99 椅子取りゲーム
昼休みも終盤に差しかかったところでほぼ同時に二通のRHINEメッセージが送られてきた。どちらともこちらから送ったものに対しての返信で、送った相手は夏鈴さんと望月先輩だ。
『今週はずっと忙しいから手伝えない。どうしてもというなら知り合いを紹介するけど?』
まず最初に返ってきたのは夏鈴さんだった。彼女には波子屋さんの身に起きていることを簡潔に伝え、その上で小島さんの様子を見に行ってもらうと考えていた。望月先輩たちからは彼女たちなりの持論があって協力を断られたが、夏鈴さんの場合は単純に忙しくてそれどころではないようだ。何をやっているのか知らないが、確かにここ最近の彼女は忙しそうだったのは目の当たりにしている。
まあ何となく最初からそんな気がしてたのでショックはない。
しかし夏鈴さんの知り合いかあ。真の引っ越しの時やあの公園で見た例の厳つい人達のことを言っているのか、それともまた別の人物なのかは分からないけど、いきなり知らない人が尋ねても小島さんだって迷惑だろうし、今のところ丁重にお断りするしかないな。
『もう少し詳しく訊きたいしHR終わったらすぐに会える?』
望月先輩からは前向きなメッセージが返ってきた。詳しく訊きたいというのは真のことだろう。情報量が多かったので最初は電話で話そうとしたのだが、呼び出しは鳴っても一向に出る気配はなかったので、仕方なく概要だけ送っていたのだ。
『了解です。じゃあ〇〇のコンビニ集合でいいですか?』
『学校じゃダメなの?』
『今日色々とあって出来れば学校から離れたいです』
とここで少し間が空いた。先輩のことだ、きっと察してくれるはず。
あらぬ俺の噂がこの学校を駆け巡っている以上、先輩と校内で話をするのはギリギリセーフだとしても、話の流れでそのまま一緒に真の学校に向かうとなれば話は変わってくる。また口さのない連中が変な噂を振りまくに決まっている。
『いいよ。その代わり急いで来てね』
何だろうこの違和感? せっつくのはどちらかと言えばこちらからのセリフだと思うのだが・・・・・
『なるはやで行きます』
何にせよ早く行くに越したことはないので素直に返事を送った。
「今日はのんびりなんだね」
ここ数日と違い今日の昼休みはトイレ以外教室から出ておらず、河島さんとずっと一緒だった。彼女のその言葉に刺々しいものはないけれど、どこか憂いのようなものを感じた。
「それはお互い様だろ。すみれだってここ最近忙しそうだったじゃん。敢えて聞かなかったけど、一体夏鈴さんと何してたんだ?」
「私は手伝ってただけ。何をしていたのか気になる?」
「少しの間とはいえほっとかれたしな」
「それはお互い様だと思うけどなあ」
「まあ違いねえな。俺もすみれに言えてないことあるし」
「浮気を隠してるとか?」
「笑えん冗談はよせ。それでやっぱり俺には言えないのか?」
その質問に河島さんは顎に手をやり「そうだなあ」と呟いた後、
「別に言っても問題ないと思うけど、一応夏鈴さんの許可が必要かな」
意地悪をしているのではなく、本当に判断に迷っているような口振りで言った。
「なら今は諦めるか。夏鈴さんまだ忙しいみたいだし、今聞いても相手にされないかも」
「私はもう忙しくないよ」
真顔で真っ直ぐ俺を見つめる彼女の瞳は、暗に今俺が抱えていることを手伝うと言っているように思えた。
「その時が来たら頼むさ」
正直迷った。河島さんはこちら側の人間だが、真の件にしても波子屋さんや小島さんの件にしても、どちらとも不確かなことがまだ多い。それでも俺が頼めば気にせず彼女は手伝ってくれるだろう。しかし今の俺たちの関係と同様に、あと一歩のところを取って付けたような理由を無駄に重ね着して、結局躊躇してしまう。
はあ、俺はいつからこんな正確になってしまったんだか・・・・・・・
「・・・・・半分しか通じなかったかあ」
ため息交じりで河島さんが小さく呟く。
「半分って?」
「いいのいいの。律樹君は気にせず自分のやるべきことをやって」
軽く突き放すようにそう言われてしまってはこれ以上返す言葉はなった。
放課後
下駄箱で靴を履き替えている最中、後ろからいきなり「磯〇、野球しようぜ」的なノリでヨミ先輩に部活に拉致されかけたが丁重にお断りして急いでその場を立ち去った。その際「リッキー反抗期だー」と後ろで騒いでいたが、当然ながら聞こえない振りをした。
なるはやでと自ら言った手前、遅くなるわけにはいかないと全力で自転車を漕いでコンビニへと向かった。
「思ったより遅かったね」
コンビニに到着するとすでに望月先輩は駐車場のところで待っていて、開口一番そんな辛らつな言葉を投げかけてきた。
「ハァハァ・・・これでもHR終わって速攻出たんですが・・・・」
自転車から降り息を整えながら一応反論を試みる。ヨミ先輩に絡まれ少しだけ時間を食ったが、それでも彼女よりは早く着くことは出来なかっただろう。なにせ先輩は息が上がっているどころか全然余裕そうだからだ。
「そうなの? 私も急いで来たけど今日は自転車は家に置いてきたから律樹君の方が断然早いと思ってた」
言われてみると先輩の近くに自転車はない。と言うことは走ってきたってこと? だとしたらどんだけ足が速いんだよこの人。
「先輩、HRちゃんと出ました?」
HRはどのクラスも基本同じ時間に行われる。もしかしたらそれに出ないで先に来た可能性がある。
「もちろん。ああでもちょっとだけズルしたかなあ」
「ズルですか・・・」
「聞きたい?」
「ふふふ」と挑発的で尚且つ悪戯っぽい仕草で言う先輩を見れば答えは決まっているようなものだ。
「止めておきます。世の中には知らない方が幸せって言葉がありますからね」
「正解だよ。今の君にはまだ早いと思うし」
まだ早いってなんだよ? もしかしてこの人、俺のこと調教でもするつもりなのか? おっとそんなこと考えてる場合じゃなかった。
「ここでこのまま話します? それともどこか別な場所で?」
「話は小学校に向かいながらしよ」
「じゃあ手伝ってくれるってことでいいんですか?」
「いいも何も、だって律樹君は最初からそのつもりで連絡してきたんでしょ?」
「ほら波子屋さんの時は断られたし、もしかしたら今回も似たような理由で断られるかもって考えてました」
「今回のことはあの子は関係してないし、律樹君もそれを分かった上で頼ってきたものだと私は思ってたのだけど?」
「そうなんだけど、何というか自信がいまいち無くて・・・・」
「そう言うところは変わってないんだね」
「ん、どういうことですか?」
「ああ気にしないで、ずっと昔の話だから。それよりここに留まってるともしかしたら見つかっちゃうかもしれないから早く移動しよっか」
「そうですね。そろそろうちの生徒が続々とやってくる頃合いだろうし」
先輩の言う通りだ。人目を避けるために集合場所を学校の外にしたのに、もたもたして知り合いに見られたらまた変な噂が立ってしまう。
「・・・・・それもあるのかな?」
何で疑問形?
先輩がそう言った理由を後で知ることになるのだが、「ほら早く」と急かすように先の歩き出したので、俺は自転車を押しながら後を追いかけた。
「なるほど、全部分かったよ」
小学校まで道中、真のクラスで起きた不思議な出来事や、真の現在置かれている状況を俺が知っている限り全部望月先輩に話し、付け加えて真が俺の家に住むことになった流れも隠すことはせず、ありのままを伝えた。
「全部ですか?」
先輩は『だいたい』ではなく『全部』と間違いなくそう言った。それはつまり今の俺の説明で今回の事情が分かっただけでなく、それ以上のことを把握したと言っているように聞こえた。
「・・・・ねえ、律樹君はこんな噂話聞いたことないかなあ?」
先輩は俺の聞き返した問いには答えようとはせず、「むかしむかしの話です」と子供に読み聞かせするような口調で語り始めた。
今から三十年以上前、明るくてとても活発な小学生の少女がいました。みんなからはみーちゃんと呼ばれています。彼女は家の中で大人しくしていることより、外に出て大勢の子供達と遊ぶことが大好き、そんな女の子でした。ある日、いつも遊んでいた家の近くの公園は自分達よりずっと大きい中学生たちが占領していたので、仕方なく少し離れた公園で遊ぶことになりました。その日一緒に遊んでいたのは少女と一番仲の良かった女の子一人とクラスの男子五人の合計7人で、ここ最近はずっとこのメンバーで放課後は過ごしていました。
家の近くの公園とは違い自分たち以外は誰もいなかったので、公園全部を使ってノビノビと缶蹴りや鬼ごっこなどをして楽しみました。
公園の南側は斜面になっていて、そこから木が鬱蒼と生え、枝や葉は公園内へと入り込んでおり、この周辺は全体的に日当たりが悪い影響か、公園の近くに立ち並ぶ割と新しめの住宅もどことなく薄気味悪く見えたりしていた。
しかし子供たちはそんなことは気にせず遊んでいましたが、楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうもの。もうそろそろ遊ぶのはやめて家に帰る時間だなとそれぞれが思い始めた時、リーダー格である少年がある提案をしました。
『最後に椅子取りゲームしようぜ』
誰もが知っていて尚且つルールがシンプルなこのゲーム。確実に勝敗が着くし時間もそうかからない。偶には面白いかもとその場にいた全員がその提案に賛成しました。
『でも音楽無いけどどうするの?』
別の男の子が言った。この男の子が言う通り椅子取りゲームは音楽無しでは成立しません。しかしリーダー格の少年は、
『それは考えてるって。ほらそこの道ってたまに車通るじゃん。だからどっちから来てもあの木を車が通り過ぎたら音楽が止まったのと同じ。なっ簡単だろ?』
公園の入り口のすぐ脇にある木を指差しながら言った。
『なんか変な感じだけどまあいっか』と誰かが言うと他の子供たちが『変だけど』とケラケラと笑いながらも『やろうか!』という雰囲気になりました。みーちゃんも仲良しの女の子もみんなと一緒に楽しそうに笑っていました。
そしていざ始めようとすると、
『どうせなら座れなかった奴から帰るってのはどう?』
リーダー格ではない別の男子が言い出しました。みーちゃんは家が近い仲良しの女の子と一緒に帰りたかったのですが、それはそれで楽しいかもと思い、反対することはしませんでした。
『じゃあみんな輪になって周れー。次の車が来たら決められた遊具に座るんだぞ』
ブランコ、シーソー、すべり台の階段、丸太の平行棒など様々な遊具を椅子代わりにし、一人減るごとに遊具も減らしていくというルールで開始されました。
リーダー格の合図でみんなが同じ場所をぐるぐると回り始めます。しかしこの場所ならシーソーが近いとか、ここからならブランコが近いなど、みんな様々な思惑を抱いているせいか、子供たちが作る輪は歪な物でした。みーちゃんも皆と同じで『絶対に負けたくない』という気持ちから遊具と目印である大きな木に視線を行ったり来たりさせます。
そして一台目の車が見えると示し合わせたかのように全員が一斉に歩みを緩ませ、視線が目印の木に集中しました。
(いまだ!)
みーちゃんは心の中でそう呟き一番近かったシーソーに向かって全力で走り出す。シーソーは向かって右側が地面に着いているのでそこを目指した。
しかしあともうちょっというところで バタン! と勢いよくシーソーが跳ね上がった。
『はい俺の勝ち― 最初の脱落者はみーちゃんに決まりー』
リーダー格の少年がシーソーの左側にお尻を着けながら言う。他の子供達も既にそれぞれの遊具に座っていた。
『ズルい! フライングしたの私見たもん』
みーちゃんはリーダー格の少年がフライングしたように見えた。しかし視界の端に見えただけなので自信はありません。
『そんなことしてませーん。みーちゃんの足が遅いだけですー』
続けて『負けて悔しいか、はははー』と小バカにした口調でリーダー格の少年が言います。
『ふん、別にー。それに今日は早く帰りたかったから丁度いいもん』
みーちゃん心底悔しくて負け惜しみにそんな嘘を吐いてしまいました。フライングの真偽は結局分かりませんでしたが、ルール通り座れなかったみーちゃんが一番最初に帰ることになってしまいました。
『ゴメンねみーちゃん。でもゆっくり歩いてて。負けたら直ぐに走って追いかけるから。でもアイツだけには負けたくないから最後まで頑張るつもりだから少しだけ遅くなるかも』
仲の良い女の子がみーちゃんにそんなことを言いました。その子はクラスの女子の中で一番足が速いので、たぶん最後の方まで残るだろうとみーちゃんは思いました。
『絶対勝ってよ』
一人で帰るのは少し寂しかったですが、走って追いかけてくれると言ってくれたし、何よりズルしたかもしれないあの少年の鼻を明かして欲しいと思いエールを送ることにしました。
『じゃあね』と一言だけ残してみーちゃんはトボトボと名残惜しそうに公園を後にします。
そしてその後姿を見送った六人がみーちゃんの最後の目撃者となりました。




