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92 ニャフン

 中田を石渡に完全に丸投げした後は真っ直ぐ帰宅した。


 正直石渡には思うところだらけだった。しかしガラスと少年事件は一応の解決がなされたいま、石渡に対し何かしらの報復をすることは無駄な労力だと思ったし、何より被害者である一也本人がそれを望んでいなかった。まあ文字さんは「絶対に許さないから」とまだお怒りのご様子だったが、一也が望んでいない以上手出しをすることはないはずだ。


 俺自身も石渡を許すつもりは毛頭ないが、今はそれどころではない。



「んで、どうしてペロ氏が俺の家に?」

 

 帰宅してすぐ目に飛び込んできたのはリビングでペンシーとじゃれ合うペロ氏(小)の姿だった。一応ソファーに孫七さんが座っていたが、俺を見て「ああおかえり」と言ったあと、すぐに手元の本に視線を落としていた。


 多分ペロ氏をこの家に入れたのは源六さんだと思うが、あまり気にしている様子もない。というか無関心すぎやしないですかね?


「オヌシに少し用があって寄ったまでだ・・・・・っておい! 我の体を気やすく撫でるでない。昨日我の威圧で気絶したクセに生意気な小僧だ」


 そう言われても小っちゃいバージョンのペロ氏って普通に可愛いんだよなあ。しかも口で言うほど嫌がっている感じしないし、ていうか寧ろゴロゴロとじゃれてきてる。ずっとこの姿のままでいてくれればいいんだけどなあ。


「用って昼も会っただろ。何か言い忘れたことでもあるのか?」


 お昼に会った時、つまり波子屋さんの体が応接室から逃げ出したあと、ペロ氏と少しだけ会話をした。と言ってもペロ氏が学校に来た理由くらいしか話をしていないが。


「失礼な。我がそんなうっかり者にみえるか?」


 小っちゃい姿でも昨日円城先輩の家で訊いた厳ついだみ声のままなのだが、返ってそのギャップがたまらなかったりする。


「そんな愛らしい姿で言われてもなあ。ところで探し物は見つけることは出来たのか?」


 ペロ氏曰く、彼は今日学校に探し物をしに来たらしい。その探し物が何なのかは教えてくれなかったが、話し振りからしてあまり普通ではなさそうだったので深く訊くことはしなかった。


「フン、オヌシには関係ないことよ」


「いやペロ氏の方から教えてくれたことなんだが? まあ関わればロクなことにならなそうだから別にいいけど。それで用ってなに?」


「オヌシ今厄介なことに巻き込まれておるだろ?」


「厄介なこと? んーどちらかと言うと巻き込まれているのは別の人で俺はそれに関わってるって感じ?」


「それを巻き込まれていると言わずして何という!?」


「まあそうかもしれんけど、もしかしてペロ氏が助けてくれるのか?」


 ていうかそんなに怒ることか?


「そんなわけなかろう!」


 「シャー!」と爪を立て俺の手を引っ掻こうとしてきたので寸でのところで手を引き躱す。そしてヤレヤレといった表情で(決してそう見えたのではなく雰囲気でそう感じた)続ける。


「だがしかしこれはある意味手助けなのかもしれんな。今日オヌシと一緒にいたあの人間、あやつには気を付けた方がよい。ただそれを忠告しに来ただけだ」


「あの人間って波子屋さんのことか?」


「名前なんぞ知らん。それにおそらく中身は別人なのだろう?」


「ペロ氏から見てもそう思うのか? ひょっとしてその正体を知ってたりは・・・」


「さてな。だがこれ以上あの人間に関わらないことを勧める。あのイカレタ女がオヌシの後ろ盾になっている様だから最終的にはアイツが何とかするのかもしれんが、大火傷する前に手を引くのが賢明と言うことだ」


「イカレタ女って夏鈴さんだよな。表現はアレだけど確かに後ろ盾と言えば後ろ盾だな」


「違う。その夏鈴と言うのはこの家に住みあの学校で教師をしている人間のことだろう? 我が言っているのは昨日輔の家にやって来た背の低い方の女だ」


 背の低い女。あの高身長の祭主先輩を基準とすれば殆どの女性が低い方になってしまうが、今回の場合比較対象は一人しかいない。


「望月先輩がイカレタ女? そう言えばペロ氏は望月先輩のことかなり苦手みたいだけど、何かあったのか?」


「・・・・・・・・」


 返事がない。どうやら想像以上に大変なことがあったようだ。


「スマン、なんか悪いこと聞いてしまったな」


「な、なんのことだ?」


「・・・・・強く生きろよ」


「そんなことより我はちゃんと忠告したからな。ではさらばだ・・ニャフン!・・・・・オヌシ一体何のつもりだ?」


 まだ聞きたいことがある。そう思ってヒョイッと軽やかに動き出す前に首根っこを掴んで持ち上げる。ていうか「ニャフン」とかいちいち可愛いでしかない。


「いやどうせなら飯でも食っていかないかと思ってな。孫七さん、頼んだもの買えました?」


 最近は色々と忙しいので食材などの買い出しは孫七さんに頼むことが多い。これは孫七さんからの申し出で始めたことで非常に助かっている。


「全部買えたぞ。必用な物は冷蔵庫に入れた」


 そう言ってまた本に集中し始める孫七さん。全部と言うことはアレも買えたってことだよな。


「飯を? 何血迷ったこと言っている。小僧、いい加減降ろさないと痛い目に・・」

「今日刺身の盛り合わせ特売だったんだよなあ。全国津々浦々から良いとこ取りしたあの店自慢の品なんだが、帰るなら仕方ないかあ」


「・・・・・もちろん冷酒はあるのだろうな?」


 フッ、ちょろい。所詮は猫だな。


 しかし食べ物につられたのはこっちの目論見通りだったけど、まさか更に酒を要求してくるとは猫の風上にもおけん奴だよまったく。


「冷酒なら灘の良いものがあるぞ。ペロ氏とやら、その口振りはお前もイケる口か? ならワシと勝負せんか?」


「フッ、我に勝負を挑むとは命知らずな人間だな。よかろう、その勝負受けて立ってやろうではないか。それとペロ氏ではなくペロで良い。氏はこの小僧が勝手に付けてそう呼んでいるだけだ」


「では次からそう呼ぼう」


 話がまとまったのはいいのだが、


「あんま飲み過ぎないでくださいよ」


 この家の大人とその関係者は限度と言うものをどこかに置き忘れてきた人間ばかりなので少々心配だ。


「わっはっはー、誰に言っておる。ワシがそう簡単に負けるように見えるか?」


「いや俺的に勝負はどうでもいいですから」


 孫七さんは間違いなく大が付く酒豪で、ある意味化け物だ。しかし相手は本当の意味での化け物なので、酔った勢いで妖怪大戦争が起こらないことを願いたい。


「だがその前に部屋に戻って先に一仕事してくるかのう」


 本をローテーブルに置き孫七さんはリビングを出ていく。何の本を読んでいたのか少し気になったので近づいて確かめてみた。


『異世界からやって来た破天荒な女勇者を躾けてみた件 5巻』


 その非現実を前面に出したタイトルそのものは珍しくもなんともないが、孫七さんが読んでいると色々な意味で突っ込みたくなった。


 ていうか孫七さんはどういう意図があって読んでいるのだろう? 教本? それとも趣味?


「それならば我は飯の支度が出来るまで少し運動がてら出掛けてくることにするか。オヌシも来るか?」


「キャン!」


 嬉しそうに尻尾を振りながら返事をするペンシー。ていうかペロ氏だけに任せるのは色々と危険がある。別に食べられてしまうとかそう言うのではなく(少しだけその心配もあるが)、リード無しではいきなり道路に飛び出してしまう可能性があるからだ。


「二匹だけじゃ危ないしダメだ」


 そもそも猫が子犬を連れて散歩とかまるで絵本の世界みたいだが、ここは現実世界なのだ。犬が飛び出せば棒にあたるだけでは済まない。


「クウン・・・・」


 そんな悲壮感丸出しの目で俺を見ないでくれ。一緒に行ってやりたいところだがこれから俺は晩飯の準備をしなくてはならないので諦めてくれ。


 そう思っているところに「ただいまー」と真の声が玄関から聞こえてきた。


「キャンキャン!」


 同時にペンシーが玄関に向かって走り出す。しかし廊下へと繋がるリビングのドアは閉まっているのでペンシーはその前に止まりクルリと回れ右をして「キャン!」とひと鳴きし早くここを開けてくれと催促してきた。


「どれ、我が行こう」


 俺が開けるまでもなく、小さい姿のままのペンシーがピョンとジャンプしてドアノブに前足を掛け、全体重を乗せてノブを回しガチャリとドアが開いた。まだ数センチほどしかなかった隙間にペンシーは頭を無理やり突っ込み勢いよくそのまま出て行き、その後ろをゆっくりとペロ氏が追いかけて行った。


 やっぱ可愛いしかないだろ。


「わあ猫ちゃんだー」


「我は猫ではない」


「キャンキャン」


「えっ猫が喋った?」


「だから猫ではなく我は・・よ、よせ、そんなところを触るでない! この破廉恥が」


「キャイーン キャンキャン」


「もしかして猫ちゃんも散歩? なら僕達と一緒に行こうよ。あっでも外に出たら絶対喋っちゃダメだからね」


 なんか玄関が騒がしいが大丈夫だろう。それにしても真も慣れたものだな。いくらトウラで鳴れているとはいえ、順応が早すぎやしないか? ていうか真はペロ氏のどこを触ったんだか・・・・・・


 ドアから顔だけだし「おかえり」とだけ言う。すると真はただいまーと言った後「みんなで散歩に行ってくるね」と言って家を出て行った。虫カゴを持っていたのでみんなと言うのはトウラも含めた一人と三匹のことだろう。犬、猫、カエル。見た目は貧弱そうなパーティー編成だが、実のところ普通の大人では誰も太刀打ちできないだろう。特にペロ氏の本来の姿は誰でもビビる。


 

 さて、真が帰ってきたってことはアイツも一緒だよな。


「近くに居るんだろ? 取りあえずここで姿を現してくれ」


 ポンポンとローテーブルの上を叩く。すると、


「ただいま戻ったズラ」


 テーブルの上にガラス渡りが現れる。もちろん俺の能力が進化して媒介なしに見えるようになったわけではない。ガラス渡りとのコミュニケーションを取りやすくするために家のあちらこちらに透明のデスクマットを設置しておいたのだ。もちろん自室の各種机にも敷いてある。


「おかえり。そしてお疲れさん。それで首尾の方は?」


「まあまあズラね。それよりさっきの生き物は何ズラ? アレはまるで・・・」


「その説明は追々な。それで緊急性はありそうだったか?」


「たぶん大丈夫ズラ」


「なら飯作りながらでも話聞くかな。ちょっと待ってろ今準備してくるから」


 着替えをしに自室に入る。そしてある秘密道具を装備してリビングへと戻り夕食の準備をしながらガラス渡りの話を訊くことにした。


 実はガラス渡りには、俺の間者として真が通う小学校に潜入してもらっていたのだ。


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