兵士たちのざわめき
【隊室前の廊下:若い兵たち】
「……おい、伍長が隊長の奥方を連れてきたってマジか?」
「奥方? 隊長の? そんな人いたんだ……」
「うわぁ、怒るんじゃねえの隊長……伍長今どこ? 泣いてない? 大丈夫?」
「いや泣かねぇよ。多分。いや、もしかしたら泣くかも」
「てか……なんで今日? 先触れもなし?」
「そういうの、貴族って突然やるもんなんだな」
(いや言うなよ! 聞こえたら殺されるぞ!)
周囲が急に静かになり、誰かが小声で言う。
「……あれ、これって、医療棟のアレのせいじゃねぇの?」
思い当たるところのある全員が、目を伏せた。
「まあ……そりゃあ、来るよなあ……」
「えっ? 奥方、あれ知ってる感じなの?」
「しっ、しっ! 声小さく! 誰か聞いてんぞ!!」
【隊室:夜勤の準備中の中堅兵】
がちゃり、と扉が開く。
「おーい、聞いたか? 隊長の奥方が来てるってよ」
「……え? あの隊長に? 奥方?」
別の兵が椅子から立ち上がる。
「本物の貴族なんだって。すげぇ綺麗だったって伍長が……」
「いや、隊長も貴族だろ。ってか、伍長が? お前、伍長が喋れる状態だったのか?」
「いや……たぶん、震えてた」
一瞬の沈黙。
「……なんかあるぞ、これ」
「隊長と奥方って、どういう関係なんだ?」
「いや、夫婦だろ」
「そうじゃなくってさあ。……こう、あるだろ。夫婦でも、色々。雰囲気とか!」
「いや、それ俺も知らん。だって隊長、私生活の話、一度もしたことないし」
「あー……確かに」
ひとりがぽつりと言う。
「じゃあ……あの看護師の人との話は……?」
全員が目をそらした。
【外の詰所(城門側):見張り兵と交代兵】
「さっき通った貴族夫人って、あれ……隊長の?」
「らしいぞ。さっき伍長が連れてってた」
「へぇ~~~~……」
しばし沈黙。
「……今日、なんかヤバい気がしない?」
「やべぇ。絶対やべぇ」
「隊長、怒るタイプじゃねぇけど、静かに怖いんだよなぁあの人……」
「じゃあ奥方も静かに怖い?」
「いや見た感じ……、ただ、ただただ綺麗だったわ……」
「はあ?」
【消灯前の兵舎の小部屋:同室の兵士たち】
夜。
油の臭いがまだ乾き切らない兵舎の一角、薄暗いランプの下で、4人の兵士たちが粗末な木の椅子を寄せ合っていた。
昼間の汗と革の匂いがまだ空気を支配している。
でも、彼らの頭の中は別のことでいっぱいだった。
「なあ……今日のこと、どう思った?」
「どのことだよ」
「隊長の奥方だよ!」
「……はぁ~~……あんな綺麗な人が、ここに来る日がくるとはな……」
彼らは貴婦人を見たことがないわけではない。
ここは、他の将校の家族が訪れることもあるからだ。
「なんか……幻みたいだったな。ふわっとして……光ってて……、うちの灰色の門が一瞬だけ別世界だった」
「わかる……。あれ、ほんとに絵から抜けてきたみたいだった」
「それより気になるのはだな……」
全員が身を乗り出す。
「医療棟の……は……どうするんだろうな……?」
一瞬、空気が凍る。
「おい、声小さくしろ! 伍長に聞かれたら殴られる!」
「……でもさ、あの人、隊長の帰りをいつも待ってたよな……」
「いや、待ってたというか、仕事なんだろうけど……。距離が近いというか、なんというか……」
「……隊長の奥方。隊長と釣り合ってるかどうかって考えるの、俺だけ?」
兵舎が静かになる。
「釣り合ってるよ。……というか、そういう上の人同士の結婚だろ?」
「でも隊長、どっか血が通ってないっていうか。なんか……冷たいじゃん?」
「それはお前……、隊長がそういう性格なだけで」
「それでもだよ。あんなすんげぇ奥方が来て、隊長、どんな顔してんだろうな」
兵士たちの間に、妙なざわついた静寂が落ちた。
「……なあ。明日、隊室で見られたりするかな。二人」
「見るなよ。見たら殺されるぞ」
でも全員、内心同じことを考えていた。
(隊長夫婦、どうなるんだ……?)
その夜、噂は兵舎の壁を静かに伝っていき、第二歩兵隊全体にしみ込んでいった。




