番外編 祝福
王都の教会は人で満ち、上流階級御用達の噂に違わぬ賑わいだった。
石畳に反響する靴音、低く抑えられた話し声、香水の香り。
この場所が、誓いの場であると同時に、社交の場であることを誰もが知っている。
アシュフォード伯爵令息とグランデッタ伯爵令嬢の結婚式。
花嫁の従兄として、ジョーは、親族席の後方に立っていた。
視線の先、中央の通路が静まり返る。
扉が開き、花嫁が姿を現した。
──ああ、よく似合っている。
そう思うと同時に、胸が痛んだ。
幼い頃、暖炉の前でうたた寝をして、目を覚ますと決まってこちらを探した従妹。
「ここにいてもいい?」と遠慮と甘えを半分ずつ混ぜた声で、小さく聞いてきたあの子は、もういない。
社交界で見慣れた貴婦人たちと同じ立ち方に、迷いのない歩幅。
花嫁は迷いなく前を向き、一分の隙もなく微笑んでいる。
彼女はこうなるべくして、なったのだ。
正装を身にまとった花婿の隣に、彼女が立った。
ジョーとそう年齢の変わらない、感情を一切表に出さない男。
──どんな男かは、分からない。
それが、正直な感想だった。
誓いの言葉が交わされる。
花嫁の声は揺れがなく、澄み切っていた。
この場で求められるものを、彼女はすべて理解している。
そして、それを完璧に差し出していた。
拍手が起こる。
祝福の言葉が重なり、参列者が前列から順に、新郎新婦へと近づいていく。
順番は、ジョーのところまでは来ない。
花嫁の叔父である父が、形式に則った挨拶を述べる。
それで十分だった。
ジョーは視線だけで、花嫁を見送る。
人垣の向こうで、彼女はきれいに微笑んでいた。
もしも何かが少し違っていたら、隣に立つのは自分だったのかもしれない。
そんな考えが浮かび、すぐに消える。
自分には、愛する妻がいる。
選んだ人生がある。
そして彼女は、彼女の人生を選んだ。
祝福に、嘘はない。
ただ、大事にしていたものが、自分の手の届かない場所へ行ったのだと。
それをきちんと見送っただけだ。
式が終わり、人々が動き出す中で、ふと横を見る。
妻が、何も言わずにこちらを見ていた。
歩きながら、彼女は小さく首を傾げる。
「……寂しい?」
彼は少しだけ考えてから、答えた。
「うん」
妻は何も言わず、ただ微笑んだ。
彼はその横顔を見て、自分がちゃんと帰る場所を持っていることを、改めて知った。
馬車に乗り込み、教会が見えなくなるまでの間、彼は一度だけ振り返った。
心の中で、短く思う。
──幸せになれ、エリー。
もう交わることのない未来へ、静かに。




