終章 帰る場所
馬車の揺れが、わずかに変わった。
もう、アシュフォードの領地だった。
窓の外には、見慣れた林が流れている。
枝先には、もう葉がほとんど残っていない。
それでも、ところどころに貼りついた褐色の葉が、冷たい風に揺れていた。
(──ああ、帰ってきた)
声に出さなくても、そう思った自分に驚く。
アシュフォードの家に入ったときの自分は、ここを「自分の帰る場所」だと思えなかった。
収穫を終えた畑の淡い藁色、庭の池に浮かぶ数枚の枯葉。
けれど、それらひとつひとつが、彼女の中で、懐かしい場所として記憶されているのだと、今になって気づく。
悲しみも、沈黙も、痛みも、そのすべてをこの土地で受け止めてきた。
エリーマイヤは膝の上に置いた手袋を整え、ふと視線を落とす。
頭に浮かんだのは、包みの中にある、小さな木の剣と馬の玩具だった。
懇親会の夜、何も言わず、彼女に包みを手渡してきた夫の姿を思い出す。
あの人は、どんな顔でそれらを選んだのだろう。
忙しない日々の合間に、ほんのわずかな時間を削って。
ながらく会っていない、子どもの手の大きさを思い出しながら。
(……本当に)
エリーマイヤの口元が緩む。
兄はきっと、誇らしげに剣を握るだろう。
弟はそれを見て、真似をして馬の玩具を振り回すに違いない。
誰に見せるでもない笑みが、ふふ、と静かにこぼれた。
馬車は速度を落とし、御者の声がかすかに聞こえる。
彼女は背を伸ばし、もう一度だけ、その情景を胸にしまった。
──あの人は、何も言わず託した。
押しつけることなく。
だからこそ、この贈り物は、届く。
家族のもとへ。




