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それって嫉妬じゃん


 龍姫は自分の身を守る術を身に着けるため、龍人たちの訓練場へと向かった。

 食堂や酒場、楽器の演奏があるいつもの広場を抜け、先の見えない一本の通り道を歩く。

 賑わう声がすぐに聞こえてくる。道もそう長くないらしい。前方からは明かりが。


「うわ」


 思わず声を上げる。

 山の内部にあると考えると規模感が狂いそうである。

 そこはコロシアムのような形を取っており、龍姫が出た場所とは観客席の一番上。見下ろす先に龍と龍が戦っていた。

 龍が人の形を取るのは不便だから、幅を取るから、人間が開発した便利道具がどれも人間サイズが基準だからと龍人は語った。この山の中でも、彼ら龍人が龍の形を取れば内部から圧迫することになってしまうのだろう。

 あの白が揺蕩う空間で龍神に龍の姿は見せてもらった。それと比べれば二頭の龍は小さいが、それでも山の中で平気だとは思えない。


「平気だ。この訓練場は空間を加工している」

「……はあ」


 付き添ってくれていた龍神が察したように説明してくれたが、空間を加工という意味が釈然とせず不明瞭な返事をしてしまう。

 空間魔法の一種か、と遅れて龍姫は理解した。

 と、その時。


「「「…………!」」」


 ぶわっと一斉に訓練場に集う龍の民の視線が向けられた。

 歓声を上げていた観客も、戦闘を続けていた龍二頭も、一際目立つ場所で他とは違うオーラ、魔力を醸し出す龍人までもが立ち上がり、恭しく頭を下げた。

 龍神にとってはそれも普通のことなのだろう。慣れた様子で手をやると、めいめい居直る。


 龍同士の戦いが再開した。


 一頭の龍が炎を吐く。対するもう一頭は氷。炎が凍っていく。

 威力負けを悟ったのか炎を切り、羽根で突風を巻き起こす。

 しかし、身を捩らせ振った尻尾に側頭部を叩かれる。龍姫の目には、尻尾が伸びたように見えた。


「我らの本来の姿はあれだ」


 モンスター同士の戦いに息を飲み圧巻されていた龍姫は、龍神の言葉に我に返る。


「昔ならば天を舞い、空を我が物とし、自由気ままに羽根を伸ばせていたが、現在では中々。たまにはこうして、息抜きを兼ねて本来の姿を思い出させてやらなければならん」


 龍姫。龍の姫としてすでに龍の民には認知されている。神徒かそれ以上、龍神の次点には敬ってもらっている彼女だが、龍姫は龍ではないし龍にもなれない。彼らのように人の形と別の形、第二形態は持っていないので、共感はできない。

 ただ、本当の自分で居られない窮屈さというのは、心が痛むほどわかっているつもりだ。

 であるならば、この訓練場は龍の民にとって心身共に大きな意味があるのだろう。


「龍神様」


 一人の男が声を掛けてきた。後ろには女性を四名ほど侍らせている。

 龍姫は視線を動かす。先ほど、この訓練場を、龍二頭の戦いの行く末を整然と見守っている風だった特等席。そこに座っていたはずの彼はもういない。

 侍らせるようにした四名の女性も、オーラの違う男性も、目の前にいた。


「来たか。戦龍」

「せん……龍?」

「戦の龍と書いて戦龍。戦うことを生業としているため、我がその名を与えた」


 医龍であるフウカが医学に長けているのだから、この戦龍も戦いに長けている、腕っ節が特に強い龍なのだろう。

 若そう。龍姫が感じた印象はそれだ。

 おそらく龍姫の何十倍、何百倍と時は生きているのかも知れないが、見た目で言えば少年でも通りそうであった。比較的龍人は男女問わず高身長だ。龍神に関して言えば2メートルほどはありそうで、他の人たちも皆180は越えていそう。160前半の龍姫と近しい身長はおらず、フウカが唯一彼女より小さかったが、この戦龍も龍姫より小さかった。


「……」


 じろっと不機嫌そうな目を向けられた。見下ろされていることを快く思っていないようだ。

 顔つきも若々しく、不機嫌さを隠しもしない。少年、子どもっぽいという印象が後押しされるだけだった。


「それで龍神様。どうされましたか」

「ああ。こやつに身を守る術を教えてやってほしい」


 戦うことを生業としているのならば、確かに打って付けの相手だろう。


「……わかりました」


 彼の心象面を無視すれば。




「え。行っちゃうの」

「ああ。少し、行くところがある」


 戦龍に話を取り付けた龍神は、授業の過程を見ることはないらしい。

 背中を向けて去って行こうとする龍神をつい呼び止めてしまう。

 彼はふり返る。表情筋はやはりぴくりとも動いていないが、疑問符を浮かべていることはわかる。


「何か問題か」

「え……」


 問題かと問われれば、どうなのだろう。

 四六時中ほとんどずっと一緒でさすがに疎ましく思っていた節もある。一人きりではないが、龍神と離れることを願っていたのだからそれが叶うのは何も問題ではない。


「……ううん。何も」

「そうか」


 龍神は来た道を戻っていった。


「龍姫様。準備ができました」


 戦龍の従者である女性が迎えに来てくれる。

 

 眼下では先ほどまでの派手な戦いはなく、龍もいない。代わりに人が二人いた。戦いの最中で形体を変えている。器用な戦い方だ。


「「――龍の息吹」」


 おそらく龍の姿の時もそう言っていたのだろう。龍姫は龍語は習得したが、龍の鳴き声までは理解できない。

 炎と氷の息吹が放たれる。今度は拮抗していた。


 暖簾を潜り訓練場の奥へと入る。コロシアムと比べれば随分とこぢんまりとしている。龍一匹も収まらないだろう。

 空間には何も置かれていなかった。ここまで連れて来てくれた女性も一礼すると出て行き、戦龍と二人きりにされる。


「……」


 き、気まずい……。


 こちらのことを快く思っていないだろう戦龍。拳を握り骨を鳴らしたり、首を左右に振って骨を鳴らしたり。


「来いよ」


 指示され龍姫はおっかなびっくり歩み寄った。


「まず、オレはおめぇが嫌いだ」


 目を丸くする。

 嫌いなのだろう、とは思っていたが、公言されるとは思っていなかった。

 龍姫は龍神の大切な人という認識で広まっているのだ。龍神に告げ口したら何と思われるか。

 そこまで考えずの発言か、わかった上で言っているのか。


 びしっと戦龍は親指を自分に向けた。


「オレは龍神様には敬意を払っている。他の神徒の連中もな。だがおめぇは違う。何の努力もせず、ぽっと現れた奴がいきなりオレたちよりも上だなんて言われて、はいそうですかとはいかねぇんだ」


 ふんすと腕を組んだ戦龍は、言ってやったぞと言わんばかり。


「だが龍神様の命だからな。私情は挾まねぇ」


 顰めっ面をした戦龍に、思わず龍姫は、噴き出してしまった。


「は? てめぇ何笑ってんだ」


 怒っている、のだろう。だが龍姫は恐怖を感じなかった。

 いまやそれは、母親以外の大人を必要以上に警戒している子どものようにしか見えないのだ。


「いやっ、ごめん。そうじゃなくて…………よかったな、って思って」

「よかった……?」

「うん。ここに来てから、みんな私のこと凄い尊敬してくれて、大切な人として扱ってくれて、優しくしてくれてたんだけど……」


 龍神の大切な人だから、という理由だけで彼女自身も凄い人かのように扱われる。正直、気持ち悪かった。

 不快感、と言い換えても良いだろう。どうすればいいかわからない、身体がムズムズして全身を掻き毟りたくなるような感覚。

 優しくされるのは嬉しかったしありがたかった。龍姫の名の通り、皆が姫の扱いをしてくれたのだろう。ただ、彼女は姫のように扱ってもらったことも、優しくされたことも生涯に一度となかったから、対応に困った。


「ちょっと、困ってたから。だから……あなたのように、私のこと、嫌ってくれる人がいてよかった」


 嫌われる人生だった彼女は、こっちの方が慣れている。

 

「……意味分かんねぇ」


 戦龍は一言で切り捨てた。気味悪ささえ覚えたかも知れない。


「だろうね」


 好かれることを警戒し、好かれることの裏を考えるとは、おそらく普通に愛されて育った人には理解できないことなのだろう。

 その点、嫌いという感情においては、嘘偽りがない。嫌われている事実に慣れてしまえば、素直な人としか思えないのだ。


「まあ、何でもいいや。さっさとやろうぜ」


 ということで、戦龍との特訓が始まった。……のだが。


「おめぇ体力ないんだな」

「ふん……私の体力のなさを甘く見たね」


 はぁ、はぁ、と息を繰り返しながら龍姫は地面に眠っていた。


「まあ、腕も足もほっせーもんなぁ……」

「そういう戦龍は、ちっさいけど、……ねぇ!」


 何とかぷるぷると震える腕で身体を起こした。


「てめぇ次小さいって言ったら殺す」

「私龍神の大切な人」


 にやり。

 戦龍の中で揺れ動いているらしい。龍神の怒りとか自分が殺される恐怖とかではないだろう。彼らの畏敬の念とはそんな矮小なものではない。

 龍神様の大切な人……いやだがあいつはオレのことを小さいと……みたいな感じで、悩んでいるのだろう。


 走れるだけ走れ、と言われた通り、龍姫は空間を一周。距離にして二百メートル弱をジョギングしただけで倒れてギブアップをした。体力のなさには自信がある。


「……まずは体力作ってからだな。鍛えることもできねぇ」


 戦龍は何とか龍姫への怒りを堪えてそう言った。


 それから龍姫は訓練場へ通い、戦龍との特訓が日課となった。


「もう、むりぃ~……」


 体勢が完全に崩れた状態。猫背で手はぶらぶら。目もほとんど開かず、顔を突き出している。田舎のじいちゃんが運転するトラクターよりも遅い速力は、もう走っていると言っていいかも怪しい。


「まだだ。無理だと思ってからどこまで続けるか」


 戦龍は顔色変えず鬼畜の所業。


「お、おにぃ~……」

「あんな奴らと一緒にするな」


 どうやら世界には鬼も本当に存在するらしい。


 一ヶ月も続けば龍神も帰ってくる。結局何をしていたのかは教えてもらえず、いつの間にか戦龍との特訓の場にいた。後ろで腕を組み、真剣な眼差し。

 戦龍の方が気まずそうだ。


「よ、よ~し! まだまだ行ける、頑張るぞ~!」


 一人龍姫だけ走らせるのを悪いと思ったのか、戦龍は一緒に走りながら応援をしてくれた。

 応援なんて今まで一度もされたことがない。厳しい言葉は掛けてもらったが。というか厳しい言葉で殴られていた気がするが。


「せ、戦龍~……も、……無理かもぉ~」


 はぁ、はぁ、と呼吸を繰り返して言ってみる。


「……じゃあ休憩!」

「やった!」


 全然まだまだ平気なのだが、龍神の前だと認められるらしい。


「……もう少しお前もやる気を出してくれればな。たぶん、その肉体的に潜在能力は凄まじいと思うんだが」


 休憩中。水分補給をしながらタオルで汗を拭う。


「うわ。え? ……うわぁ」


 地面に座り、肩と肩が触れそうな距離感。龍姫は自分の身を抱いた。

 戦龍は首を傾げる。


「なんだ」

「なんだって……その肉体的に、だって。いったいどこを見ているのか……エロガキだね。いや、私がナイスバディで肉欲を煽るのがよくないのか。お姉さんの魅力には逆らえないのかな」

「だからオレを鬼と一緒にするんじゃねぇ!」

「そっちかい」


 ガキとは言ったが、その餓鬼ではない。


「ったく。

 単純に、お前は人間であり魔人でもある珍しいタイプだってことだ。上手く行けば、人間の器用さ適応力柔軟性を持ったまま、魔人の強靱さ魔力の扱いができる。オレら神徒並みにもなれるかも知れない」

「へぇ~」

「へぇ~って……。どんだけ龍人が神徒の座に憧れているのかわかってるのか!?」

「わかってない。わかるつもりもない」


 ぐぉお……と呻きながら戦龍は頭を抱えた。龍姫はけらけらと笑う。神徒になるつもりもないし、別に強くなろうとも思っていない。

 現状戦龍と特訓しているのだって、身を守るための術はあっても損ないから、だ。彼に会いに行きたいが、それは龍神からの許可が降りていないし、他にやることがないため戦龍とこうして特訓しているだけ。


「ったく。なんでオレがこんな……オレに鍛えて欲しいって奴がどれだけいると思ってんだ……」


 一人ぶつぶつ言っている。龍姫は何も言わなかった。近づいてくる足音があったから。


「行くところができた」


 龍神が……若干不機嫌そうにしていた。


「また?」

「ああ。今度は貴様も連れて行く」

「え。良いの? 戦龍との特訓は」


 まだ特訓は始めて二ヶ月弱。走り込みしかしていない。


「良い。元より戦龍には、体力作りだけを期待していた」


 龍姫の体力のなさを戦龍が見抜くことも、龍神はわかっていたらしい。


「行くぞ」

「え、ちょっ…………はぁ。急なんだから」


 こっちの意見は訊かず、決定事項として龍神は歩いて行く。

 立ち上がった龍姫は戦龍に一礼した。


「ありがとう。いろいろと。楽しかった」

「あ、ああ……」


 龍神に追いついた龍姫は、いつもと違う雰囲気に尋ねた。


「何か、怒ってる?」

「いいや、怒ってなどない」

「怒ってるじゃん」


 はたと足を止めた龍神は、客観的に自分が怒っているように見えたことを冷静に分析しているようだ。


「怒ってなどない。ただ、貴様が他の者と楽しそうにしている姿を見て、何だか……落ち着かなかっただけだ」


 歩き出す龍神。


「……それって嫉妬じゃん」


 龍姫は呟いた。

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