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91 それは昔の話

「もしかして波子屋さんまだ戻ってきてない?」


 教室で談笑していた成戸宮と玉児村に訊ねる。


「ナミコ? まだだけど。アタシら今日別々だったし他のクラスにでも行ってるんじゃない」


 答えたのは玉児村だった。成戸宮の方に視線を送るが、やはり同じような答えが返ってくるだけだった。

 どうやら彼女らは波子屋が俺と一緒にいたことを知らされていないようだ。


 波子屋はペロ氏(小)を見た瞬間血相を変え即座に逃げ出してしまったため、応接室には鞄を含む全ての荷物が残されたままだった。ペロ氏と少し話をした後取りあえずその荷物を回収し教室へと戻ってきたのだが、もうすぐ昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴るというのに彼女の姿はない。この二人が今の居場所を知らないのであれば、他の人に訊いてみても無駄かもしれない。


「ん、その鞄ってナミコのじゃない?」


 成戸宮が俺の右手にある鞄に気付く。


「なんで高遠君がナミコの鞄持ってるの? ていうか一緒だった

?」


「まあそうなんだけどさ、彼女急に飛び出してどこか行っちゃったんだよね。彼女って相当の猫嫌いだったりする?」


「ナミコが猫嫌い? アハハハーないない。ナミコの家普通に猫飼ってるから。なんなら殆どの世話本人がやってるくらいだし絶対にあり得ない」


 じゃあアレはやはり波子屋さん以外の誰かで間違いないってことか。しかしそうなるとこの二人にどう説明したら良いのか難しくなってきたな。


「じゃあ別の何かに驚いただけかもな」


 少し苦しいが逃げ出した理由を曖昧にしておく。それにもしかしたら本当にペロ氏とは関係ない理由だった可能性も僅かだが残っている。


「まあナミコってそそっかしいとこあるからなあ。きっと何かを幽霊か何かと見間違えたんじゃね?」


 そう玉児村が言うと、成戸宮は何かを思い出したように話を始めた。


「あーナミコならあり得るかも。いつだったかも木に引っ掛かってた風船を人の顔と間違えて腰抜かしてたし。しかもお尻付いたところが運悪く水溜まりで買ったばかりの服びしょびしょにしちゃってその後メッチャへこんでた」


 幽霊ねえ。俺的にはあんまシャレにならない話だけどな。まあでも彼女がそそっかしい性格なおかげで何とか上手く誤魔化せそうだな。


「それで一緒だったのはやっぱり昨日のこと関係あるんだよね? もしかしてナミコに内緒にしてくれって言われてる? もしそうなら無理には聞かないことにするけど」


 今日の昼休み、二人に用事があって別々に行動をしていたとはいえ、俺と例の話をすることを波子屋が黙っていたことを玉児村は気にしているのかもしれない。しかし実際は波子屋の中の人は別人だったわけで、彼女らに今回のことを伝えなかったこと事態に波子屋本人の意思は存在していない。


「どうだろ? 別に黙っていてくれとは言われてないから別にいいんじゃないかな」


 本当は中の人物から内緒にしてくれと頼まれていたのだが、それを必死になって守る必要性は今のところない。かと言って全てを詳らかにオープンする必要性も同様だと思えた。


「その前に訊きたいんだけどさ、今日の波子屋さんの様子って二人から見てどうだった?」


「うーん、メッチャ眠そうだったし話しかけても反応薄かったからあんま話してないんだよなあ。だからそういう意味ではいつもと違ってたかも。セイコは?」


「昨日寝てないって聞いてたし私も基本放置してた。ああでも昼休み私らが用があるって言った時なんか余所余所しかった気がしないでもないかなあ」


「そうかな? アタシはてっきり寝ぼけているだけかと思ったけど?」


「かもねー。まあそんな感じで大きく変わった様子はなかったと思うよ。それで高遠君はどうなの?」


 大して会話をしていないのならボロも出にくいのかも。


「ハッキリとしたことは言えないんだけどさ、俺はなんか違うと思ったんだよね。本人は否定してたけど。まあぶっちゃけ付き合い短いから俺の言うことなんて当てには出来ないぞ」


 こうでも言っておかないと話の辻褄がおかしくなるしな。


「それもそうかー。それで具体的には何だったの?」


「大した話はしてないんだよなあ。一緒に飯食って少し話しただけで結局途中で慌てて出て行ったし。多分だけど不安だったんじゃないかな。二人と別行動になってしまったから事情を知る俺を頼ったとかそんな感じじゃないか?」


 まさか当人が「自分は別の人です」って言ってたなんてやっぱ言えないよな。混乱するだろうし信じてくれるかも疑わしいくらいだ。


「昨日一睡もできなかったくらいだしあり得るかも。私らも昼休み一緒にいれないこと本当は悪いと思ってたんだよ。だけどあまり気を遣われるのってナミコ嫌がるからさ」


「そうそう。今回のことだってアタシら巻き込んだこと結構気にしてた感じだし。でもそうだね、もう少し寄り添ってみることにするよ」


「そうしてやってくれ」


 とは言うものの今の波子屋は別人だ。過度な接触でボロが出てしまうかもしれない。そうなったらそうなったでまた考えればいいだけの話なのだが、出来ることならもう少し情報が揃ってからの方が都合がいい。


 ここでキンコンカンコンとチャイムが鳴り担当の教師が教室に入ってきたが、その日波子屋が戻ってくることはなかった。

 HRが終わった後大竹先生に彼女のことを訪ねたが、先生も何も聞いていないようで、どうやら彼女は無断で午後の授業を欠席したようだった。




「アタシらが届けるよ」


 放課後、玉児村がそう言って波子屋の鞄を持って教室を出て行った。そして入れ替わりに中田牧子が室内に入ってきて真直ぐ俺のところへやって来た。


「せんぱーい、どうして昼休みいなかったのよー?」


 毎度の如く授業の合間に現れては纏わりついていた彼女だったが、昼休みはすぐに教室をでていったので彼女と鉢合わせることはなかった。それが気に入らなかったのか、興奮気味に責め立ててくる。


「スマンスマン、ちょっと野暮用でな。でも今なら時間あるし構わんぞ」


 本当は中田に構っている時間は無い。波子屋だけでなく真の件もあるのだ。特に真に件に関しては小学校に間者を送っている。今日は早めに家に帰ってその間者から今小学校で何が起きているのかいち早く知りたいのだ。波子屋に関しては今すぐ出来ることはない。玉児村や成戸宮が彼女にRHINEを送ったが無反応で、一応俺も送ってみたが今のところ既読すら付いていない状態だった。波子屋の皮を被った謎の人物が今現在何処にいるのか気になるところだが、あの様子だと何かを害したりすることはなさそうなので放置で大丈夫なはずだ。


「えー今からー?」


 明らかに勘弁してよって顔だ。それもそのはず。中田は決まって放課後はバイトがあるのだ。だから最初から無理なことは分かりつつ提案した俺の作戦勝ちと言えよう。


「そうだ。昼みれなかった代わりと思ったんだが、無理そうなら俺はそれでも全然構わんぞ」


「うーん・・・・了解! じゃあお願いしまーす」


「へっ?」


「ん、先輩どうしたの?」


「いやバイトは?」


「今日は無いよ」


「でもさっき今日は無理って顔してたじゃん。何か予定があったんじゃないのか?」


「あー友達と買い物行く約束してたんだけど、やっぱこっちの方が大事だし買い物はキャンセルキャンセル」


「お前・・・友達いたのか? ていうか約束してたならそっち優先しなきゃダメだろ」


「いいのいいの。どうせ急ぎじゃないし別な日にすればいいだけだから。先輩だっていっつもちゃんと勉強しろって言うじゃん。フライ美味しいってやつ?」


「プライオリティな。優先順位で言えばそうかもしれんけど、流石にドタキャンはダメだろ。明日の昼は必ずみてやるから今日はその友達と買い物に行け。ていうかせっかくできた友人を早速蔑ろにするんじゃねえ」


 コイツは明るい性格とは裏腹に友人は殆どいないと言っていた。自由気ままで我が道をスキップしながら突き進んでいくタイプなので、滅茶苦茶嫌われることは少なくても、それについて来れる人間は中々いないのだろう。


「そんなこと言われてももう送っちゃったし」


 ほら、とスマホの画面を見せてくる。


『ゴメーン今日はナシでヨロ』


 謝罪の意思が一欠けらも見当たらない文章を眺めていると、相手はすぐに反応し、


『オケよ さっきカワイイ猫ちゃん見つけたから捕獲してからカエルー』


 後半の部分がすっごく気になったが取りあえず向こうも大して気にしていない様子に見えたのでホッと胸を撫でおろす・・・・・・・・ん、なんで俺が安堵しちゃってるの。おかしくね?


「と言うことで先輩、不束者ですがよろしくお願いします」


 ペコリと行儀よく頭を下げる中田。そして俺の前の席机をくるっと百八十度回転させ向かい合うように椅子に座った。


 ヤバイ、思いっきり目論見外してしまった。このままだと少なくても一時間、いや下手をすれば最終下校時刻の七時まで付き合わされるかもしれん。


「不束者ならいらん。迷惑だ帰れ」


「フフフ、その挑発受けてあげましょう」


 まったく言葉が通じず不敵に笑う中田。何かのスイッチが入ったのか知らんけど、そのやる気を然るべきところで使えばもう少しまともな成績を出せるのでは? と言いたくなる。


「なに訳の分らんこと言ってる。実は俺の方も用事があって悪いけど今日は早く帰らなきゃいけないんだ。だからやっぱ明日ってことで。な、頼むよ」


「聞こえませーん」


「嘘つくな」


「最初に嘘言ったのは先輩じゃん。今からなら時間あるって言ったの忘れちゃったんですかー?」


「ああ言ったさ。だがやっぱりそれはナシだ」


「それって私より大事なこと?」


「俺にとっては寧ろお前より大事なことしかない」


「ヒドーイ。じゃあアタイのこのミナギルパワーを何処に使えばいいと?」


「そりゃ当然勉・・・・・・」


 ここで勉強と言ってしまえば堂々巡りになってしまう危険性がある。ていうかその未来しか見えん。


 どうしたものかと困っているところにある人物が視界に入った。その人物は帰り支度を済ませ、今まさに教室から出ようと歩き始めていた。


「石渡君」


 その名を呼ぶと石渡は体をビクッとさせ、おずおずと声の持ち主の方を見た。当然そこには俺がいる。


「な、なんだよ」


「んーなんて言うか今暇だろ?」


「だったらなんだって言うんだ・・・・・・まさか!?」


 まさか! ってどういう意味? 全然心当たりないんだけどなあ。一哉の件で色々あったことは確かだけど、俺がコイツに直接何かをしたことは・・・・なかったよな?


「時間あるならコイツに勉強教えてやってくれないか? ああ自分の学力を謙遜して断るのだけは無しな。教えればすぐに分かると思うけど、コイツの学力ひのきのぼうと布の服しか装備してないくらいしかないから」


「ていうかそんなんでよくウチに入れたよね」


「言ってやるな。それでどうだ? 報酬は出ないけどコイツバイトしているようだからジュースくらいは奢ってくれると思うぞ。そうだろ?」


「ていうかなんで石渡なの?」


 そう言えば二人とも同じ中学だったな。もしかして仲悪いとか?


「他に頼めそうな奴いないから。河島さん部活行ったし文字さんはもう一哉と帰っちゃったし、小島さんに関しては今日休みだからな」


「友達少な!」


「お前に言われたくねえし。んでお互いどうなんだ?」


「・・・・・どうせ僕は暇だし家帰ってもゲームくらいしかやること無いから別にいいけど」


 口振りは素っ気ないが視線がちょこちょこ動いているし挙動がおかしい。なんとなくまんざらでもないといった感じに見える。だが問題は中田の方だ。警戒とまではいかないが何となく嫌悪感が滲み出ている気がする。


「先輩がどうしても無理ならアタイは石渡でも全然いいけど。それにコイツから教わるの初めてじゃないし、意外と教え方上手なんだよねえ。ああでも先輩の方が上なんで今後ともアタイを御贔屓にー」


「ん、もしかして二人は意外と仲が良いのか?」


「男子の仲じゃ先輩の次くらい仲良いよ」

「全然コイツとなんて仲良くないから!」


「「えっ」」


 二人して声が被る。中田は良好だと言い、石渡はその逆のことを言う。お互いの心象なのでどっちが正解と言うこともないだろうが、中田が石渡に対し良い印象を持っていたことに驚いた。そして二人とも相手の言い放った言葉に耳を疑った様子だ。


「どうしてよー。石渡・・・岳はアタイのこと別に嫌いではない、寧ろ好感持てるって言ってくれてたのにー」


 岳? もしかして石渡の下の名前か? ていうか中田がそう呼ぶってことは相当親しかったのでは?


「それは中学の時の話だろ。もう時効だ時効。今は普通だ、フラットだ」


「そうなの? だったら仲良いでいいじゃん。確かに途中から話しなくなったけどさ、別にアタイが何かしたってわけじゃないんでしょ?」


「何も無いけど、普通は疎遠になったら関係って下がるもんじゃないの?」


「なにそれ意味分かんない。ていうか時間なんて大して経ってないし。まあいいや、これをきっかけにまた元の関係ってことでOK?」


「僕は知らないし勝手にすればいい」


「んじゃまたよろしくね岳」


「はいはい、好きにしてくれ」


 ・・・・・・俺は一体何を見せられているんだ? まったく関係がないように見えていた二人だったはずなのに、実は割と仲が良かった?


「えーと二人とも了承してくれるってことでいいのか? そうなると俺はこのまま帰れるのだが・・・・・」


「うんいいよー」

「今日だけなら」


 いやイチイチ被せんな。どんだけ気が合うんだよ。


「そうか・・・・・なら悪いが俺は帰らせてもらうが、その前に一つだけ訊かせてくれ。二人って結局どんな関係なの?」


 興味本位で訊ねただけだったが、この後すぐ衝撃的な事実を知ってしまった。


「アタイから告白したけど振られちった」

「告白されたけど正式に断った」


 マジかー!? あと被せるなって何度言ったら分かる。って声に出して言ってないんだけどね。


 でもまさか石渡が昔告白された噂が本当だったとは・・・・・・


 いやいくら何でもそれは流石に石渡に対して失礼だったな。


 しかし世の中何があるか分からないもんだなあ。


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