桃太郎一行と通訳たち
少しでも笑っていただけたら嬉しいです。
川で拾われ、桃から生まれた不思議な子──桃太郎は、すくすくと育ち、やがて立派な若者となりました。
ある日、村人たちの口から「鬼ヶ島に棲む鬼どもが、宝を奪い、人々を苦しめている」と聞きます。
「この世に生を受けたからには、村や国を守らねばならぬ。わたしが鬼を退治してまいります」
決意を固めた桃太郎は、育ての親である老夫婦にそう告げました。
「なんて勇敢な……。せめて、これを持ってお行きなさい」
老母は、丹精こめて炊いた米を握り、竹の葉に包んで差し出しました。
それはこの国に伝わる滋養あふれる食べ物──きび団子。
「わしらにできるのは祈ることだけじゃ。気をつけて、戻ってきておくれ」
老父は涙をこらえ、背に小さな旗を立ててくれました。旗には「日本一」の文字が力強く染め抜かれています。
こうして、桃太郎は腰に刀を帯び、懐にきび団子を忍ばせ、まっすぐ鬼ヶ島を目指して歩み出しました。
◇
野を越え、山を越えて、桃太郎はひとり黙々と歩んでいきました。
すると、背後から犬の鳴き声が響きます。
「ワンワン!」
振り返ると、そこには一匹の犬──と、なぜか黒いスーツの男が立っていました。
「ワンワン!」
犬が鳴くと、黒いスーツの男が代わりに言葉を紡ぎます。
「お主、どこへ行く?」
「鬼ヶ島へ。鬼退治に向かうところだ」
桃太郎が答えると、スーツの男は犬に耳打ちします。
「ワンワン」
「え、鬼ヶ島と言えば、面白い鬼がいる……ですって!?」
「ワンワン、ワンワン」
「はっはっは、それは愉快ですね!! そんなやつがいるんですか!?」
桃太郎は、犬とスーツの男の会話が気になって仕方がありません。
やがて、犬は鼻をひくつかせ、腰の包みを見やりました。そこから漂う、香ばしい匂い──きび団子。
「ワンワン、ワンワン」
犬が鳴き、男が通訳するように口を開きます。
「そのきび団子を一つくだされば、わしも力を貸そう」
桃太郎はにこりと笑い、きび団子を差し出しました。
犬は尻尾をぶんぶん振り、嬉しそうに並びます。
心優しい桃太郎は、黒いスーツの男にもきび団子を差し出しましたが、男は何も言わずに首を横に振りました。
その後、桃太郎たちが川辺を歩いていると、一羽の雉が舞い降ります。その背後には、グレーのスーツの男。
「ケーン、ケーン!」
雉の鳴き声に応じ、男が言います。
「おぬしが桃太郎か?」
「そうだ!」
桃太郎がそう答えると、スーツの男は雉に耳打ちします。
「ケーン、ケーン!!」
「え? そう言えば、昨日、俺の母親を見かけた? ど、どこでですか?」
スーツの男が雉に尋ねます。
「ケーン」
雉が答えると、スーツの男は暗い顔になりました。
雉は、焦ったように、鳴き声をあげます。
「ケーン、ケーン」
「鬼ヶ島に行くのならば、ぜひ我も連れて行け。きび団子をくれるなら、空を飛んで先陣を切ろうぞ!」
グレーのスーツの男がしょんぼりしながらそう言うと、桃太郎はきび団子を渡し、雉は翼をたたんで従いました。
桃太郎は、悲しそうなグレーのスーツの男にもきび団子を差し出しますが、やはり首を横に振るばかりでした。
さらに進むと、森の中から大きな猿が飛び出しました。
その後ろからは、白いスーツの男が姿を現します。
「キキー、キキー!」
猿の鳴き声に合わせ、男が言葉を告げました。
「鬼退治と聞いては黙っていられぬ。だが腹が減っては力も出ん。きび団子を一つくだされば、岩をも砕く腕を貸そうぞ」
桃太郎はきび団子を渡し、猿も仲間に加わります。
「キキー!」
「え? 桃太郎さんが、あの有名人に似ているですって!? ……でも、俺はあの人に似ていると思います」
白いスーツの男は、そう言うと、猿に耳打ちしました。
「キキー……」
猿は、納得したように頷きます。
桃太郎は、白いスーツの男にもきび団子を差し出しましたが、彼もまた無言で首を横に振りました。
こうして、犬・猿・雉の三匹と、黒・白・グレーの三人を従えた桃太郎の一行は、いよいよ鬼ヶ島を目指し、足取りを速めていくのでした。
◇
舟を漕ぎ、荒波を越えて鬼ヶ島を目指す桃太郎たち。
犬は櫂をくわえ、猿は両腕で必死に水をかき、雉は風向きを見張っています。
その横を──轟音を立てて白い波を切り裂くものがありました。
黒・白・グレーのスーツ男たちが乗り込んだ、最新鋭のクルーザーです。
「……」
「……」
「……」
三人は一言も発せず、無表情のままサングラスをかけています。
最新クルーザーは波を切り、あっという間に桃太郎の舟を追い抜いていきました。
◇
やがて鬼ヶ島に上陸した桃太郎一行は、勇ましく鬼たちの砦へ突撃しました。
犬は牙をむき、猿は拳を振るい、雉は空から突撃し、桃太郎は刀を振るいます。
スーツの男たちは、じゃんけんをしています。
鬼たちは次々に倒れ、やがて砦は制圧されました。
しかし、その奥から現れたのは、鬼のボスでした。
巨大な体が黒い炎をまとい、二本の角は雷を帯び、最終形態へと変貌を遂げたのです。
「グオオオオォォォ!!」
大地が揺れ、空が裂けます。
桃太郎は必死に刀を振るいました。犬は喉笛に食らいつき、猿は岩を砕き、雉は眼を狙いました。
スーツ姿の男たちはトランプでババ抜きをしていました。
けれども、鬼の力は圧倒的。
「ぐあっ……!」
「キャン!」
「キーッ!」
「ケェーン!」
「ババ、ひいちゃった!」
ついに桃太郎たちは吹き飛ばされ、地に伏してしまいます。
その時でした。
黒いスーツの男が立ち上がります。
白いスーツの男が袖口を正します。
グレーのスーツの男が無言で空を見上げます。
三人は並んで歩み出し、静かに手を掲げました。
次の瞬間──
「究極呪文!! シナマヤ・ハンワーバン・ナウヨリン・サイセノ・モモ!!」
低く重なった声が響き渡り、天空から光の柱が落ちました。
鬼ヶ島は震え、砦も鬼も、そして鬼のボスも、その輝きに飲み込まれて消えていきます。
桃太郎たちはただ呆然と、崩れゆく島の光景を見つめていました。
嵐が過ぎ去ったあと、桃太郎はかろうじて声を振り絞ります。
「……お、お主らはいったい……?」
だが、三人のスーツ男たちは微笑みながら、何も答えません。
ただ無言で振り返り、クルーザーへと乗り込むと、再び海の彼方へと消えていったのです。
残された桃太郎と三匹は、ぽかんと口を開けたまま、波に揺られる舟に戻るしかありませんでした。
◇
こうして鬼ヶ島は滅び、鬼の脅威は去りました。
しかし、桃太郎たちには一つの疑問が残ります。
──あのスーツの男たちは、何者だったのか。
答えは誰も知りません。
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