みじかい小説 / 002 / ある父親の日暮れ
子供が不登校になった。
妻にそれとなく子供の様子をたずねると、なんと食欲は旺盛で朝から晩までゲームをしているというではないか。
これは父親である俺が一度きつく叱ってやらねば。
そう思い、俺は子供を呼んだ。
「ちゃんと学校に行きなさい。今勉強しておかないと、将来困るのは自分だぞ。お父さんも若い頃は勉強が嫌だったけどそれでも学校に行ったんだ。お前にもできるから、ちょっと頑張ってみよう」
最初こそ語調を荒くしていた俺だったが、最後は諭すような穏やかな口調となってしまった。
しかし、若いうちから学校で社会性を身につけておかなければ将来現実社会でやっていけなくなる。そうなったら困るのは本人なのだ。
軌道修正するなら、今なのだ。
しかし、俺のその情熱は、翌日虚しく散ることとなる。
子供が姿を消したのだ。
俺は報告を受けてすぐ警察に連絡し捜索願を出した。
それから30年が経つ。
俺は定年を迎え、頭には白いものが目立つようになった。
体のあちこちがひどくきしみ、体格は一回り小さくなった。
子供が、どこで何をしているのかは未だに分からない。
連絡ひとつない。
生きているのか、死んでいるのかすら不明だ。
めっきり口数が少なくなり笑顔の絶えた妻は、このごろは一日中ミシンを動かしている。
なぜだ。
俺は何も悪いことはしていないはずだ。
むしろ親としても夫としても優しく面倒見のいい男のはずだ。
くそ。
本来なら、今頃孫の顔でも見て穏やかな老後を送っているはずなのに。
なぜうちの家庭がこんな目にあっているのか。
なぜ俺がこんな目にあうのだ――。
なぜうちの子は他の子みたいに強く育たなかったのか。
くそ。
俺はこのまま死んでいくのか。
くそ。
ああ、今日も日が暮れる――。
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