96 手掛かりは突然湧いてくる?
翌日
夏鈴さんは既に学校へ行った。孫七さんも朝食の後すぐに「今日は出掛けてくる」と夏鈴さんと同じ頃家を出た。河島さんは一旦部屋に戻ったのでリビングには俺と真、そしてさっきから『構って構って』とうるさいペンシーしかいない。因みにトウラは真の部屋で夢の世界から帰還していないそうだ。
「今日の夕方学校に来るんだよね? だったら僕も残ってた方がいい?」
「そうだなあ、向こうでガラス渡りと合流できた方が何かと都合が良さそうだからそうするかあ。ああでも無理はしなくてもいいんだぞ。ガラス渡りとは何処で落ち合うか予め決めておけばいいだけだし」
律子姉さんは『明日の放課後学校に来い』、そう言い残して電話を一方的に切った。一切何の説明もなかったが、考えなし且つ理不尽な要求ではないことだけは俺にも分かった。彼女なりに何かを考えての言動だったはずだ。いやそう信じたいだけかもしれんけど・・・・・
俺的には寧ろ好都合だと思った。正直言ってあの人には会いたくなかったが、現場である小学校に堂々と侵入するまたとないチャンスなのだ。
真に、無理するな。そう言ったのには理由がある。今の真の立場は最悪な状況だ。学校の何処に行っても居心地が良くないことは間違いない。そんな中で放課後俺を待つだけに残ってもらうのは忍びないからだ。
「ううん、自分のことだし残って待ってるよ。それに僕が直接先生に話した方が伝わりやすいと思うんだ」
真のクラスの担任はプリン事件を境に完全に真を犯人として扱っている。本来は相談相手としてあるべき立場の人間が敵になってしまったのだ。つまり真にとっては律子姉さんは学校内における味方になり得るかもしれない存在なので、こうも積極的になっているのだろう。
俺的には絶対に『なり得ない存在』なのだが、仮にも彼女は小学校の教師だ。転職した理由や経緯は知らないが、少なくとも今のところ真の敵ではない。まあ味方でもないんだが。
「放課後は自由にスマホ使えるんだったよな? なるべく急いで向かうが、一応行く前に連絡は入れておく」
「分かった。適当な場所で時間潰して待ってるね」
「話は終わったかな? そろそろ学校に行く時間だよ」
二階から降りてきた河島さんがドアを半分開け覗き込みながら言った。そこに勢いよくペンシーが飛び込んでいき、それを河島さんが拾い上げ「行ってくるね~ いい子で待ってるんだよ~」と頬ずりをしたあと床に下ろした。制服に毛が付いてしまったのを手慣れた手つきで落としていく河島さん。そんな手間をかけるくらいなら制服に着替えた後にわざわざ抱きかかえなくてもいいのに。そう思ったが口にすることはしなかった。
三人で一緒に家を出て、小学校と高校とでは方向がほぼ真逆だったのですぐに真とは別れた。今日は徒歩で登下校するつもりなのか、河島さんの自転車は家に置いたままだ。俺は急いで帰る必要があるので自転車を出しているが、彼女に合わせるため跨ってはいない。
「今日真君の小学校に行くって話してたのさっき聞こえちゃったけど、何かあったの?」
信号で足を止めた時河島さんがそんなことを聞いてきた。表情を見るにただの興味本位ってところだろうか。そもそもプリン事件のことは河島さんは知らないはず。
「まあちょっとね。実は年の離れた女の従姉が真が通っている学校で教師をしてるんだよ。それでたまたま昨日連絡したら、俺が学校に行く流れになったって感じかな。真に関してはまあアレだ、せっかくだし紹介しておこうと思ってさ。ほら真的にも味方が近くにいるって思えば少しは気が楽になるんじゃないかと思って」
今行ったことに嘘はないと思う。けれど肝心なことは全く話していない。これが今出せる最大限の情報だろう。
「へーそうだったんだ。結構世間って狭いんだね。律樹君の従姉ってことは源六さんのお孫さんってこと?」
「父方の従姉だからそうなるな。結婚して苗字は変わったはずなんだけど高遠って名乗ってるらしいんだ」
「今の時代不思議ではないんじゃないかなあ。中学時代の先生にも結婚してもそのままな人いたよ」
「でもそれって同じ職場で途中から名前が変わると色々と面倒だからだろ。でもあの人の場合今年から教師始めたらしいし、だったら最初から旦那さんの苗字でよくね?」
「うーん、選択式夫婦別姓ってやつかな。法的なことはよく分からないけど、最近は多いんじゃない? どちらを使おうと周りの人ってそこまで関心ないだろうし、本人の気の持ちようじゃないかなあって私は思うよ」
人それぞれあるとはいえ、あの人が何を考えているのかあんま想像したくはないな。
「その辺は実際結婚してみないと分からないよなあ・・・・・」
「・・・・・そうだね」
「・・・・・・・・」
横並びで歩いてはいるが、会話が行き詰まり変に意識しあってしまったせいで、さっきまでちょいちょい交差していた視線は平行線を辿っている。
あっやべ、何か変な空気になってしまった。まあそりゃそうだよな、一応俺達周囲には付き合っている体で通しているし、しかも一緒に住んでるんだから変に意識してしまうのは仕方ないよなあ・・・・・・
なんか気まずさと恥ずかしさで河島さんにの顔をまともに見れん。なんか別な話題をしなきゃ。
ていうか俺達って一体どういう関係なんだろ? 友人、同居人? それとも・・・・・? あー今そんなこと考えてる場合じゃないっつーの。早く何か言わなくては。
部活の話でもしようと思っていたら、先に河島さんが正面を向いたまま「そう言えばさあ・・」と切り出した。横目でチラリと見た彼女の顔は、ほのかに薄ピンク色になっていたような気がした。
「この間波子屋さん達に相談されてたけど、変なことに巻き込まれたりしてない?」
そう言えば河島さんには詳しいこと何も話してなかったけな。しかし彼女も一応こっち側の人間とは言え、あまり言いふらせる内容でもないからどうしたもんか。
「巻き込まれては・・・・ないかな」
今のところ、と心の中で呟く。
「でも巻き込まれる可能性はあるんだ。ねえ本当に大丈夫? ちょっと心配かも」
「俺に実害がありそうとかそんな感じじゃないから、そんなに心配しなくてもいいぜ」
「ならいいけど・・・・でも私に何かできることあったらちゃんと言ってね。遠慮は無しだから」
「だったらそういう状況にならないことを願っててくれ」
何も起こらないのが一番だ。
「そういう意味だけで言ったんじゃないんだけどなあ・・・・」
プイッと俺とは逆の方向を向いてボソッとそう呟いた。夏鈴さんほどではないけれど、俺も聴力にはそれなりに自信があるのでその呟きを聞き逃すことはなかった。
もし今のセリフに続きがあるのならばと思い耽る。しかしそれを今考えても空しいだけだと思いなおしすぐにやめた。
今の俺たちの関係性は特殊だ。つまり途中の工程をすっ飛ばしてしまったせいで肝心の何かが抜け落ちてしまっている。それが何なのか当然俺は知っている。おそらく河島さんもそうだろう。だけどお互いにその事実に蓋をしてしまい、どちらかが蓋の取っ手に手をかけるのを待っている。つまり俺たちは八合目まで一気に駆け上り、そこで停滞してしまっているのだ。
その後はあまり会話も弾まないまま学校へと到着。途中クラスメイトに出くわし「おっ今日も仲良いな」と冷やかされたりもしたが、いつも通り適当に受け流した。
「おはよう高遠君。ちょっといいかな?」
教室に入る手前で声を掛けてきたのは委員長だった。河島さんは委員長に挨拶した後「先に行ってるね」と言って先に教室へと入っていく。
「なんか邪魔しちゃってゴメンね」
「この学校にカップルの間に割り込んじゃいけない校則でもあるのか?」
「な、ないけど?」
「なら問題ないだろ。それで俺に何か用があったから声掛けたんだろ。イチャついてたのをわざわざ邪魔するくらいだ、よっぽど重要なことだよな?」
本当はイチャつくどころかあの話をしてからずっとギコチナイままだったんだけどね。
「もしかして本当は根に持ってる?」
「冗談冗談。それで?」
「僕はその手の冗談よく分からないから勘弁してくれよー」
胸に手を当て心底ホッとしたように「ふぅ」と息を吐く委員長。そう言えば委員長の苗字って何だったけ? 必死に思い出そうとしているうちに委員長は話を続ける。
「今度の課外授業なんだけどさあ、うちの班って何処に行くかまだ決めたないでしょ。一応女子三人には聞いたんだけど、みんな委員長に任せるっていうんだ。丸投げだよ、酷いと思わない?」
「いや別に行きたいところが本当になかっただけでは? まあそれでも気持ちは分からなくもないけどさ。因みに一也には?」
「まだ聞けてない。ほら橋本君って文字さんといつも一緒にいるから訊きづらくて」
「でも女子三人に聞いたってことは文字さんにもアンケートしたってことだろ。だったらなんで訊きづらいんだ?」
「先週女子三人が偶然一緒だった時があってその時聞いたんだ。でも分かるでしょ、あの橋本君と一緒にいる時の『私たちの邪魔するな!』オーラが半端ないこと」
「あーうんうん、確かにそうだ。でも彼女だってそこまで理不尽ではないと思うぞ。最悪足の脛を思い切り蹴飛ばされるだけだと思うし」
「あーやっぱりかー。そうだよね、彼女が怒ったらそれくらいのことやりかねないよね・・・・」
いやいや冗談だよ? まさかここまで冗談が通じないとは・・・・・ていうか文字さんがそこまで恐れられているとは思いもしなかった。それとも委員長がただ単にネガティブスキル持ちなだけか?
頭を抱え込む委員長に対し「これも冗談だから真に受けんな」と言おうとしたその刹那、
「へー面白そうな話してるじゃない。もう少し私にも聞かせてよ。ねっ、一也もそう思うでしょ?」
最初の「へー」が聞こえた段階で数秒後に俺が足を抱えて蹲る未来が脳裏に走った。なんてタイミングだよ・・・・
「お、おはよう文字さん、それと和也も・・・・・・」
恐る恐る振り返るとそこには苦笑いした一也と、その一也と手を繋いでいる文字さんがいた。
「律樹おはよう・・・・まあ今日は機嫌メッチャいいから大丈夫だろ、たぶん」
機嫌がいいというのは文字さんのことだよな? メッチャ機嫌が良いどころか、俺にはメッチャ眉尻が上がっていつもの三倍ほど目力の戦闘力が増しているようにしか見えないんだが? それと思っていても「たぶん」とかいうのやめてくれ。期待値がガッツリ下がる。
「おはよう。じゃあじっくり聞こうかしら、教室の中でね」
「えっ?」
もしかして観衆の前でお仕置きですか? だとしたらかなりエグイんですけど・・・・・
「えっ? じゃないわ、早く行くわよ。ああそれから委員長、一也に用があるのでしょ? 私達は先に教室に入ってるからゆっくり話すといいわ」
「は、はい」
もし今のが「ムカつくから蹴っ飛ばしてもいいかしら?」だったとしても、蛇に睨まれた蛙になっている委員長は同じ返事を返したかもしれない。それくらい圧倒されているように見えた。
何も言わず歩き出す文字さんの後ろを黙って付いていく。俺も気圧されている影響で前を歩く彼女の姿が大きく見える・・・・・なんてことはなく、どことなく嬉々とした雰囲気に見えたのは気のせいだろうか?
「さあ話をしましょうか」
俺と文字さん。入口から席が近いのは俺の方だ。文字さんは俺の机の上に鞄を置いたので、俺は取り合えず椅子を引きその上に鞄を置いた。
「えーと・・・・・つい悪ノリしてしまい余計なことを口走ってしまいました、スイマセン・・・・」
「そんなことは別にどうでもいいの。それより私も気を付けないといけないわね」
「本当に怒ってない? 後からやっぱりムカつくから殴らせろとか言わない?」
「・・・・高遠君の気がそれで済むというのなら私としても吝かではないのだけれど?」
「ゴメンナサイゴメンナサイ」
「ハァ・・・冗談よ。アナタも意外と冗談が通じないのね」
ゴメン委員長。君の気持ちがたったいま、痛いほど理解出来ました。
「ははは・・・・それで気を付けるって?」
「まあ私も一也といる時、話し掛けるなって雰囲気を出していることは自覚していたけど、まさかあそこまで大袈裟に捉えられているとは思いもよらなかった。今後は少し自重するわ」
「さいですか」
とりあえず俺が蹲る未来は回避できたってことだよな。あー良かった良かった。
「それより小島さんなんだけど、今日もお休みするみたいなのよ」
「今日もかあ。そう言えば今週ずっとだよな。でも連絡は取れてるんでしょ?」
「そうね。学校にも連絡しているみたいだし、私もRhineでのやり取りはしてるわ」
「なら大丈夫じゃないか。言い方はアレかもだけど、そこまで心配する必要ないと思うが?」
体調不良で学校を三日間休むことなんて珍しいことでは無い。しかし文字さんは「そうなんだけど」と呟き理解は示してはいるものの、どうやら腑に落ちないといった様子だった。
「でも少し気になることがあるの」
その言葉に何故か胸がざわついた。だけどその理由は分からない。
しかし、ざわついたその根底が何なのか、それだけは何となく想像が出来た。
「気になること?」
「ええ。確証があるわけではないから大きな声では言えないのだけど」
そこで一旦言葉を止め、周りを見渡したあと顔を近付け小声で続ける。
「なんだかここ最近様子がおかしいのよ」
文字さんのその言葉に対し一番最初に浮かんだことをそのまま口にする。
「まさかイジメ?」
小島さんは中学時代イジメを受けていたと直接本人から聞いていた。今回の休みが体調不良によるものではなく、イジメによる不登校だとしたら・・・・・
「ううん違うわ。イジメだとしたら絶対に加害者を許さないけど、そういう感じじゃないの」
イジメではない。その言葉を聞いて胸をなでおろす。しかしざわつきは止まらない。
「じゃあどういう感じ?」
「毎回じゃないんだけどね、電話やRhineでのやり取りでもそうなんだけど、一番最初に彼女に対して違和感を覚えたのは先週からでね」
先週からと聞いた時点で予感がしていた。そしてその答え合わせはすぐにやってくる。
「まるで他人と話しているような感じがしたの」
文字さんのそのセリフで頭の中に思い浮かべた最後のチェック項目にレ点が付いた。
断定はできない。だけど今の話を聞いて確かめるべきことが出来たのは事実。
波子屋さんの入れ替わり案件。小島さんが関係している可能性が高い。




