱字、誤用などあれば、誤字報告いただけると幸いです。

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― 新着の感想 ―
犬、猿、雉とそれぞれ話していたスーツさんたちの会話が気になります! 鬼ヶ島から帰ったあと、犬、猿、雉はまたスーツさんたちと会えると良いですね。 前の作品の忍者さんのように主役を食ってしまうスーツさんた…
>最新クルーザーは波を切り、あっという間に桃太郎の舟を追い抜いていきました。 ここの勢いの良さ、好きです(*´ω`*)
 お馴染みの昔話の世界に突然現れるスーツの男たちが超現実的かつ奇抜で面白かったです。あと、グレーの男が何か訳アリそうで気になってしまったり、白い男が桃太郎に似ているという「誰か」が気になってしまったり…
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