8 ある視点
「あの本をお勧めしたのは」
「日本には、周縁にあって自由を重んずる海民と」
「中央で王権に服する農民がいたということを知ってほしかったからです」
病のせいなのか、指の動きも速くはないので音声になって出てくるまでに時間がかかる。
なるほど、これは電話取材は無理だな——と友子は思った。
「王権の側は支配と秩序を欲します」
「そのため、支配を嫌う周縁は王権の側にとっては疎ましい存在です」
「それでいて、王権が成立するためには必要な存在でもあったわけです」
「本ではあまり触れていませんでしたが」
「そうしたマジョリティは、周縁の民を差別しやすいものです」
このあたりは指を2〜3回押すだけで連続的に出てくるので、あらかじめ打ち込んであったフレーズなんだろう。
「あなたに調べてみてほしかったのは」
「奥さんと、ご主人の茂樹さんの出自でした」
「それはもう調べられたのですね」
「『血』の意味も半分は理解されたのですね」
半分?
と友子は思う。
あとの半分は何なんだろう?
「私の苗字、珍しいでしょう」
「ルーツは静岡県菊川市あたりです」
「菊川市の横地を縮めて『菊地』と名乗ってみたんですが」
遊んだわけか。
と友子は思った。
介護ベッドに横になってゆっくりと指を動かす姿からは重厚さすら感じてしまうが、意外にお茶目な人なのかな?
「まあ、けっこう由緒ある苗字ではあるんです」
「もちろん、王権側に属します」
「室町期に今川氏に滅ぼされて、今は城跡が観光地になっています」
「その時、逃げ散ったり庶人に落ちた人々の末裔が、私というわけです」
「そういう古い家系の一族の中には」
「自らの血筋を権威あるものと誇り、ときに意味もなく周縁の人々を見下す人間がいたりするものです」
「また、そういう保守的で固陋な人間が、集団の中では意外な力を持っていたりもするものです」
この人は何が言いたいのだろう?
「ある視点、とおっしゃいましたよね?」
友子は先を急いで質問をした。
発話がゆっくりなので、話を遮った印象にならないのはありがたい。
「私の記事中に答えがあったとも・・・。」
「これは」
とだけ発音させて、横地さんは「余計な話ばかりして申し訳ない」といった雰囲気の笑顔を見せた。
「はい」
「あの記事の中に答えがありました」
「ある視点を持てば、謎は1本の線でつながるのです」
「視点というのは、気がつかなければ全く気がつかないものです」
怪訝な顔の友子に、横地さんは視線だけでサイドテーブルを指した。
「そこに、甘納豆があります」
見るとサイドテーブルの上に小さな三角形の甘納豆の袋がいくつか置いてある。
「甘いものが好きでして」
「それを1つ破って、皿の上にあけてください」
スムーズに言葉がつながったところをみると、あらかじめ用意していたものらしい。
友子は言われたとおり、三角形のビニールの袋を破って甘納豆を皿の上に出した。
14〜15個の砂糖のついた小さめの豆が、皿の上にバラバラと散らばった。
「バラバラに見えますよね?」
「はい。」
少し間が空く。
「ある方向から見ると、その豆が一直線に並んで見える視点がありますが、わかりますか?」
一直線?
皿の上の甘納豆は、どう見ても無秩序に散らばっている。
友子は顔を動かしていろんな方向から見てみるが、豆が一直線に見えるような場所はない。
「お皿を目の高さに持ち上げてみてください」
友子があちこちに顔を動かしていると、パソコンのスピーカーがそう言った。
「?」
友子は皿の水平を保ったまま、目の高さに持ち上げてみる。
「あっ!」
豆は見事に一直線に並んだ。
「視点に気がつくというのは」
「そういうことです」
「誰もが皆、通常の見方でしか見ようとしない」
「それでこの事件も」
「謎だらけになってしまうのです」
友子は甘納豆の乗った皿を持ったまま、横地さんが次に打ち込む言葉を待った。
「動機がなんであるか、に気がつけば」
「あなたが記事に書いた『謎』は」
「すべて一直線につながるのです」




